まいどでございます。
☆ヒミブロ☆更新しておりまーす☆彡
薄ピンクの薔薇の花びらでございます~~~! お早めに(^・^)
☆お知らせ☆
次回新作更新は、11/26木曜日に行います。
速報は、明日、11/25水曜日にこちらで行います。どうぞよろしくお願いいたします。
アハハ! ホホホホホホホホ! 大阪維新圧勝。完勝。ほんま気分ええったら♪
ほんまに強いです、維新は! 大阪は「維新特区」?^_^; くらいの勢いです!
いいねー、吉村さんのこの笑顔(^・^) 滅多にお目にかかれない、「朝日新聞」のカメラ目線。たったの40歳。自分と同年代の人が大都市の市長だなんてうれしいねー、最高やん♪
知事選は200万票以上取りました、自民党推薦候補とは約100万票の差ですわ。これをダブル・スコアと申します。
まぁ、知事選の圧勝は容易に予測できましたけれども(松井さんの4年間の実績は大阪府民の多くが評価しておりますのでね)、市長選でここまで取れるとは考えていなかったなあ。今度こそ根性出したね、大阪市民は。
若い世代だけでなく、今回は60代、70代の方々の多くも維新に投票なさいました(いつぞやは、高齢者は自分のことしか考えない、敬老パスの50円くらい四の五の言わず払ってください、差額はぜんぶうちらの税金で支払っているんですよ、などと暴言を吐いて本当にごめんなさい、どうか赦してください)。
間違いなく、数年から数十年後、大阪発の地域政党は中央政治を牛耳りますよ。この人たちは本物ですからね。「しがらみの一切ない政党」というのは日本には大阪維新(国政政党は「おおさか維新」)以外存在しないんですから。
その前に。
「都構想」再挑戦です。
ご覧のとおり、賛成が大きく上まわっております。
前回は、大阪市民賛成69万票、反対70万票という僅差での敗退ではありましたが、もちろん、反対の方たちをないがしろにして強硬突破するつもりは毛頭ない、とお二人とも明言しております。
市民と「膝詰め」で話し合うことで、反対に入れた方々に納得していただけるよう、設計図を丹念に練り直すと約束しております。
前回反対が多かった大阪市内の南部地域をはじめ、今回、すべての地域で維新が圧勝しております!
たった半年でなぜ、このように様変わりしてしまったのか。
理由はただ一つ。都構想の代案として大阪自民が持ち出してきた「大阪戦略調整会議」(橋下さんいわく「大阪ポンコツ会議」)が事実上まったく機能しなかったからではないでしょうか。
「やっぱり進まないんだ、何にも決められないんだ」
大阪市民の失意が
「改革を進めてくれるのはやっぱり維新しかない」
維新への改めての期待へとつながったのでありましょう。
投票日前夜の演説、大阪なんば高島屋前には、2,000名近くもの府民が集まり(わたしは行けなかったけれども生放送の動画を観ていました!)、最後の演説を終えた橋下さんに
「はしもっちゃーん、ほんまありがとう! お疲れさま!」
「ほんま、よーやってくれた!」
「しんどかったやろ! ありがとなー!」
「はよ戻ってきてや!」
涙を流しながら、口々に叫ぶ人びと・・・かつて、これほどまでに、人びとに憎まれ、そしてその何倍もの熱情にて愛された政治家がおりましたでしょうか。わたしの記憶にはございません。
橋下徹は、日本の副首都だったはずの大阪が、いつからかただの地方大都市に成り下がってしまった上、4兆円もの借金で首がまわらなくなった、一番苦しい時期の大阪へ突如、キラ星のごとくあらわれ、
普通の人間だったら精神病になってしまうほどの批判や中傷を受けつつも、断固として前へ進み、自民、その他が何十年かけてもできなかったことを、文字どおり身を粉にして、たった数年で成し遂げてくれました。
彼は、われわれ大阪府民に、これまで誰も与えることのできなかった「希望」を与えてくれたのです。
ひょっとすると・・・まだ何とかなるんかも。できるんかも。前へ進めるんかも! だからあきらめたらあかんねや!
この「希望」が、ひいては府民の「政治への積極的な関与」へとつながっていったのです。
かつての栄光を取り戻すのではなく、さらに上を目指してゆく大阪。
そんな「希望を与えてくれた」ことが、キラ星の成しとげた最大にして最高の成果だったのではないかしら。
そういった意味で、橋下さんは、行政の改革だけではなく、大阪府民の心の改革にも成功したと言えるのではないでしょうか。
マァ、5月の都構想否決の責任を負わなければならないので一旦は政界から去る橋下さんですけれども、松井さんは都構想再挑戦は3年後を考えているとおっしゃっておりますので、その時には戻ってまいりますよ。彼がいないとはじまらないんですものね。
さらに、政治家休業中も、法律顧問として大阪維新にかかわっていくことも明言してくれております(^^)/
橋下さんの、自ら筋書きを描き、振り付けを考え、主演をつとめる政治スタイルを、人は時に「橋下劇場」と呼びました。
われわれの大半は、橋下徹のようにはなれません。それだけの根性も信念もございません。
小さな小さな自分たちだけの世界で、ひっそりと、しかしできうる限り精一杯に生きたいと望み、そうして何か小さなことを幾つか遺して死んでいくことでしょう。
けれども、橋下さんと同じように自分だけの劇場を手にしていることに変わりはありません。舞台の大・小かかわらず、誰もが自らの劇場を、神様より与えられておることに変わりはないのですね。
また、神様から観れば、世間の称賛を浴びる人生も、小さなことを懸命に、時には懸命になれずにこなしつつひっそりと終えていく人生もまったく同じ扱いであり、そこには差別など一切存在しませんの。
自分で自分の人生の筋書きを描き、そうして自分の劇場で自分が主役をつとめることができるか。問題はこれだけ。
自分の劇場の運営を、他人や一般論、ましてやスマホに乗っ取られるようなことは断じて避けたいものであります。
*先日、目の前で、大きななりをした女の人がいきなり転んだので、慌てて近寄ると、転んでもまだスマホに夢中になっていたので(それだけの根性をもう少し有意義な何かに使えませんかしら?)「次は頭を打って昇天ですよ」とできるだけコワイ顔をして警告したら無言でにらみつけられましたけれども、こーいう人はスマホに、スマホごときに、あの薄っぺらな物体に、自分の大切な人生を売り渡していることに気づいているのかしらね。SNSかLINEか知りませんけれども、そこまでして知りたい、提供したい、あるいは交換したい情報が世界のどこにあるんですかね。
外に出たときくらい、きちんと背筋を伸ばして歩いたらどうだい(だいたいあんな恰好していたら、転ぶどころかひったくりやスリに遭っても文句は言えませんわ、大阪は相変わらずひったくりワーストNo.1ですことよ?)。平和な街で身をこごめている姿って、タートルを「とっくり」とか呼ぶうちの父よりダサいなあ。
それではまた明日(^^)/