こういう時は寒い時期のことを話題にしたい。
今から10年以上前に、サークル仲間と松尾芭蕉の足跡を追って東北旅行をした。
→奥の寄り道3日間(その1)---[改訂版] / 奥の寄り道(その8)--- 新庄
この(その8)で新庄城跡にある串田孫一文学碑に触れた。その時は、下の写真の文面が何処かに紹介されていると思った。だが、ネット上、何処にも無い。
十年以上放っていた責任をはたさねばならない。ということで、この写真を元に解読を試みた。読み取るのが困難であったが、何とか下のように読み取った。
これで正しいかどうか、自信が無い。間違いを見つけた人は教えて欲しいです。
--------------------------------------------------------------------------------
『雪国の春』
雪国でひと冬過ごすと、寒い日がいつまでも続き、じめ
じめとして暗い家の中の生活にうんざりする。春はいつ来
るのだろう。南の方の雪を知らない海辺では、もうさまざ
まの花が咲いているのを、一日遅れで届いた新聞でみると
何だかおかしな溜め息がもれる。
春が来た日に雪がどっと解けて、あたりが急に緑になる
わけでもないのに、いよいよ春が来たと分かる日がある。
日光がこれまでと異なった力を感じさせ、雪面はまとも
に見られないほどに輝き、庇の氷柱がおちたり、屋根の雪
がどっとなだれ、冬のあいだ動かなくなっていた障子や襖
が楽々動くようになる。
こういう日に、まだ幾度か激しい吹雪もあろうと分かっ
ていながら、雨戸や窓の隙間から吹き込む雪と風を防いで
いた目ばりの紙をはがして、家全体を呼吸させずにいられ
ない。
雪もそのころになると堅くしまって、わらぐつを履いた
幼い子供が走り回っても、すぐには解けなくなる。
北欧のあるちほうのひとたちは、こんな日がくると老人
まで風船を手にもって、ただ何となく外を歩きまわってい
るそうである。
「荒小屋記」より
串 田 孫 一
なお、(その8)の中で、「花の山形」のことを述べていますが、花は桜ではなく、
紅花ですね。あの記事を書いてから、すぐ調べました。