そうなのだ。
この人は成田貞次のたった一人の孫なのだ。
成田の正妻には娘が一人いるだけで、その人は父親の愛人に失望して婿は取らず他家へ嫁ぎ、子供はいない。だから今は成田の姓ですらない。
「成田の苗字は、遠い親戚に養子縁組で会長が手に入れるみたい」
「今の鈴崎の苗字もいい苗字と思いますが…選挙ならやっぱり成田の苗字で、ってなりますよね」
「うん。でも僕はもちろん政治家になる気はないし」
それなのに矢野会長はどうしてボディーガードなんかつけることにしたのだろう。
そんな俺の気持ちを読みとったかのように、
「矢野会長も何を考えてるかわからない。駆け出しのベンチャーの社長にボディーガードつけるなんて」
「無言の圧力でしょうか」
俺がそう言うと、彼もにやりと笑い、
「やっぱりそう思う?」
彼の笑顔は本当に優しく美しく人懐っこかった。
いつの頃からか、日本では総理大臣にまで庶民はルックスの良さを求めるようになっている。最近では能力の無さそうな世襲議員に対してもだ。そんなことが頭がよぎる。
と、
「僕の笑い方、変?」
「いえ…社長はイケメンだから選挙には勝てそうだなって」
彼は大笑いして、
「そんなこと言っても何も出ないよ。でも今日のランチくらいはごちそうするよ」
訳もなく、やっぱり友だち関係になれたらいいのになと俺は思った。
その時、社長席の内線電話が鳴った。
「はい。昼は海原くんと<あぐりランチ>で食べてくる」