とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

ブタを用いたヒト移植肺の体外肺灌流

2020-07-15 19:29:37 | その他
現代の移植医療は驚くべきペースで進歩しており、当院でも心移植、肝移植はもちろん、肺移植も行われるようになりました。しかし脳死肺移植の場合には他の臓器移植にも増してドナー臓器の評価は厳格に行われ、提供された肺が条件を満たさない場合には移植はできません。移植医療の常で、ドナー肺の数は移植を必要とする患者数に全く足りていませんが、何らかの問題がある「障害肺」については、残念ながら移植に適さないとして廃棄されてしまう場合もあります。「障害のある、または障害の可能性が有るドナー肺」の積極的な利用を目的として体外肺灌流(ex vivo lung perfusion, EVLP)という方法が開発されています。これは摘出したドナー肺に対して体外灌流を行う方法であり、日本でも京都大学のグループなどが積極的に研究を進めています。EVLPのメリットは、時間をかけて肺機能や損傷程度を評価できること、そして場合によっては体外で損傷を治療できることです。一方で人工的な循環に乗せることによる組織障害のため、長時間維持できない(せいぜい数時間)という問題も指摘されています。
この論文の著者らは以前ブターブタの肺移植において、摘出した肺を他の生きたブタの循環に乗せる(交叉循環システム )ことによって、4日間維持可能であること、そして誤嚥性肺炎で損傷した肺に対して治療介入することで肺の再生と機能改善をもたらすことができることを示しました(Guenthart BA et al., Nat Commun 10, 1985, 2019)。今回の論文で彼らは、移植に適さないヒト肺をブタの体外循環に乗せることで24時間維持可能であり、肺機能の改善が可能であるという驚くべき結果を報告しました。
 肺移植のために摘出されたヒト肺の中で、移植に適さないと判断された6つのドナー肺(適さない理由は肺浸潤や浮腫、誤嚥性肺炎、出血など。1つの肺は実際に臨床的EVLPを行ってだめだったもの)を生きたブタの循環器系に接続し、体外循環を行いました。このうち1つの肺では免疫抑制剤を使用しませんでしたが、その場合には当然激しい拒絶反応が生じ、肺は著しく損傷されました。一方免疫抑制剤+コブラ毒中の補体抑制因子を用いた肺では急性拒絶反応を生じることなく24時間維持が可能でした。24時間後の肺にマクロの損傷はなく、換気状態は改善しており、肺の損傷をあらわす肺重量にも有意な変化はありませんでした。気管支肺胞洗浄液中のIL-1α, β, TNF-αなどの炎症性サイトカインは減少しており、IL-4, 5, 6, 10が上昇していました。病理的にも免疫拒絶を示唆するような像は観察されず、元々の障害像は改善され、再生像も見られたとのことです。
 ブタ循環につなげることによる感染の問題や倫理的問題、そして循環血液量のアンバランスなど、問題は色々とありますが、大変興味深く、他にも応用範囲の広い手法ではないかと感じました。

ビスホスホネートは変形性膝関節症の進行予防に有効?

2020-07-15 09:58:33 | 変形性関節症・軟骨
 変形性膝関節症(KOA)に対するビスホスホネート(BP)の効果については、つい最近もオーストラリアからゾレドロン酸が軟骨の減少や臨床症状に影響しないという論文が出たばかりなのですが(Cai et al., JAMA. 2020 Apr 21;323(15):1456-1466)、このOsteoarthritis Initiativeからの報告は、患者のsubgroupによっては有効かも、というものです。対象にしたのは4,674名(1,977人が女性)のコホートで、ベースラインで346人が何らかのBP(69% alendronate, 19% risedronateなど)を内服していました。このコホートを2年間フォローしたところ、95人(13.8% うちBP user 35人)に単純XPでKellgren-Lawrence (KL) grade 1以上のKOA悪化がみられました。ベースラインのKL grade 0, 1の場合のBPのKOA進行に対するhazard ratio(HR)は0.61 [95% CI 0.37 to 1.00])、KL≥2の場合は0.89 [95% CI 0.52 to 1.53]といずれも有意差はありませんでしたが、propensity scoreで年齢、人種、BMI、喫煙状態、関節リウマチ、糖尿病の有無、Chalson score、転倒歴、骨折歴、スタチン使用、ビタミン内服などをマッチさせたところ、KL<2群でHR 0.53 [95% CI 0.35 to 0.79]、KL≥2群で1.06 [95% CI 0.83 to 1.35]と、KL0, 1群では有意にBP userで経過が良好でした。またBMI<25の患者(BP user 166人)に限っても同様の結果でした(KL<2でHR 0.53 [95% CI 0.35 to 0.79], KL≥2で1.06 [95% CI 0.83 to 1.35])。ということでmildなKOAではBPは有効という結論ですが、私の感想は「ほんまかいな」です。KL gradeでKOAの進行を見ているだけで臨床症状は調べていませんし、そもそもKL gradeでそんなにはっきりした進行が判断できると思えないのですが。。




SARS-CoV-2に対するmRNAワクチンPhase 1 trialの結果

2020-07-15 09:32:04 | 新型コロナウイルス(治療)
SARS-CoV-2のSpikeタンパク部分(S-2P)を標的にしたmRNAワクチンmRNA-1273(Moderna社)についてのPhase 1 trialの結果が報告されました。18歳から55歳の健常成人45人(大部分白人)に対して25, 100, 250 μgのワクチンを投与したところ、2度の投与で全例にウイルスの中和活性が認められた。一方で何らかの副作用も全例に見られたが全体としてはmild(とはいえ1例は39.7度の発熱あり。mRNAを投与することによる自然免疫反応でしょうか?)だったとのことで、全体としては期待が持てる結果かと思います。現在600人を対象としたPhase 2 trial(50 μg, 100 μg投与)が進行しており(ClinicalTrials.gov number, NCT04405076)、Phase 3 trial(100 μg投与)は今夏には開始できるのでは、とのことでワクチン開発としては異例ともいえるスピードです。ただしワクチン開発が失敗する一番の原因は適切な効果・安全性バランスを示す用量設定の失敗であり、まだまだ今後の道のりは長そうです(とはいえ私自身はmRNAとかDNAワクチンにはあまり期待していないのですが)。