とはずがたり

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アメリカワシントン州の高度看護施設におけるCOVID-19アウトブレークについての報告-無症状、あるいは未発症者からの感染の問題

2020-04-25 13:03:48 | 新型コロナウイルス(疫学他)
アメリカはCOVID-19患者も関連死亡者も世界最多であり、その対策は焦眉の急となっています。トランプ大統領は、「完全な勝利になるだろう」というコメントを出していますが、言葉通りにとらえる人は多くないと思います。アメリカワシントン州の看護施設における集団感染についてのレポートが発表されました。重要な報告と思いますので、下記に概要をまとめてみます。この研究結果に対する私の意見は最後に述べたいと思います。長いので心して読んでください(笑)
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2020年3月1日にワシントン州King Countryの高度看護施設(skilled nursing facility)である”Facility A”の医療スタッフにおいてSARS-CoV-2感染が明らかになりました(このスタッフは2月26日から症状があったとのことです)。この施設におけるその後の経緯を時間軸で示すと
3月5日 このスタッフが勤務する看護ユニット(Unit 1)の入所者1人がCOVID-19と診断され(症状は3月2日にあった)、すべての来訪者や施設内の集まりが制限されました。
3月6日 Public Health–Seattle and King County (PHSKC) およびCDCによるアウトブレーク調査が始まり、感染防御の指導が行われました。
3月8日 CDCとPHSKCの指導で、感染者がでたUnit 1において13名に対してPCR検査が行われ、6人で陽性でした。うち4人には発熱、咳嗽、息切れ、咽頭痛などの症状がありましたが、2人は検査前14日間無症状でした。
3月9日 無症状者も含めてFacility A入所者すべてのPCR検査が施行されました。
入所者に陽性所見が初めて出た際に同じFacility Aに入所していたのは89人。医療スタッフについては症状があれば自分で検査を受けるように指導されました。なお無症状スタッフについては今回の調査ではテストは行われていません。
このサーベイでは入所者に対して2回のテストが施行されました。1回目は3月13日に全ての入所者に対して鼻咽頭swabのPCR検査が行われ、2回目は1回目に陰性だった者、陽性だったが非典型的な症状あるいは無症状だった入所者に対して1回目の検査の7日後に行われました。
(結果)Facility Aの入所者89人中57人(64%)が点有病調査、臨床評価、あるいは死後検査でSARS-CoV-2陽性と判断されました。1回目のサーベイに参加した76人のうち48人(63%)が1回目、あるいは2回目の検査で陽性でした。1回目調査時には48人のうち17人(35%)に典型的な症状があり、4人(8%)は非典型的な症状を呈し、27人(56%)には症状がありませんでした。無症状であった27人のうち15人は症状がなく、12人は以前からの症状が続いているとのことでした。そのうち15人は認知機能に問題がありました。検査結果が陽性であった無症状者27人のうち24人は7日以内に症状を呈したので、presymptomatic(未発症)と定義されました(症状としては発熱71%、咳嗽54%、悪心42%)。PCRで陽性だった検体においてウイルスのgrowthが検出されたのは有症状者の10/16、非典型的症状者の3/4、無症状者の17/24であり、このうち1人はその後も無症状でした。PCRのthreshold(cycle threshold [Ct] values)は概ねウイルス量を表すと考えて良いと思われますが、Ct valueと症状発現までの日数とは関連がなく、高いCt valueが見られたのは典型的な症状が発現する前、そして症状発現から7日が経過した入所者においてでした。これらの結果から入所者におけるdoubling timeは3.4日(95% CI, 2.5 to 5.3)、周囲のKing Countyにおけるdoubling timeは5.5日(95% CI 4.8 to 6.7)でした。
4月3日の時点でSARS-CoV-2感染が認められた57人のうち11人が入院し(うち3名はICU)、15名が死亡しました(死亡率26%)。初回の点有病調査の時点(3月13日)で、常勤スタッフ138人中11人(8%)でSARS-CoV-2が陽性であり、3月26日までには55名が症状をうったえ、51名が検査を受け、26人(19%)が陽性でした。陽性であった26人のうち17人は看護スタッフであり、9人はセラピスト、清掃員、給食員などで、入院が必要な人はいませんでした。入所者の34名についてウイルスゲノムの配列が解析され、すべてが同一、もしくはワシントン州でそれ以前に報告された配列を示しました。
 最初の感染が認められてから23日間で入所者の64%に感染が見られ、また早期に感染対策指導が行われたにもかかわらず感染者の26%が死亡したというのは恐るべきデータです。またスタッフの19%に感染が見られたという結果からは水平感染の存在を疑わせます。これらの報告は同じワシントン州でほぼ同時期に生じたアウトブレークと極めて類似しています(McMichael et al., N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa2005412)。感染がどのように広がったかは不明ですが、Ct valueのデータは、無症状者、あるいは未発症患者からの感染も十分ありうることを示しています。高齢者で他に疾患を持っていたり、また認知機能に問題がある人の場合には典型的な症状をうったえないかもしれません。このことから著者らは症状に頼った診断には限界があるとし、検査によって不顕性感染者を見つけ出し、陽性者(入所者やスタッフ)を隔離することが必要であるとしています。同号のEditorialでもUniversity of CaliforniaのMonica Gandhiらはこの考え方を支持しており、このようなアプローチを刑務所(!)などにも広げるべきだとしています(DOI: 10.1056/NEJMe2009758)。
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さてここからは私の意見です。日本はアメリカにも増して高齢化率が高く、介護施設などでアウトブレークが発生した場合に大きな問題となることは容易に想像できますし、すでにそのような事例がいくつか報告されています。公衆衛生の方々の「感染拡大を防ぐためには診断と隔離が重要だ」という正論には同意するとしても、それでは施設に入所する全員(+スタッフ全員)に感染スクリーニングを定期的に行い、陽性であったらどこかに隔離するということが現実的なのか、という点は疑問に思ってしまいます。検査の費用は誰が負担するのか?隔離された人々のケアや医療は誰が行うのか?感染が確認された医療スタッフも隔離するのか?残った医療スタッフで現場の医療がまかなえるのか?またこれは異なるラインの話ですが、高齢者が重症化した際にはどこまで治療を行うべきなのか(この論文では死亡者にどの程度の治療が行われたかは記載されていません)。特に日本では超高齢者であっても最高レベルの医療提供が期待されていますので、もし患者が増えればその医療に必要な費用は莫大になるのは疑いありません。また感染の広がりを抑えるために現在多くの国でロックダウンなど接触を抑制する政策がとられていますが、もちろんこのような政策は長続きしません。世界全体の生産性が低下していく中で、益々医療費の負担が重くのしかかってしまいます。それではいつ政策を転換すればよいのか?
これは実は医療の問題でも公衆衛生の問題でもなく、高度に政治的な問題なのかもしれません。つまり「ある程度の感染拡大も、高リスク者の死亡さえも許容する」というハードランディングが必要になる可能性が高い。そのような政策を国民に納得してもらうように、政治家は政治生命をかけて説得してくれるでしょうか?
幸い今のところ日本では感染患者も死亡率も低いため、政治家にも緊迫感は少なく、"stay home"を繰り返すことで役目を果たしていると考えているのかもしれません。しかし今回の新型コロナウイルスの問題は、今後の医療のあり方や我々の生き方を考える上で重要な機会になっているように思います。 
Arons et al., Presymptomatic SARS-CoV-2 infections and transmission in a skilled nursing facility. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa2008457. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2008457?query=featured_coronavirus



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