アポトーシスは、線虫の発生過程やT細胞のポジティブ・ネガティブな選択過程で見られるように、決まった場所で決まった時間にプログラムされたように生じる細胞死(プログラム細胞死)です。細胞内ではカスパーゼによるDNAの切断などが見られますが、ネクローシスとは異なり周囲の組織に炎症を誘導することのない細胞死という特徴があり、「静かな」細胞死と呼ばれています。このようなアポトーシスの非炎症惹起性(抗炎症性)は、マクロファージによるアポトーシス細胞の速やかな貪食によるものと考えられていますが、この論文で著者らはアポトーシス細胞が能動的に抗炎症性メタボライトを分泌することを報告しています。
まずヒトT細胞性白血病由来のJurkatt細胞分泌物質のメタボロミクスによって、アポトーシス時に特異的に分泌される低分子メタボライト(代謝産物)を同定しました。このうちいくつかのメタボライトは胸腺細胞やマクロファージのアポトーシス時にも同様に分泌されていました。またメタボライト産生にはアポトーシス細胞においても保たれているポリアミン経路が重要な役割を果たしていました。阻害薬やノックアウトマウスを用いた検討から、これらのメタボライトの分泌には、非選択的チャネルであるパネキシン1(PANX1)が関与していることが示されました。PANX1依存性にアポトーシスを生じたJurkatt細胞から分泌されるメタボライトは、マクロファージ系の細胞であるLR73細胞におい抗炎症作用を有するNr4a1, Pbx1、創傷治癒に関与するAreg, Ptgs2, そして代謝に関係する Slc14a1, Sgk1, Uap1などの遺伝子発現を制御することも明らかになりました。著者らはこれらのメタボライトのうち、6種類(Memix-6: spermidine, fructose-1,6-bisphosphate (FBP), dihydroxyacetone phosphate (DHAP), UDP-glucose, GMP. inosine-5′-monophosphate (IMP))、あるいは3種類(Memix-3: spermidine, GMP, IMP)に注目しこれらを抗体誘導性関節炎モデル、あるいは肺移植拒絶モデルに投与した結果、顕著な抗炎症作用・治療効果を示しました。これらの結果は、アポトーシス細胞は決して受動的に貪食されて取り除かれるだけではなく、能動的に周囲細胞に働きかけて抗炎症作用を誘導することを明らかにしたという点で、極めて興味深く、新しい切り口の抗炎症薬開発につながるものと期待されます。
Medina, C.B., Mehrotra, P., Arandjelovic, S. et al. Metabolites released from apoptotic cells act as tissue messengers. Nature (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2121-3
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます