現代の移植医療は驚くべきペースで進歩しており、当院でも心移植、肝移植はもちろん、肺移植も行われるようになりました。しかし脳死肺移植の場合には他の臓器移植にも増してドナー臓器の評価は厳格に行われ、提供された肺が条件を満たさない場合には移植はできません。移植医療の常で、ドナー肺の数は移植を必要とする患者数に全く足りていませんが、何らかの問題がある「障害肺」については、残念ながら移植に適さないとして廃棄されてしまう場合もあります。「障害のある、または障害の可能性が有るドナー肺」の積極的な利用を目的として体外肺灌流(ex vivo lung perfusion, EVLP)という方法が開発されています。これは摘出したドナー肺に対して体外灌流を行う方法であり、日本でも京都大学のグループなどが積極的に研究を進めています。EVLPのメリットは、時間をかけて肺機能や損傷程度を評価できること、そして場合によっては体外で損傷を治療できることです。一方で人工的な循環に乗せることによる組織障害のため、長時間維持できない(せいぜい数時間)という問題も指摘されています。
この論文の著者らは以前ブターブタの肺移植において、摘出した肺を他の生きたブタの循環に乗せる(交叉循環システム )ことによって、4日間維持可能であること、そして誤嚥性肺炎で損傷した肺に対して治療介入することで肺の再生と機能改善をもたらすことができることを示しました(Guenthart BA et al., Nat Commun 10, 1985, 2019)。今回の論文で彼らは、移植に適さないヒト肺をブタの体外循環に乗せることで24時間維持可能であり、肺機能の改善が可能であるという驚くべき結果を報告しました。
肺移植のために摘出されたヒト肺の中で、移植に適さないと判断された6つのドナー肺(適さない理由は肺浸潤や浮腫、誤嚥性肺炎、出血など。1つの肺は実際に臨床的EVLPを行ってだめだったもの)を生きたブタの循環器系に接続し、体外循環を行いました。このうち1つの肺では免疫抑制剤を使用しませんでしたが、その場合には当然激しい拒絶反応が生じ、肺は著しく損傷されました。一方免疫抑制剤+コブラ毒中の補体抑制因子を用いた肺では急性拒絶反応を生じることなく24時間維持が可能でした。24時間後の肺にマクロの損傷はなく、換気状態は改善しており、肺の損傷をあらわす肺重量にも有意な変化はありませんでした。気管支肺胞洗浄液中のIL-1α, β, TNF-αなどの炎症性サイトカインは減少しており、IL-4, 5, 6, 10が上昇していました。病理的にも免疫拒絶を示唆するような像は観察されず、元々の障害像は改善され、再生像も見られたとのことです。
ブタ循環につなげることによる感染の問題や倫理的問題、そして循環血液量のアンバランスなど、問題は色々とありますが、大変興味深く、他にも応用範囲の広い手法ではないかと感じました。
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