(1月12日 記)
悪い役やどうしようもない役、一筋縄では行かない役を演ってる上川さんが観たい!と切望していた私に上川クラスタさんが勧めてくれたのがこの作品。
『わるいやつら』
ご存じ、松本清張原作のクライムサスペンス(2007年1~3月放映/テレビ朝日)。今からちょうど7年前になりますね。
≪公式HP≫
http://waruiyatsura.asahi.co.jp/
≪キャスト≫
戸谷信一〈40〉- 上川隆也 戸谷病院院長。
寺島豊美〈31〉- 米倉涼子 戸谷病院の中堅看護師。
下見沢作雄〈40〉- 北村一輝 戸谷信一の友人で弁護士。
槇村隆子〈27〉- 笛木優子 新進気鋭のデザイナーで資産家の令嬢。
横武龍子〈33〉- 小島聖 材木問屋の社長夫人。
藤島チセ〈48〉- 余貴美子 名古屋の料亭の女将。
葉山耕太〈28〉- 平山広行 経験の浅い新人医師。
粕谷事務長 - 伊武雅刀 戸谷の父である先代院長の時代から仕えている病院事務長。
沼田看護師長 - 朝加真由美 粕谷と共に先代から仕えてきた看護師長。
なかなかまとめて観る時間がない(HDDには録画ばかりたまっていく)のですが、久しぶりに家にいる週末を利用して半分徹夜で一気見しました。
例によって原作は読まず、HPなど事前のネタバレなど一切なしで「オンエア時さながら」のまっさらな状態での感想を少し。
結論――期待を裏切らない素晴らしい作品でした!
そう!こういう作品、役柄が観たかった!!これぞまさに「芝居の説得力」!
第一話からの破壊力ったらないわ…夜中に何度か「うわあぁぁ!」と叫びたくなるような?持って行かれよう。最近「男子校の部活のキャプテン」みたいなポジション(座長だと何だかそんなノリじゃないですか?w)ばっかり見てたので、ちゃんとラブシーンとかできる役者さんだったんだよね、と再確認。(ホッとしましたわ~v)
そりゃ私の大好きな「オトナでインテリの犯罪者」キャラですから(友人談)悪い男のする「あすなろ抱き」はこんなに裏がありすぎてヤラしいものか!とか、抑えた相手の手をふっと取り上げて口づけ!(キスではない。あくまでも欧米的な紳士の振る舞い)とか、相手の足首掴んだと思ったら優しく靴紐結ぶとか!毛布にくるまって「頼む、お茶だけ淹れてくれないか」とか!コート着せ掛けてあげたりとか!!あんた温泉とかお風呂好きでしょ?とか!!ファンサービスにしては入浴シーンが多かったですw しかし後述するように「絵に描いたようないい男」ビジュアルではないので、それが逆に強烈なリアリティーを持って迫ってきたと言いましょうか。
いや~~~v 新年早々いろいろと堪能させていただきましたv ←何をだw
※北村一輝さんの下見沢弁護士は私の大好きな役柄全開!で、出てくるたびに大喜びw 加えて余貴美子さんと笹野高史さんの名古屋弁が可愛らしくて懐かしくて、キュンキュンしました。刑事役の大杉漣さん、素敵です!安定のハイクオリティー脇役もこのドラマの見どころのひとつです!
◆ ◇ ◆
しかしながら。一番面白いと思ったのは、鬼畜ドクター(これも友人評)「戸谷信一」、いったいこの男のどこにそこまで惹かれ、狂わされるのか、分からない…と女の眼から見ても不思議で仕方なかったことです。
医師というステイタス?それとも、知性?彼がやってることのロクデナシさは言うに及ばずですが、加えるなら、いわゆる「パッと目を引く華やかな容貌」と言うなら共演の下見沢弁護士役:北村一輝さん(この方も大好きな役者さん!v)のほうが圧倒的な存在感ですし、設定も「別居中の妻がいる個人病院院長、年齢40歳」ですから、みずみずしい若さで女心を掴むといった感じでもない。
やや長く厚めにおろした前髪、少し細めた目と、胸の内を読ませないかのように冷たい銀色の眼鏡、着なれたふうのビジネススーツ(決してモデルのように似合っているわけではない。あくまでも、身のこなしにごく自然に寄り添う空気感のような着方であって、スタイルや身長的にも豊美役の米倉さんを抱きしめるシーンでは「あと10センチ…!」と思わないわけではなかったw)も、白衣の姿も、十人並みとは言わないまでも「たぶん私たちの日常のどこかで出会いそうな」ありふれた佇まいです。
テレビの中で、俳優が役を演じるのではないような…毎朝駅や会社に向かう道ですれ違う人波、満員電車の中に隣り合わせる人たちの中にいるかもしれない、という現実の匂い、生きる人間の「業」が、そこにはありました。
ただ、顔立ちの云々ではなく、戸谷の立ち居振る舞いを見ていると「なにか落ち着かない気分になる」と感じたのは事実でした。何が理由なのか?何が私の五感に「ひっかかる」のか?2話、3話…と話が進んでいくうちに、その原因がおぼろげに見えてきました。
ひとつは「声」。
役柄が変わればどれだけでも真摯・清冽・情熱的になるはずの「あの声」が、空々しくも甘い口説き文句だけでなく、何とも言えない憂いや倦怠感、悪意すらその中に潜めて「低く囁く」響き。ああ、こういう声の使い方もあるんだ…と驚くとともに、ミステリアスで心の読めないその声音に、本能的に?「危険信号」を感じ取っていたのかもしれません。そしてウチのテレビはスピーカーを別に繋いでいるので、音質もかなり向上、あの声が微かな息遣いまでも含めて、余計に深く低く増幅されるという…(苦笑)何度も背筋がぞくり、としました。
もうひとつは「眼差し」。
舞台と違い、テレビ(映像作品)はどうしても顔のアップが多用されていると感じますが、豊美やチセといった女たちが「言葉で」感情をあらわにするのに対し、戸谷は「ただ無言の眼差しを向ける」というシーンが多かったのです。女たちに向ける眼差しは決して優しいものだけでなく、時にそれは怒りであったり落胆であったり、動揺でもあったりするのですが…。そのやや重い瞼の下の「眼差し」は、「声」以上に彼の得体の知れなさを観る側に伝えてきていました。「何を見ているの?」「何を考えているの?」そう思った瞬間、向けられたあの眼差しに心をとらわれた…豊美のような、十分に大人の抑制力を持った自立した女であっても、ふと道を踏み外してしまったくらいの底知れなさ…それは、何となく分かったような気がします。
あと「歯を見せて笑う」場面の不気味さ。
もちろん中の人の爽やかな笑顔やら犬にデレてる笑顔やらは見ていますが、このドラマで戸谷が笑うパターンは大きく分けて2つ。唇の端、頬をごくわずかに引き上げるような冷たい笑み。そして「大きく歯を見せる」邪悪さ満点の笑顔。思わず直前に読んでいた『怪奇大作戦 ミステリーファイル』の牧史郎が自分の思考に嵌った時に見せる「凶暴な顔」を想起してしまいました。普通なら笑顔は人を安心させるものであるのに、戸谷の笑顔は見る者をゾクリと総毛立たせる…狂気一歩手前の何か、を表すアイコンとでも言いましょうか。
一番印象的だったのは、豊美の首に手をかける直前の、見つめあった状態から無垢なまでの冷たく透明な微笑です。まさに嵐の前の静けさ。しかし「あの氷のような微笑」が最も私の心に突き刺さる毒を持っていました。
◆ ◇ ◆
ストーリーはさておくとして、戸谷という「わるい男」の醸し出す、何とも言えない「普通の人感」「ふてぶてしさ」「可愛らしさ」そして「厭生感」に、目を離せなかったドラマでした。「厭世」ではありません。病院の御曹司として何不自由なく育ち、当たり前のように家業を継ぎ、見合いで結婚し、浮気を重ね、今に至った。金、女、世俗的地位…自分の欲望にどこまでも素直に身を委ねながら、実は「生きること」に倦んでいる、そう感じました。もちろん卑怯な男ですから、自分から命を絶とうとは思わない。でも「死んでもいい」と、何度彼は豊美の前で呟いたでしょうか?まるで爛熟の果実のようにピークを過ぎて内側から少しずつ腐っていく自分自身を一番厭わしく思っていたのも、戸谷自身なのではないでしょうか。そんな彼の孤独に、豊美の持つ孤独が共鳴してしまった、と思うと、ひとつ腑に落ちるようにも思います。
豊美は(演じる米倉涼子さんの持つオリジナルイメージが多分に影響していますが)前半と後半の変身ぶりも含め見ていて非常に面白いキャラクターでした。私はどちらかと言うと前半の揺れ動く女心を垣間見せる彼女のほうにより共感していましたが、それは自分が(理由ははっきりしないながらも)戸谷の持つ得体の知れない、心の闇が放つブラックホールのような魅力に取り込まれていたせいかも知れません。
殺人の絡むクライムサスペンスでありながら、登場人物全てを取り巻く人間関係、その心の機微までも上手く脚本化されていたのではないでしょうか。私は映画にしてもドラマにしても「ドンパチグサリ系」がとても苦手ですが、一人一人の人物の心象風景を丁寧に描いていったエピソードには、好感が持てました。(追って原作も読んでみたいと思います)
追記ですが、先日見たばかりなので、劇中随所に織り込まれる『マクベス』へのオマージュがまた、観る側の気持ちをさらに波立たせると言いますか。人を手にかけてから、暗い部屋で眠れなくなった豊美。手に付いた鮮血を洗い流しながら、一瞬我を忘れる戸谷。第1話冒頭の戸谷の台詞がなくとも、「あっ」と思う視聴者は多かったはず。
あと劇伴音楽も良かったです。物悲しいバイオリン、情熱的でありミステリアスなラテンギター。大人の色恋と欲にまみれたドラマを効果的に彩っていたと思います。
◆ ◇ ◆
もちろん?タイトル通りに聞くなら「結局、誰が一番『わるいやつ』だったのか?」
この答えも様々かと思います。
派手なエンディングではありませんが、重く、心を落ち着かなく揺らす幕切れ…
最後にあの林の中をひとり歩く豊美の姿に、嫌でも想像力を掻き立てられました。
「戸谷は…ついに私だけのものになりました。そして…」
聞く者を不安な心持ちにさせる、豊美のナレーション。
社会的地位も、帰る家も場所も、拠り所だった医師としてのステイタスをも全て失った戸谷が豊美を見つめる「無言の眼差し」。
何となくですが…最後に豊美は戸谷の「願い」を叶えてやったのではないか、と…そんな気がします。
それによって、
「永遠に」私だけのものになる。
「永遠に」あなただけのものになる。
そういう「愛し方」が、ひとつくらいあってもいいのかもしれません。
********************************
(1月29日追記)
≪原作を読みました≫
松本清張「わるいやつら」読了!戸谷信一の悪人ぶりは原作もそのままです。でもドラマ版の何とも不思議な愛嬌とぽってりした存在感は上川さんならでは。豊川悦司さんも演じたと聞きましたが、あの生活感のない色気と冷たく鋭い眼ならもっと原作に近かっただろうとも感じました。ビジュアルとお芝居を比べてみるのも一興?お二人ともタイプは違うけど、とても色気ある声の持ち主なのが偶然というか、必然というか。(余談ですが豊川さんと聞くと思いだすこと:まだローティーンの頃に周囲がジャニファン一色だった中、キッパリと「豊川悦司みたいな大人の男が好き」と言ってクラス中の女子にドン引きされた覚えがありますw 素敵でしたよ、丁度ブレイク一歩手前くらいの時でw)
原作を読み解いていくと、戸谷は初めから終わりまで愛人の女たちに何の感慨も持たず、ただ私欲で利用しつくす上に、扱い方も酷い下種です。しかも考えの甘い坊ちゃんだから自分が被害者だと思ってるあたり、一切の同情の余地はありません。
しかし、この2007年ドラマ版の「脇の甘いダメさと不思議な可愛さ」は…悪態をつきながらもつい情にほだされてしまうチセさんの気持ちが分かる気がする~!あれはホントに反則ですw
人物や情景描写は松本清張さんらしく簡潔で短めの文がテンポよく並んでいます。戸谷自身が主人公なので、彼の容貌や身なりについての客観的描写は少ないのですが、その分、周囲の男女に対して容赦のない批評の眼が向いているのが面白いです。独特の審美眼の持ち主、ともいえるでしょう。
一番の(ビジュアル的)相違点は下見沢弁護士。ドラマでは北村一輝さんがこれまた少年っぽさを残した四十男の色気と邪気と愛嬌を存分に発揮していましたが、原作では薄汚く金もない貧相な喪男状態なのが…だからこそラストで「あっ!」と思わされる効果もあったと思います。ただ、見ている分には「いかにも何か悪戯を企んでいそうな」北村さんの下見沢先生がキュートで目が離せませんでしたけどねv
そうそう、戸谷先生が収集した骨董品を並べてある部屋には炉が切ってあって、来客にお点前を披露することもあったとか。和服姿でぴしりと茶を立てる上川さんの戸谷先生は見てみたかった気が…簡潔な文体の中ですら、そこはウットリvするほど魅力的なのが容易に想像できましたもの~♪
ちなみに「ぽってり」という形容詞が何故浮かんだのかな?と思い返すと、何となく志野茶碗なイメージがついて回っていたせいでしょうか(志野の茶碗は、チセさんのところから黙って持って来ちゃったせいで破滅につながる、あのアイテムでもあり)。それに加えて、完全には絞り切れていない不摂生が明白な身体つきと、角の取れた緩い頬、野暮ったい半歩手前の厚めの前髪と細めた目。特に1~3話辺りは柴犬っぽい可愛さ。後半やや長めに髪型が変わると、一気に洗練度合いが上がるのも面白いです。
◆ ◇ ◆
登場人物の職業や小道具、トリックやミステリーのカギになる列車の使い方など、時代が昭和30年代というだけあってレトロで、逆に新鮮にも感じました。携帯もメールもウェブもない時代、ああして皆良くも悪くも頭を使って知恵を働かせていたのね…と人の業に思いを馳せてしまいました。
そして現代版にアレンジしなおした時の「ファッショナブル」さ、あれも好き嫌いはあるかもしれませんが、私は好みです。
≪小説≫ ≪ドラマ≫
・戸谷信一 →(名前は同じ)
年齢が32歳(ドラマでは40歳)、別居中の妻のほかに6歳の息子がいる。ドラマでは子どもはいない。父親は日本の医学界の重鎮であったという。病院は中野の一等地。
・下見沢作雄 →(名前は同じ)
友人、という表現はされているが知り合ったきっかけはあまり詳しく書かれていない。ドラマでは学生時代からの悪友という設定。ビジュアル面と性格が一番顕著に変わっているキャラクター?(笑)
・寺島トヨ → 寺島豊美
看護師ではなく婦長。戸谷の父の愛人であり、戸谷とも関係を持っていた(!)。年齢は40代後半の設定。背が高いのは同じ。但し容貌は決してほめられた描写はされていない、陰に籠った情念を持つ中年女、という印象。
・横武たつ子 → 横武龍子
設定はほぼ同じだが、家業が材木屋ではなく人形店。
・藤島チセ →(名前は同じ)
年齢は戸谷よりも15歳上(小説版)、もともとは洋品店を経営する辣腕女性事業家、職業がかぶるせいかドラマでは料亭の女将に。悋気を起こすとかなりDVの気がある(苦笑)。
・槇村隆子 →(名前は同じ)
原作では洋装店経営。ドラマでは時代を反映してデザイナーということになっている。27歳で、結婚歴がある。実家が特に資産家という描写はされていないが、とにかくお金は持っていそうな?美しい身なりと挙措の描写が多い。
豊美は何処かに共感できる部分があるのですが、私はこの隆子がすごく苦手です。
こういうのを魔性の女というのではないか、とふと思ってしまいました。
伊武雅刀さん演じる事務長や警察の人間のキャラ設定や出番、台詞なども少しずつ変わっています。あの(豊美に好意を持っていた)医局の若い先生がいないのが大きな相違点?原作の戸谷病院には戸谷先生以外医者がいなさそうな雰囲気ですw(出てこないわけではないですが、人格が与えられていません)
◆ ◇ ◆
戸谷が護送される(流刑地がなんと網走刑務所!)車の中から病院の跡地に立つ看板を見て全てを悟る場面で小説はおしまいになっています。戸谷が主人公のクライムサスペンスとしてはあれでいいと思うのです。でも私は「男と女」に特化した、米倉さん演じる豊美が主人公の、刑務所の門前~あの林の場面のラストがとても好きです。
あの最後の5分程が、このドラマの軸である「戸谷と豊美」のふたりを全て語っている、そう思えてならないので…。
(了)
悪い役やどうしようもない役、一筋縄では行かない役を演ってる上川さんが観たい!と切望していた私に上川クラスタさんが勧めてくれたのがこの作品。
『わるいやつら』
ご存じ、松本清張原作のクライムサスペンス(2007年1~3月放映/テレビ朝日)。今からちょうど7年前になりますね。
≪公式HP≫
http://waruiyatsura.asahi.co.jp/
≪キャスト≫
戸谷信一〈40〉- 上川隆也 戸谷病院院長。
寺島豊美〈31〉- 米倉涼子 戸谷病院の中堅看護師。
下見沢作雄〈40〉- 北村一輝 戸谷信一の友人で弁護士。
槇村隆子〈27〉- 笛木優子 新進気鋭のデザイナーで資産家の令嬢。
横武龍子〈33〉- 小島聖 材木問屋の社長夫人。
藤島チセ〈48〉- 余貴美子 名古屋の料亭の女将。
葉山耕太〈28〉- 平山広行 経験の浅い新人医師。
粕谷事務長 - 伊武雅刀 戸谷の父である先代院長の時代から仕えている病院事務長。
沼田看護師長 - 朝加真由美 粕谷と共に先代から仕えてきた看護師長。
なかなかまとめて観る時間がない(HDDには録画ばかりたまっていく)のですが、久しぶりに家にいる週末を利用して半分徹夜で一気見しました。
例によって原作は読まず、HPなど事前のネタバレなど一切なしで「オンエア時さながら」のまっさらな状態での感想を少し。
結論――期待を裏切らない素晴らしい作品でした!
そう!こういう作品、役柄が観たかった!!これぞまさに「芝居の説得力」!
第一話からの破壊力ったらないわ…夜中に何度か「うわあぁぁ!」と叫びたくなるような?持って行かれよう。最近「男子校の部活のキャプテン」みたいなポジション(座長だと何だかそんなノリじゃないですか?w)ばっかり見てたので、ちゃんとラブシーンとかできる役者さんだったんだよね、と再確認。(ホッとしましたわ~v)
そりゃ私の大好きな「オトナでインテリの犯罪者」キャラですから(友人談)悪い男のする「あすなろ抱き」はこんなに裏がありすぎてヤラしいものか!とか、抑えた相手の手をふっと取り上げて口づけ!(キスではない。あくまでも欧米的な紳士の振る舞い)とか、相手の足首掴んだと思ったら優しく靴紐結ぶとか!毛布にくるまって「頼む、お茶だけ淹れてくれないか」とか!コート着せ掛けてあげたりとか!!あんた温泉とかお風呂好きでしょ?とか!!ファンサービスにしては入浴シーンが多かったですw しかし後述するように「絵に描いたようないい男」ビジュアルではないので、それが逆に強烈なリアリティーを持って迫ってきたと言いましょうか。
いや~~~v 新年早々いろいろと堪能させていただきましたv ←何をだw
※北村一輝さんの下見沢弁護士は私の大好きな役柄全開!で、出てくるたびに大喜びw 加えて余貴美子さんと笹野高史さんの名古屋弁が可愛らしくて懐かしくて、キュンキュンしました。刑事役の大杉漣さん、素敵です!安定のハイクオリティー脇役もこのドラマの見どころのひとつです!
◆ ◇ ◆
しかしながら。一番面白いと思ったのは、鬼畜ドクター(これも友人評)「戸谷信一」、いったいこの男のどこにそこまで惹かれ、狂わされるのか、分からない…と女の眼から見ても不思議で仕方なかったことです。
医師というステイタス?それとも、知性?彼がやってることのロクデナシさは言うに及ばずですが、加えるなら、いわゆる「パッと目を引く華やかな容貌」と言うなら共演の下見沢弁護士役:北村一輝さん(この方も大好きな役者さん!v)のほうが圧倒的な存在感ですし、設定も「別居中の妻がいる個人病院院長、年齢40歳」ですから、みずみずしい若さで女心を掴むといった感じでもない。
やや長く厚めにおろした前髪、少し細めた目と、胸の内を読ませないかのように冷たい銀色の眼鏡、着なれたふうのビジネススーツ(決してモデルのように似合っているわけではない。あくまでも、身のこなしにごく自然に寄り添う空気感のような着方であって、スタイルや身長的にも豊美役の米倉さんを抱きしめるシーンでは「あと10センチ…!」と思わないわけではなかったw)も、白衣の姿も、十人並みとは言わないまでも「たぶん私たちの日常のどこかで出会いそうな」ありふれた佇まいです。
テレビの中で、俳優が役を演じるのではないような…毎朝駅や会社に向かう道ですれ違う人波、満員電車の中に隣り合わせる人たちの中にいるかもしれない、という現実の匂い、生きる人間の「業」が、そこにはありました。
ただ、顔立ちの云々ではなく、戸谷の立ち居振る舞いを見ていると「なにか落ち着かない気分になる」と感じたのは事実でした。何が理由なのか?何が私の五感に「ひっかかる」のか?2話、3話…と話が進んでいくうちに、その原因がおぼろげに見えてきました。
ひとつは「声」。
役柄が変わればどれだけでも真摯・清冽・情熱的になるはずの「あの声」が、空々しくも甘い口説き文句だけでなく、何とも言えない憂いや倦怠感、悪意すらその中に潜めて「低く囁く」響き。ああ、こういう声の使い方もあるんだ…と驚くとともに、ミステリアスで心の読めないその声音に、本能的に?「危険信号」を感じ取っていたのかもしれません。そしてウチのテレビはスピーカーを別に繋いでいるので、音質もかなり向上、あの声が微かな息遣いまでも含めて、余計に深く低く増幅されるという…(苦笑)何度も背筋がぞくり、としました。
もうひとつは「眼差し」。
舞台と違い、テレビ(映像作品)はどうしても顔のアップが多用されていると感じますが、豊美やチセといった女たちが「言葉で」感情をあらわにするのに対し、戸谷は「ただ無言の眼差しを向ける」というシーンが多かったのです。女たちに向ける眼差しは決して優しいものだけでなく、時にそれは怒りであったり落胆であったり、動揺でもあったりするのですが…。そのやや重い瞼の下の「眼差し」は、「声」以上に彼の得体の知れなさを観る側に伝えてきていました。「何を見ているの?」「何を考えているの?」そう思った瞬間、向けられたあの眼差しに心をとらわれた…豊美のような、十分に大人の抑制力を持った自立した女であっても、ふと道を踏み外してしまったくらいの底知れなさ…それは、何となく分かったような気がします。
あと「歯を見せて笑う」場面の不気味さ。
もちろん中の人の爽やかな笑顔やら犬にデレてる笑顔やらは見ていますが、このドラマで戸谷が笑うパターンは大きく分けて2つ。唇の端、頬をごくわずかに引き上げるような冷たい笑み。そして「大きく歯を見せる」邪悪さ満点の笑顔。思わず直前に読んでいた『怪奇大作戦 ミステリーファイル』の牧史郎が自分の思考に嵌った時に見せる「凶暴な顔」を想起してしまいました。普通なら笑顔は人を安心させるものであるのに、戸谷の笑顔は見る者をゾクリと総毛立たせる…狂気一歩手前の何か、を表すアイコンとでも言いましょうか。
一番印象的だったのは、豊美の首に手をかける直前の、見つめあった状態から無垢なまでの冷たく透明な微笑です。まさに嵐の前の静けさ。しかし「あの氷のような微笑」が最も私の心に突き刺さる毒を持っていました。
◆ ◇ ◆
ストーリーはさておくとして、戸谷という「わるい男」の醸し出す、何とも言えない「普通の人感」「ふてぶてしさ」「可愛らしさ」そして「厭生感」に、目を離せなかったドラマでした。「厭世」ではありません。病院の御曹司として何不自由なく育ち、当たり前のように家業を継ぎ、見合いで結婚し、浮気を重ね、今に至った。金、女、世俗的地位…自分の欲望にどこまでも素直に身を委ねながら、実は「生きること」に倦んでいる、そう感じました。もちろん卑怯な男ですから、自分から命を絶とうとは思わない。でも「死んでもいい」と、何度彼は豊美の前で呟いたでしょうか?まるで爛熟の果実のようにピークを過ぎて内側から少しずつ腐っていく自分自身を一番厭わしく思っていたのも、戸谷自身なのではないでしょうか。そんな彼の孤独に、豊美の持つ孤独が共鳴してしまった、と思うと、ひとつ腑に落ちるようにも思います。
豊美は(演じる米倉涼子さんの持つオリジナルイメージが多分に影響していますが)前半と後半の変身ぶりも含め見ていて非常に面白いキャラクターでした。私はどちらかと言うと前半の揺れ動く女心を垣間見せる彼女のほうにより共感していましたが、それは自分が(理由ははっきりしないながらも)戸谷の持つ得体の知れない、心の闇が放つブラックホールのような魅力に取り込まれていたせいかも知れません。
殺人の絡むクライムサスペンスでありながら、登場人物全てを取り巻く人間関係、その心の機微までも上手く脚本化されていたのではないでしょうか。私は映画にしてもドラマにしても「ドンパチグサリ系」がとても苦手ですが、一人一人の人物の心象風景を丁寧に描いていったエピソードには、好感が持てました。(追って原作も読んでみたいと思います)
追記ですが、先日見たばかりなので、劇中随所に織り込まれる『マクベス』へのオマージュがまた、観る側の気持ちをさらに波立たせると言いますか。人を手にかけてから、暗い部屋で眠れなくなった豊美。手に付いた鮮血を洗い流しながら、一瞬我を忘れる戸谷。第1話冒頭の戸谷の台詞がなくとも、「あっ」と思う視聴者は多かったはず。
あと劇伴音楽も良かったです。物悲しいバイオリン、情熱的でありミステリアスなラテンギター。大人の色恋と欲にまみれたドラマを効果的に彩っていたと思います。
◆ ◇ ◆
もちろん?タイトル通りに聞くなら「結局、誰が一番『わるいやつ』だったのか?」
この答えも様々かと思います。
派手なエンディングではありませんが、重く、心を落ち着かなく揺らす幕切れ…
最後にあの林の中をひとり歩く豊美の姿に、嫌でも想像力を掻き立てられました。
「戸谷は…ついに私だけのものになりました。そして…」
聞く者を不安な心持ちにさせる、豊美のナレーション。
社会的地位も、帰る家も場所も、拠り所だった医師としてのステイタスをも全て失った戸谷が豊美を見つめる「無言の眼差し」。
何となくですが…最後に豊美は戸谷の「願い」を叶えてやったのではないか、と…そんな気がします。
それによって、
「永遠に」私だけのものになる。
「永遠に」あなただけのものになる。
そういう「愛し方」が、ひとつくらいあってもいいのかもしれません。
********************************
(1月29日追記)
≪原作を読みました≫
松本清張「わるいやつら」読了!戸谷信一の悪人ぶりは原作もそのままです。でもドラマ版の何とも不思議な愛嬌とぽってりした存在感は上川さんならでは。豊川悦司さんも演じたと聞きましたが、あの生活感のない色気と冷たく鋭い眼ならもっと原作に近かっただろうとも感じました。ビジュアルとお芝居を比べてみるのも一興?お二人ともタイプは違うけど、とても色気ある声の持ち主なのが偶然というか、必然というか。(余談ですが豊川さんと聞くと思いだすこと:まだローティーンの頃に周囲がジャニファン一色だった中、キッパリと「豊川悦司みたいな大人の男が好き」と言ってクラス中の女子にドン引きされた覚えがありますw 素敵でしたよ、丁度ブレイク一歩手前くらいの時でw)
原作を読み解いていくと、戸谷は初めから終わりまで愛人の女たちに何の感慨も持たず、ただ私欲で利用しつくす上に、扱い方も酷い下種です。しかも考えの甘い坊ちゃんだから自分が被害者だと思ってるあたり、一切の同情の余地はありません。
しかし、この2007年ドラマ版の「脇の甘いダメさと不思議な可愛さ」は…悪態をつきながらもつい情にほだされてしまうチセさんの気持ちが分かる気がする~!あれはホントに反則ですw
人物や情景描写は松本清張さんらしく簡潔で短めの文がテンポよく並んでいます。戸谷自身が主人公なので、彼の容貌や身なりについての客観的描写は少ないのですが、その分、周囲の男女に対して容赦のない批評の眼が向いているのが面白いです。独特の審美眼の持ち主、ともいえるでしょう。
一番の(ビジュアル的)相違点は下見沢弁護士。ドラマでは北村一輝さんがこれまた少年っぽさを残した四十男の色気と邪気と愛嬌を存分に発揮していましたが、原作では薄汚く金もない貧相な喪男状態なのが…だからこそラストで「あっ!」と思わされる効果もあったと思います。ただ、見ている分には「いかにも何か悪戯を企んでいそうな」北村さんの下見沢先生がキュートで目が離せませんでしたけどねv
そうそう、戸谷先生が収集した骨董品を並べてある部屋には炉が切ってあって、来客にお点前を披露することもあったとか。和服姿でぴしりと茶を立てる上川さんの戸谷先生は見てみたかった気が…簡潔な文体の中ですら、そこはウットリvするほど魅力的なのが容易に想像できましたもの~♪
ちなみに「ぽってり」という形容詞が何故浮かんだのかな?と思い返すと、何となく志野茶碗なイメージがついて回っていたせいでしょうか(志野の茶碗は、チセさんのところから黙って持って来ちゃったせいで破滅につながる、あのアイテムでもあり)。それに加えて、完全には絞り切れていない不摂生が明白な身体つきと、角の取れた緩い頬、野暮ったい半歩手前の厚めの前髪と細めた目。特に1~3話辺りは柴犬っぽい可愛さ。後半やや長めに髪型が変わると、一気に洗練度合いが上がるのも面白いです。
◆ ◇ ◆
登場人物の職業や小道具、トリックやミステリーのカギになる列車の使い方など、時代が昭和30年代というだけあってレトロで、逆に新鮮にも感じました。携帯もメールもウェブもない時代、ああして皆良くも悪くも頭を使って知恵を働かせていたのね…と人の業に思いを馳せてしまいました。
そして現代版にアレンジしなおした時の「ファッショナブル」さ、あれも好き嫌いはあるかもしれませんが、私は好みです。
≪小説≫ ≪ドラマ≫
・戸谷信一 →(名前は同じ)
年齢が32歳(ドラマでは40歳)、別居中の妻のほかに6歳の息子がいる。ドラマでは子どもはいない。父親は日本の医学界の重鎮であったという。病院は中野の一等地。
・下見沢作雄 →(名前は同じ)
友人、という表現はされているが知り合ったきっかけはあまり詳しく書かれていない。ドラマでは学生時代からの悪友という設定。ビジュアル面と性格が一番顕著に変わっているキャラクター?(笑)
・寺島トヨ → 寺島豊美
看護師ではなく婦長。戸谷の父の愛人であり、戸谷とも関係を持っていた(!)。年齢は40代後半の設定。背が高いのは同じ。但し容貌は決してほめられた描写はされていない、陰に籠った情念を持つ中年女、という印象。
・横武たつ子 → 横武龍子
設定はほぼ同じだが、家業が材木屋ではなく人形店。
・藤島チセ →(名前は同じ)
年齢は戸谷よりも15歳上(小説版)、もともとは洋品店を経営する辣腕女性事業家、職業がかぶるせいかドラマでは料亭の女将に。悋気を起こすとかなりDVの気がある(苦笑)。
・槇村隆子 →(名前は同じ)
原作では洋装店経営。ドラマでは時代を反映してデザイナーということになっている。27歳で、結婚歴がある。実家が特に資産家という描写はされていないが、とにかくお金は持っていそうな?美しい身なりと挙措の描写が多い。
豊美は何処かに共感できる部分があるのですが、私はこの隆子がすごく苦手です。
こういうのを魔性の女というのではないか、とふと思ってしまいました。
伊武雅刀さん演じる事務長や警察の人間のキャラ設定や出番、台詞なども少しずつ変わっています。あの(豊美に好意を持っていた)医局の若い先生がいないのが大きな相違点?原作の戸谷病院には戸谷先生以外医者がいなさそうな雰囲気ですw(出てこないわけではないですが、人格が与えられていません)
◆ ◇ ◆
戸谷が護送される(流刑地がなんと網走刑務所!)車の中から病院の跡地に立つ看板を見て全てを悟る場面で小説はおしまいになっています。戸谷が主人公のクライムサスペンスとしてはあれでいいと思うのです。でも私は「男と女」に特化した、米倉さん演じる豊美が主人公の、刑務所の門前~あの林の場面のラストがとても好きです。
あの最後の5分程が、このドラマの軸である「戸谷と豊美」のふたりを全て語っている、そう思えてならないので…。
(了)