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のほほん書斎(日高茂和)

まぐろを好きになった瞬間

二十四~五歳のころまで、マグロは美味くないものだと思っていた。
子供のころにはあまり食べなかったし、たまに食べても、すしの鉄火巻きに使われている冷凍物くらいで、決して美味しいとは思っていなかった。
マグロ=飾りの食材くらいに思っていた。
そういう先入観があったので、マグロを好む地域である東京に住むようになっても、進んで食べようとは思わなかったし、店で見かけても買うことはなかった。
二十代の半ば近くから後半まで、東京は西日暮里に住んでいた。そこは、その前に住んでいた台東区谷中と隣接した場所で、東京大空襲でも焼けなかった部分で、谷中同様の路地の入り組んだ、下町らしい下町だった。
ある休みの日に、その路地を歩いていたら、お爺さんがリヤカーで魚を売り歩いていた。そのお爺さんが、「今日は本マグロのナマがはいってるよ。刺身で食べると美味しいよ!」と、情感たっぷりに声をかけるのである。
その一言に食指をそそられて買ってみた。
夕食のときに刺身で食べたが、とろけるような舌触り。やや野性味のある味覚。そして、厚く切った刺身のボリューム感。美味しかった。・・・まぐろについて認識を新たにし、まぐろを好きになった瞬間である。
マグロは今後ますます高価になり、庶民の口に入らなくなると喧伝される昨今、育てる漁業には成功して欲しいものだ。

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