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憂多加氏の華麗な日常   2) 電車の彼女

2019年07月22日 | 憂多加氏の華麗な日常(一話完結連載中)
 憂多加氏は多くの人たちと同様、通勤に電車を利用する。そして、多くの人たちと同様、乗り換えのし易い車両に乗り込む。乗り換えで走るよりはましだと、ぎゅうぎゅう詰めであっても我慢する。憂多加氏が乗り換える駅では大半の人が降り、そのままの人数が同じ電車に乗り換えるため、会社の最寄り息までずっとぎゅうぎゅう詰めである。憂多加氏に限らず、皆慣れてしまっているのか、平気な顔をしている。
 そんなある日、いつものようにぎゅうぎゅう詰めになっていると、いつもと違う事が起こった。なんと、前に背を向けて立っている若い女性が、ぐいぐいとお尻を押し付けて来たのだ。驚いた憂多加氏は少し身を引く。お尻との間に隙間ができた。ほっと安心するのも束の間、また、お尻がぐいぐいと押し付けられてきた。何だ何だ? 何故だ何故だ? あまりの事に憂多加氏の思考は停止する。電車も停止、乗り換えのためにどっと人が吐き出された。憂多加氏もそうだったし、お尻の彼女もそうだった。あっという間に彼女の姿は見えなくなった。……きっと偶然だろう。もし意図的だったとしても、彼女の気紛れだろうし、第一、もう一度会う確率は無いに等しいだろう。自分に言い聞かせる憂多加氏だった。
 その数日後、お尻の彼女が再び背を向けて立っていた。憂多加氏は動かなかった。この御時勢、変な気を起こしたら大変な事になる。精々、シャンプーの香りを楽しむくらいにしておかなければ、と、憂多加氏は思った。が、やはり、お尻をぐいぐいと押し付けてきた。こうして会えるまでの数日は、他の男に尻を押し付けていたのだろうか? 後ろ姿だけ見ると、清楚な感じがする。とても不特定多数にお尻を押しつけるようには思えない。とすると、ボクにだけ押し付けるのか? いやいや、早まった事を考えてはいけない。ここはもう少し慎重に見極めなくては。憂多加氏は少し下がって隙間を作った。しばらくすると、お尻はぐいぐいと押し付けられてきた。憂多加氏は、その弾力のある丸い形を感じ取っていた。ひょっとして誰かに見られているんじゃないか。不安になった憂多加氏は、目を動かして周囲を見る。誰もが電車内の吊り広告や窓の外や携帯電話の画面を見ていた。憂多加氏は動かずに、じっとしていた。何気ない風を装うため、わざとらしく目を吊り広告に向ける。何が書かれているかなど意識していなかった。意識は触れているお尻に集中していた。
 それからまたしばらくは彼女に会う事が無かった。憂多加氏はのんびり待つ事にした。軽率に行動して嫌われたら、それこそ二度と会う事が出来なくなってしまう。だから、もしお尻が当たっても、こちらから何も行動をしないと決めていた。会えれば良し、会えなければそれもまた良し。そんな境地になった憂多加氏だった。
 数日後、彼女に会った。こちらを向いて立っていた。思った通り若くて美人だった。表情にやや勝気な感じが見て取れた。ぐいぐいとお尻を押し付けてくるのも、この勝気な感じのせいか、と、憂多加氏は思った。と、ぐいぐいとからだを押し付けてきた。憂多加氏は、お尻同様、弾力がある彼女の丸み二つを感じ取っていた。彼女は憂多加氏の方へ歩を進めた。彼女の前面が憂多加氏に密着した。彼女の胸も、彼女の張りのある太腿も。憂多加氏は動けなかった。実際車内が混んでいて動けないのだが、もし、少し空いていたとしても動けなかった、いや、動かなかっただろう。彼女は視線を合わせなかった。憂多加氏もそれに倣った。そして、考え事をするように目を閉じた。目を閉じると、全身で彼女を感じることが出来た。密着しているからだろう、彼女が呼吸する度に膨らむ胸と腹の動きも伝わってくる。手を出してはならない、手を出してはならない。いけない欲求に抵抗する憂多加氏だった。乗り換え駅に着き、人々が降りる。憂多加氏も彼女も降りる。束の間の出来事は、こうして終わった。
 またそれから数日後、彼女に会った。今日は後ろを、つまり、お尻を向けていた。しばらくすると、ぐいぐいとお尻を押し付けてきた。これは、絶対、何らかのアクションを起こしてほしいと言う合図に違いない。憂多加氏は思った。しかし、勇気が出ない。一抹の不安もある。ボクの勘違いだったら、身の破滅となる展開が待っているかもしれない。しかし、会うたびにぐいぐいと押し付けられて、こちらが何の反応もしないとなると、逆に、何て根性の無い男なのか、度胸の無い男なのかと、勝気そうな彼女のプライドを傷つけてしまう事になり、嫌われてしまうだろう。ならば、ひと思いに…… そうだ、乗り換え駅で停車して降車する時ならば良いタイミングだろう。ちょっと力を入れて触れれば、意識している事を伝えられるだろう。我ながら名案と、駅に着く時をどきどきして待つ憂多加氏だった。
 今発車した駅の五分後には、目指す乗り換え駅だ。手に意識を集中し心構えを作る憂多加氏だった。途端に「いい加減にしてください! 毎日毎日!」と彼女が叫び、彼女の前に立つ男の手首をつかんで持ち上げた。「痴漢です!」周りにアピールする。周りの数人の男たちが痴漢を抑え込んだ。「毎日毎日、逃げるのがどれだけ大変で苦痛だったか!」彼女はそう付け加えた。電車が乗り換え駅で停まった。
 彼女が憂多加氏にお尻を押しつけたり、前面を押し付けたりしたのは、痴漢から逃れるためだったのだ。会えなかった日々も、車両を変えて痴漢から逃げていたのだろう。彼女は憂多加氏など最初から眼中になく、壁と同じ感覚だったのだ。それを思い知らされた憂多加氏は、淋しそうな微笑を浮かべ、捕り物中の彼女たちを振り返ることなく、足早に去って行った。

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