「それじゃ、嵩彦さんからもお話を聞かせて頂きやしょうか」
悲しそうな表情の嵩彦に豆蔵が言う。
「なあ、豆蔵さん、いきなり聞くなんて気の毒じゃないか?」竜二が言う。「好きな相手に手が届かないって、悲しい状況なんだぜ」
「そうは言いやすがね、悲しい悲しいって聞かされても、何の足しにも無りゃしやせん」豆蔵は言うと嵩彦を見る。「だったら、どんな状況だったかを聞いた方が良い」
「そうかもしれないけどなぁ……」
「いえ、それで良いのです」嵩彦が弱々しい声で言う。二人が嵩彦を見ると、無理に作ったような弱々しい笑顔を見せた。「確かに、悲しんでばかりでは、何も解決いたしますまい」
「それが良うござんすよ」豆蔵は言って大きくうなずく。「さあ、話して下せぇ。力になりやすよ」
「では……」嵩彦もうなずく。豆蔵の言葉に力を得たようだ。「僕と冨美代さんは窓の内外に隔てられてしまいました。いくら戻ろうとしても戻れなかった…… 他の霊体は難なく往き来出来ているのにです。同情して励ましてくれる人もいましたが、からかう様に幾度も出入りする輩もいた」
「まあ、それは人の常でやすよ」豆蔵が言う。「他人様の不幸が大好物って言う、しょうもない奴らをあっしは五万と見て来ておりやすからね」
「そうでしょうね…… 悲しい人の性でしょうかね……」
「実は、この土地に凶悪な野郎が棲みついているようでしてね。そいつのせいなんじゃないかと言う事で……」
「今までに、北階段とか骸骨とかあったんだ」竜二が言う。「オレは骸骨の時だったんだけど、黒い影みたいなのが居てさ、そいつの力が強くってさ、みんなやられそうになったんだ」
「はあ、そうなんですか……」竜二の説明が理解しづらいのか、首を傾げつつも嵩彦はうなずく。「じゃあ、この度もその黒い影とやもが何らかの力を及ぼしていると……?」
「そう言えるでしょうね」豆蔵が言う。「ただね、その二つの出来事には、その影とは別の野郎が仕切っていやがったんでさ。いわば、影を大頭としたら、そいつらは小頭って感じでね」
「そうなんですか……」
「なので、この度も、何かそんな小頭みたいなのがいるんじゃねぇかと思うんです。嵩彦さんは、何か見やせんでした?」
「そうですね……」
嵩彦は腕を組んで考え込んでいる。竜二はいらいらしているが、豆蔵はじっと待っている。しばらくして、嵩彦の腕組みが解けた。
「そう言えば……」嵩彦は言って豆蔵を見る。「数日前に一度だけ、冨美代さんと窓越しに会っている時、ドアに辺りに誰か立っているのを見ました」
「どんな様子でした?」
「そうですね……」嵩彦は想い出そうと目を閉じる。「黒のビロード地のスーツの上下で、男にしては華奢な体つきでしたか。前開きにした上着から首から胸元に掛けてフリルの付いた白いシャツが見えていました。そうそう、上着の袖口からもフリルが覗いていました。肩までの黒髪で、ぴっちりとしたズボン、そして、靴は黒のハイヒールでした。妙な男がいるものだと思いましたね」
「嵩彦さんよう、そいつは男じゃねぇよ」竜二が言う。「多分、女だ」
「女?」嵩彦は驚く。「女性が男の格好などするはずがありますまい」
「でもあるんだな、そう言う事がさ」竜二は窓を顎でしゃくる。「中にいるお侍、あのお人は女性だぜ。名前はおみっちゃんだ」
竜二の言葉に嵩彦は窓に寄って覗き込む。
「なるほど、確かに女性のようだ……」嵩彦はうなずく。「女性剣士の話を聞いた事があります。確か、あのようは姿をしていると聞きましたが」
「そして、あの赤い服、……実は男なんだ」
「えええっ!」嵩彦は驚き、もう一度窓から覗く。「そんな、馬鹿な…… どこをどう見ても女性ではないですか! 僕はてっきり支那娘だと……」
「あいつ、虎之助って名前なんだ。声を聞きゃ分かるよ。野太い声だぜ」
「そんな! そんな神をも畏れぬ所業を!」嵩彦は愕然とする。「……おお、神よ……」
「何でぇ、嵩彦さんはキリスト教徒かい?」
「いえ、そう言うわけでは……」嵩彦は恥ずかしそうに言う。「驚いた時にはこういう言い回しが流行っておりましたので……」
「……まあ、話は分かりやした」豆蔵が締めるように言う。「みつ様にお知らせにめぇりやす。竜二さんは、嵩彦さんとここに居てくだせぇ」
「ああ、良いよ」竜二はあっさりと言う。「虎之助に絡まれるよりはずっとマシだ」
「じゃあ、ちょっくら……」
豆蔵が窓を通り抜けようとする。だが、出来なかった。壁で試してみる。これも、出来なかった。
「なんでぇ! どう言うこったい!」豆蔵が怒鳴る。「これじゃ、嵩彦さんと同じじゃねぇか!」
「オレがやってみるよ」竜二が言う。「少し距離を取って走り込めば何とかなるさ!」
竜二は言うと校舎から離れ、「うりゃあぁぁぁ!」と掛け声をかけながら校舎に突進した。が、窓に弾き飛ばされれた。壁に向かっても同じことをしてみたが、やはり弾き飛ばされる。
「……ダメだ……」
竜二はしこたまぶつけた鼻を撫でながらつぶやく。
つづく
悲しそうな表情の嵩彦に豆蔵が言う。
「なあ、豆蔵さん、いきなり聞くなんて気の毒じゃないか?」竜二が言う。「好きな相手に手が届かないって、悲しい状況なんだぜ」
「そうは言いやすがね、悲しい悲しいって聞かされても、何の足しにも無りゃしやせん」豆蔵は言うと嵩彦を見る。「だったら、どんな状況だったかを聞いた方が良い」
「そうかもしれないけどなぁ……」
「いえ、それで良いのです」嵩彦が弱々しい声で言う。二人が嵩彦を見ると、無理に作ったような弱々しい笑顔を見せた。「確かに、悲しんでばかりでは、何も解決いたしますまい」
「それが良うござんすよ」豆蔵は言って大きくうなずく。「さあ、話して下せぇ。力になりやすよ」
「では……」嵩彦もうなずく。豆蔵の言葉に力を得たようだ。「僕と冨美代さんは窓の内外に隔てられてしまいました。いくら戻ろうとしても戻れなかった…… 他の霊体は難なく往き来出来ているのにです。同情して励ましてくれる人もいましたが、からかう様に幾度も出入りする輩もいた」
「まあ、それは人の常でやすよ」豆蔵が言う。「他人様の不幸が大好物って言う、しょうもない奴らをあっしは五万と見て来ておりやすからね」
「そうでしょうね…… 悲しい人の性でしょうかね……」
「実は、この土地に凶悪な野郎が棲みついているようでしてね。そいつのせいなんじゃないかと言う事で……」
「今までに、北階段とか骸骨とかあったんだ」竜二が言う。「オレは骸骨の時だったんだけど、黒い影みたいなのが居てさ、そいつの力が強くってさ、みんなやられそうになったんだ」
「はあ、そうなんですか……」竜二の説明が理解しづらいのか、首を傾げつつも嵩彦はうなずく。「じゃあ、この度もその黒い影とやもが何らかの力を及ぼしていると……?」
「そう言えるでしょうね」豆蔵が言う。「ただね、その二つの出来事には、その影とは別の野郎が仕切っていやがったんでさ。いわば、影を大頭としたら、そいつらは小頭って感じでね」
「そうなんですか……」
「なので、この度も、何かそんな小頭みたいなのがいるんじゃねぇかと思うんです。嵩彦さんは、何か見やせんでした?」
「そうですね……」
嵩彦は腕を組んで考え込んでいる。竜二はいらいらしているが、豆蔵はじっと待っている。しばらくして、嵩彦の腕組みが解けた。
「そう言えば……」嵩彦は言って豆蔵を見る。「数日前に一度だけ、冨美代さんと窓越しに会っている時、ドアに辺りに誰か立っているのを見ました」
「どんな様子でした?」
「そうですね……」嵩彦は想い出そうと目を閉じる。「黒のビロード地のスーツの上下で、男にしては華奢な体つきでしたか。前開きにした上着から首から胸元に掛けてフリルの付いた白いシャツが見えていました。そうそう、上着の袖口からもフリルが覗いていました。肩までの黒髪で、ぴっちりとしたズボン、そして、靴は黒のハイヒールでした。妙な男がいるものだと思いましたね」
「嵩彦さんよう、そいつは男じゃねぇよ」竜二が言う。「多分、女だ」
「女?」嵩彦は驚く。「女性が男の格好などするはずがありますまい」
「でもあるんだな、そう言う事がさ」竜二は窓を顎でしゃくる。「中にいるお侍、あのお人は女性だぜ。名前はおみっちゃんだ」
竜二の言葉に嵩彦は窓に寄って覗き込む。
「なるほど、確かに女性のようだ……」嵩彦はうなずく。「女性剣士の話を聞いた事があります。確か、あのようは姿をしていると聞きましたが」
「そして、あの赤い服、……実は男なんだ」
「えええっ!」嵩彦は驚き、もう一度窓から覗く。「そんな、馬鹿な…… どこをどう見ても女性ではないですか! 僕はてっきり支那娘だと……」
「あいつ、虎之助って名前なんだ。声を聞きゃ分かるよ。野太い声だぜ」
「そんな! そんな神をも畏れぬ所業を!」嵩彦は愕然とする。「……おお、神よ……」
「何でぇ、嵩彦さんはキリスト教徒かい?」
「いえ、そう言うわけでは……」嵩彦は恥ずかしそうに言う。「驚いた時にはこういう言い回しが流行っておりましたので……」
「……まあ、話は分かりやした」豆蔵が締めるように言う。「みつ様にお知らせにめぇりやす。竜二さんは、嵩彦さんとここに居てくだせぇ」
「ああ、良いよ」竜二はあっさりと言う。「虎之助に絡まれるよりはずっとマシだ」
「じゃあ、ちょっくら……」
豆蔵が窓を通り抜けようとする。だが、出来なかった。壁で試してみる。これも、出来なかった。
「なんでぇ! どう言うこったい!」豆蔵が怒鳴る。「これじゃ、嵩彦さんと同じじゃねぇか!」
「オレがやってみるよ」竜二が言う。「少し距離を取って走り込めば何とかなるさ!」
竜二は言うと校舎から離れ、「うりゃあぁぁぁ!」と掛け声をかけながら校舎に突進した。が、窓に弾き飛ばされれた。壁に向かっても同じことをしてみたが、やはり弾き飛ばされる。
「……ダメだ……」
竜二はしこたまぶつけた鼻を撫でながらつぶやく。
つづく
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