「なんだか、すっかり酔いがさめちまったぜい」
名護瀬は、得意げに川村たち「盲目的オカヲタ」に近付いて行く岡島の後ろ姿を見ながら言った。
「ところで、コーイチ」
改まった口調で言うと、名護瀬はコーイチの方を向いた。酔いが覚めたと言うわりには、まだ目が据わっている。
「な、何だ。キスはするなよ!」
コーイチは後退さった。過去何度か危険な目に遭わされている。
「ヴェークァ! いつオレがそんなたわけた事をしたってんだ! そんなんじゃねぇよ!」
酔った名護瀬は多分記憶を無くしていたんだろう。都合のいい脳ミソだよな…… コーイチは思った。
「じゃ、何だよ」
「あの、へんてこりん野郎の前にやったバンドがあっただろう、女性バンド。あのボーカルの人、お前と同じ課の人だよな?」
「そうだよ、清水さんだ。黒魔術に凝っている、ボクの先輩だ」
「紹介してくれないか!」
出し抜けに名護瀬は言って、コーイチの両肩をバンと叩いた。コーイチは痛さに顔をしかめた。
「お前、今『アイアイ』だの『キョンちゃん』だのと言ってたじゃないか」
「ヴェークァ! そうじゃねぇよ。実はオレ、男五人のバンドでギターとボーカルやってんだ。バンドの名前は『O・E・DO』って言って、最近少しずつ人気が出てきてんだ」
「へぇー、お前がバンドねぇ……」
名護瀬はまたバンバンとコーイチの両肩を叩いた。
「清水さんのバンド、ぶっ飛んじゃったぜ! サイコーだぜ!」
名護瀬は今度はコーイチの両肩をつかみ前後に揺らし始めた。
「近々ライブをやるんだけど、出演してもらえないかと思ってさ。大手音楽事務所の人も来るんだぜ。頼むよ、聞いてみてくれないかな、いいだろう?」
「うん、まあ、いいけど……」
また肩をバンバンされた。
「そうか、じゃ、すぐ聞いてみてくれ。了解だったら事務所の人に電話しておくからさ」
今度は揺すられた。
「お前の気持ちは分かる。だけど、すぐ聞いてみてくれって言われても、これだけの人がいるから、すぐと言ってもなぁ……」
コーイチは会場内を見回した。人が沢山過ぎて、とても目当ての人を捜せそうもない。
「誰を捜しているの、コーイチ君、うふふふふ」
コーイチの背後で声がした。振り返るとステージ衣装のままの清水がいた。
「うわっ!」
コーイチは驚いた声を出した。
「失礼ね。私はお化けじゃなくてよ、うふふふふ」
目が笑っていない笑顔で清水が言った。清水さん、ますます魔女っぽくなってきたような…… コーイチはゴクリと喉を鳴らした。
「私のステージ、最後までちゃんと聴いていたでしょうね。さもないと呪われちゃうわよ」
「ちゃんと聴いてましたよ。大魔王を呼び出す歌でしょう? 『いにしえより存在する偉大なる大魔王』って内容ですよね」
「まあ、驚いたわ! よく知ってるわね。コーイチ君、腕上げたわね」
「ええ、まあ……」
まさか魔女本人から教わったなんて言えないし、言ったら清水さんは変に興奮しそうだし…… コーイチはとりあえずニコニコしていた。
「あの、清水さん!」
名護瀬が割り込んできた。
「オレ、いや、ボク、コーイチの、いや、コーイチ君の友人の名護瀬富也と言いますです。さっきのステージ、感動しました! 近々オレ、いや、ボクのやってるバンドのライブがあるんですが、出演してもらえないでしょうか!」
一気に喋り切った名護瀬は、肩を激しく上下させながらハアハアと激しい息を繰り返した。清水は、珍しい生き物を見るような眼差しを、名護瀬に向けた。
「そうねぇ、布教の一環になるかもしれないわね。メンバーに聞いてみなければ何とも言えないけど、前向きに検討させてもらうわ」
「アリガトございまっす! 是非前向きにお願いしまっす!」
名護瀬は清水に深々と頭を下げた。
「バンドだって? ライブだって?」
黒ビール片手にまた岡島がやってきた。
つづく
名護瀬は、得意げに川村たち「盲目的オカヲタ」に近付いて行く岡島の後ろ姿を見ながら言った。
「ところで、コーイチ」
改まった口調で言うと、名護瀬はコーイチの方を向いた。酔いが覚めたと言うわりには、まだ目が据わっている。
「な、何だ。キスはするなよ!」
コーイチは後退さった。過去何度か危険な目に遭わされている。
「ヴェークァ! いつオレがそんなたわけた事をしたってんだ! そんなんじゃねぇよ!」
酔った名護瀬は多分記憶を無くしていたんだろう。都合のいい脳ミソだよな…… コーイチは思った。
「じゃ、何だよ」
「あの、へんてこりん野郎の前にやったバンドがあっただろう、女性バンド。あのボーカルの人、お前と同じ課の人だよな?」
「そうだよ、清水さんだ。黒魔術に凝っている、ボクの先輩だ」
「紹介してくれないか!」
出し抜けに名護瀬は言って、コーイチの両肩をバンと叩いた。コーイチは痛さに顔をしかめた。
「お前、今『アイアイ』だの『キョンちゃん』だのと言ってたじゃないか」
「ヴェークァ! そうじゃねぇよ。実はオレ、男五人のバンドでギターとボーカルやってんだ。バンドの名前は『O・E・DO』って言って、最近少しずつ人気が出てきてんだ」
「へぇー、お前がバンドねぇ……」
名護瀬はまたバンバンとコーイチの両肩を叩いた。
「清水さんのバンド、ぶっ飛んじゃったぜ! サイコーだぜ!」
名護瀬は今度はコーイチの両肩をつかみ前後に揺らし始めた。
「近々ライブをやるんだけど、出演してもらえないかと思ってさ。大手音楽事務所の人も来るんだぜ。頼むよ、聞いてみてくれないかな、いいだろう?」
「うん、まあ、いいけど……」
また肩をバンバンされた。
「そうか、じゃ、すぐ聞いてみてくれ。了解だったら事務所の人に電話しておくからさ」
今度は揺すられた。
「お前の気持ちは分かる。だけど、すぐ聞いてみてくれって言われても、これだけの人がいるから、すぐと言ってもなぁ……」
コーイチは会場内を見回した。人が沢山過ぎて、とても目当ての人を捜せそうもない。
「誰を捜しているの、コーイチ君、うふふふふ」
コーイチの背後で声がした。振り返るとステージ衣装のままの清水がいた。
「うわっ!」
コーイチは驚いた声を出した。
「失礼ね。私はお化けじゃなくてよ、うふふふふ」
目が笑っていない笑顔で清水が言った。清水さん、ますます魔女っぽくなってきたような…… コーイチはゴクリと喉を鳴らした。
「私のステージ、最後までちゃんと聴いていたでしょうね。さもないと呪われちゃうわよ」
「ちゃんと聴いてましたよ。大魔王を呼び出す歌でしょう? 『いにしえより存在する偉大なる大魔王』って内容ですよね」
「まあ、驚いたわ! よく知ってるわね。コーイチ君、腕上げたわね」
「ええ、まあ……」
まさか魔女本人から教わったなんて言えないし、言ったら清水さんは変に興奮しそうだし…… コーイチはとりあえずニコニコしていた。
「あの、清水さん!」
名護瀬が割り込んできた。
「オレ、いや、ボク、コーイチの、いや、コーイチ君の友人の名護瀬富也と言いますです。さっきのステージ、感動しました! 近々オレ、いや、ボクのやってるバンドのライブがあるんですが、出演してもらえないでしょうか!」
一気に喋り切った名護瀬は、肩を激しく上下させながらハアハアと激しい息を繰り返した。清水は、珍しい生き物を見るような眼差しを、名護瀬に向けた。
「そうねぇ、布教の一環になるかもしれないわね。メンバーに聞いてみなければ何とも言えないけど、前向きに検討させてもらうわ」
「アリガトございまっす! 是非前向きにお願いしまっす!」
名護瀬は清水に深々と頭を下げた。
「バンドだって? ライブだって?」
黒ビール片手にまた岡島がやってきた。
つづく
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