勝手に思うままに 榊原秀光のブログ

日頃 思っていることや感じたことを思うままに書きます。

勝手に思うままに 97

2018-02-08 09:52:05 | 
松下資料館のつづきです

映像ブースの中でも一際大きな映像施設 庭園シアター 松下哲学の神髄
があります
そこは、過去のブログでも紹介しました京都の疎水会館近くにあります
PHP発祥の地、真々庵をイメージして作られています

16年前に我が師 上甲晃氏に連れて行っていただいた 現パナソニック
の迎賓館とでもいいましょうか、中には立派なお庭と、茶室、その下には
人間国宝ばかりの作品が展示されている美術館があります

弊社の名刺には、その16年前から真々庵のお庭の写真を使用しています
(勝手に)それは、名刺を交換した時の話題作りにも一役買っています

庭園シアターで上映される映像は、「素直な心になるために」でした

勝手に思うままに 97 素直に生きる

逆境ーそれはその人に与えられた尊い試練であり、この境涯にきたえられ
てきた人はまことに強靭である。古来、偉大なる人は、逆境にもまれなが
らも、不屈の精神で生き抜いた経験を数多く持っている。
 まことに逆境は尊い。だが、これを尊ぶあまりに、これにとらわれ、
逆境でなければ人間がかんせいしないと思いこむことは、一種の偏見では
なかろうか。

 逆境は尊い。しかしまた順境も尊い。要は逆境であれ、順境であれ、
その与えられた境涯に素直に生きることである。
 謙虚の心を忘れぬことである。

 素直さを失ったとき、逆境は卑屈を生み、順境はうぬぼれを生む。
逆境、順境そのいずれも問わぬ。それはそのときのその人に与えられた
一つの運命である。ただその境涯に素直に生きるがよい。

 素直さは人を強く正しく聡明にする。逆境に素直に生き抜いてきた人
順境に素直に伸びてきた人、その道程は異なっても、同じ強さと正しさ
を持つ。

 おたがいに、とらわれることなく、甘えることなく、素直にその境涯
に生きてゆきたいものである。

                松下幸之助 著 「道をひらく」より

何事にも素直な心で“なぜ”と問いたい、“なぜ”と懸命に考えるとこ
ろから進歩も生まれる。といった映像の内容でした約16分間
この資料館で一番伝えたいことであったような気がする。
                            拝

勝手に思うままに 96

2018-02-07 09:41:57 | 
極寒の中でも、春の準備が着々と行われているのですね

写真は京都の平安神宮、右近の桜には、枯葉一枚枝に残しておりません
しかしよく見ると、それぞれの枝の先に固い蕾を一つづつ持っています
もうすぐは~るですねぇ♪(少し古め) それにしても寒すぎる

松下資料館のつづきです

いろいろなコーナーに分かれている資料館では、松翁の歩んだ道や経営
に関すること、松下政経塾までの考え方をパネルで紹介しています

また、映像ブースでは朗読のほかに、生前に撮られたたくさんの講演の
ようすを映していて、一つひとつ観ていると、6時間くらいかかるとの
こと、閉館まじかだったので真面に見ることができませんでしたが、そ
れでも1時間以上は見入ってしまいました

資料館の遠藤館長に丁寧に説明をしていただきました。

84歳のときの松翁のインタビューを観ました
松下政経塾に懸ける思いを語るビデオです

勝手に思うままに 96 政治への情熱

松翁は84歳で松下政経塾を設立されました。
かねてから、私の師である上甲晃氏より幾度となくお話はお聞きしていま
したが、その思いを生の声で聞くことができ感動を覚えました。

1979年(昭和54)年、「日本はますます低迷の度を深めていく」と、
政治、経済における日本の危機的状況を予見していた松翁は、この局面を
打開するためには「新しい国家経営を推進していく指導者育成が、何とし
ても必要である」との思いから、私財70億円を投じ、財団法人松下政経
塾を設立しました。

上甲晃氏にお聞きした松下政経塾でのエピソードをひとつ

松翁のところへ毎朝 朝刊を塾生が届けていました。
新聞を渡すと同時に、その朝刊の内容を聞かれるそうで、当番の塾生は、
その新聞の一字一句を読み、届けて何を質問されてもすぐに答えられるよ
うにしていたそうです。

                            つづく

勝手に思うままに 95

2018-02-06 17:48:40 | 
極寒 寒い日が続きます
記録的な寒波のようです

先日、京都にある松下資料館に行ってまいりました

経営の神様と言われる、松下幸之助(以下 松翁)の生誕100年
にあたる平成6年に開設された松翁の資料館です

私が商売を始めたころ、行き詰まり、途方に暮れていたその時に
松翁の著書を買っては読み、心の支えとしてきました

勇気と情熱にあふれた創業当初の原点を松下資料館で見つけるこ
とが出来ました

勝手に思うままに 95   道

 自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。じぶんだけし
か歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。広い時もある
せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。坦々とした時も
あれば、かきわけかきわけ汗する時もある。
この道が果たして良いのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。
なぐさめを求めたくなる時もあろう。しかし、所詮はこの道しか
ないのではないか。
 
 あきらめろと言うのではない。いま立っているこの道、いま歩
んでいるこの道、ともかくもこの道を休まず歩むことである。
自分だけしか歩まない大事な道ではないか。自分だけに与えられ
ているかけがえのないこの道ではないか。

 他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、
道はすこしもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばな
らぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。

 それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは
必ず新たな道がひらけてくる。

深い喜びも生まれてくる。

            松下幸之助 著 「道をひらく」より

資料館の映像ブースでは、道をひらくの朗読がビデオで流れます
何度も読み返した本ですが、あの場所でしみじみ聞く「道」は
心に浸みこみます。                つづく

勝手に思うままに 93

2014-03-06 09:33:19 | 
久しぶりの書き込みです。

事務所の裏に大きな桜の木が5本あり、ほかの場所からは見ることができず
もうすぐ咲く 桜の花を独占しています。

その桜の木に数日前からうぐいすが、きれいな鳴き声を聞かせてくれて、春
の訪れを感じさせてくれています。

先日、ある方とお会いした時の会話がとても気に止まり、私の今年の年賀状
の文章を思い起こしながら、2月号のPHPの裏表紙の文面と、年賀状が、その
日の話題と合致したのです。

年賀状には馬年にちなんで「万事塞翁が馬」のことを書いたのです。

勝手に思うままに93 必 然

あの出来事がなかったら、あの人のひと言がなかったら、
まったく違った道を歩んでいただろうと思うことが、誰
にでもある。
 そんな出来事や人との出会いを、たまたまだと考える
か、こうなるようになっていたと考えるか。それによっ
て、心のありようや日々の生き方に大きな違いが生じて
こよう。
 お互いの人生には、忘れたくても忘れられないことも
あれば、無意識に通り過ぎてしまう些細なこともある。
嬉しいことも、二度と味わいたくないつらいこともある。
だが、そうした出来事はみな偶然ではなく必然だと思う
そうすれば、あらゆる事々を受け入れ、その意味を見出
し、自分の進むべき道を切りひらいてよけばよいという
諦観と心の平安がえられるのではないか。

新たに迎えたこの年、どんなことが起こるのか、どんな
出会いが待っているのか。いずれにせよ、自らの受け止
め方が、それら一つひとつの価値を決める。
何が起ころうと、今こうしてあることを喜び感謝しつつ
すべての体験を、わが人生を輝かせる宝としてゆきたい
ものです。  PHP26年2月号より

こんなことを思い考える時を共にしたよき出会いがありました。

また、書き込み続けたいと思っています。
(書きたいこと溜まりにたまってるんですけど・・・)


勝手に思うままに 92

2013-08-28 06:40:13 | 
以前 勉強会によく出かけました。

そこで学んできたことを紹介します。

勝手に思うままに92 機敏(きびん)と愚図(ぐず)

(すぐに行動する人)
1 「こころよく引き受けよう」という気持ちを、「ハイッ」という返事や顔の表情に
  あらわしている。
2 こちらの話をよく聞き、質問は最後にまとめて行う。
3 疑問点を解消し、仕事の概要を頭に入れる。
4 納期を確認する。
5 現在手をつけている仕事に区切りをつけ、依頼された仕事にさっそく取りかかる。

(すぐに行動できない人)
1 こころよい返事ができない。「ムリです」こう返す人もいますが、できないのか
  と聞き返すと、「やってみましょうか」と引き受ける。だったら、初めから気持
  ちよく引き受けてもらいたいと思う。
2 同じことを伝えたけれど、理解がされていない。話をよく聞いていない。
3 会議後にいろいろ疑問点を話し出す。自分一人で考えようとするため時間がかかる。
4 時間にルーズである。提出物の納期を守らない 一事が万事
5 「いそがしかったので」「思ったより手間のかかる仕事でした」等といういいわけ
  により、ギリギリにならないと行動を起こさない。

なにかことが起きたときに、すばやく判断し、すぐに行動することが(機敏さ)です。
この激変する時代には、特に求められるモノであり、経営・仕事の面のみならず、人生
の上においても心掛けたいものです。

(機敏さとは)
1 依頼されたことは、すばやく手がける。
2 理にかなったアドバイスであれば、必ず実行に移す。
3 必要な知識は、それに関する書籍を購入する。また、セミナー等に参加する。
4 有用な知識や情報は、すぐに活用する。
5 見込み違いがあれば、すぐさま中止、撤退を決断する。
6 トラブルが生じたときには、早急に対策を立てて、全力投球で解決する。
7 自分のあやまりに気づいたときには、すぐに訂正し、おわびをする。
8 良書は買い求め、「この人は」と思える人物には面会を求める。
9 ごちそうになったり、頂き物をしたりした場合には、翌朝までにお礼状を書くか、
  電話で感謝の気持ちを伝える。
10 お便りをいただいたら、翌朝までには返事を書く。

・すぐにできることはすぐに手がけ、〈1日のばし〉のクセを排除する。
・多くのすばらしい人との出会いが生まれる。
機敏さは、相手のことを思いやらなければ身に付きません。
こうすれば相手が喜ぶ、相手が安心するだろう。相手が楽になるだろう(はたらくの意味)
はた(周り、みんなが)が楽になる。

逆に、機敏さの反対は(愚図)です。 ハキハキせず、行動が遅れる。
これは能力の問題ではなく、相手のことより、自分のことを優先させる性格です。
辞書には、愚図【ぐず】ブツブツ不平を言うこと。
確かに、不平不満やグチ、言いわけのの多い人は、えてして機敏ではない。
自分のことばかり考えている → が(我)らく(楽) → 己の楽になることばかり考
えている → 不平不満やグチ、言いわけのの多い人は、からくた(多)といわれ、
お客様からも、仲間かも、会社からも、捨てられてしまう。

勝手に思うままに 91

2013-08-27 06:04:58 | 
今年も酷暑の日々が続きます。
自然の中では、秋を感じさせることも多く起こっています。

夕暮れ時、信号待ちをしている車の横を赤とんぼが飛んでいました。

雨が少なく、先日 知多カントリークラブの社長とゴルフをしながら
芝生の生命力の強さを教えていただきました。

コースの芝をよく見ると、葉が丸くなっています。
芝が、我慢をしているそうで、むやみに水を与えると、絶えず水を
要求するようになり、芝にはよくないそうです。

人間に照らし合わせても、尽きない欲望は身の破滅につながります。

松翁の指導書の中から

勝手に思うままに91 辛抱する

諸葛孔明が蜀の軍勢を率いて魏を攻めた時、これを迎えた魏の大将は
司馬仲達であった。仲達も名将どいわれた人だが、孔明の絶妙な軍略
には太刀打ちしがたく、戦っては何度か苦杯を喫してしまった。
 そこで仲達は方針を変え、陣をかためて戦闘を避け、持久戦にする
ことにした。
孔明はさかんに兵を出して戦いを挑ませるが、魏の軍は一向に応じな
い。ついに一計を案じ、女性の衣装を贈り、「戦う気がなければこれ
を着よ。もし男として恥を知るなら堂々と合戦してはどうか」と書を
届け、辱しめた。
 これを見た魏の武将たちは、仲達をせめ、「こんなに辱しめられて
は黙っていられません。ぜひ打って出ましょう」とせまった。
仲達自身も心中では非常に怒りを覚えていたが、しかしここが大事な
ところと、じっと辛抱し、たくみな策を用いて武将たちをも納得させ
て、ついに孔明の挑発に乗らなかった。
 そうした持久戦のうちに、やがて孔明は病を得て陣中に没し、蜀は
群を退いた。
そして孔明を失った蜀はその後ついに魏の軍門に降ったという。

 人間というものは、とかく勇ましさを好むものである。
だから、退くよりも進みたがり、戦いを避けるよりも、はなばなしく
戦うことを勇気ある行為と考えがちである。
そして退いたり、戦いを避けたりすると、それを臆病だとか卑怯だと
かそしったり非難したりする。
 もちろん、進むべき時に進み、戦うべき時に戦う勇気を持たなくて
はならないのは当然である。
それができなくては、臆病者、卑怯者といわれてもしかたがない。
しかし、耐えがたきを忍びつつ、退くべき時に退き、避けるべき戦い
を避けて、忍耐強く時を待つというひとは、実際は非常に勇気がいる
ことである。そういう態度は、その時はおおむね賞賛よりも、避難、
軽蔑を招くからである。

 さういうことを考えると、指導者というものは非常な忍耐心を一面
に要求されているといえよう。私の感情にとらわれず、いかなる非常
や屈辱にも耐え、自分の正しいと信ずる方針をつらぬいて、じっと時
をまつということができなくては、真にすぐれた指導者とはいえない。

「堪忍は無事長久の基。怒りを敵と思え」というのは徳川家康の遺訓
の一節だそうだが、指導者として大いに味わいたいことばだと思う。

指導者はじっと時を待つ忍耐心を持たなくてはならない  以上

とても深い話であります。
今思うと、自分もそのようなことがあったし、辛抱しきれなかったこ
とも何度もありました。 深い学びをいただきました。 拝


勝手に思うままに 89

2013-08-21 08:18:04 | 
久しぶりの書き込みです。
酷暑の中、体調管理が大変かと思います。
ご自愛ください。

勝手に思うままに89   十銭菓子と電気ソケット

江崎グリコの創業者・江崎利一さんは、松下さんよりちょうど一まわり上の同じ午年(うまどし)である。
昭和十年頃、大阪に出てきてグリコを売り出すとともに、広告を朝日新聞と毎日新聞に出した。
そうしたら朝日の広告部が、熱海にスポンサーを招待したことがある。そのときに、たまたま同席したのが松下さんであった。
お互いに業種は違っても、事業に対する信念、精神には相通ずるものが多く、どちらも裸一貫から事業を興した境遇が似ているせいか、非常に尊敬の念を覚え、かつ意気投合したものである。
そして時折会って話を交わそうではないかということになった。二人とも一文無しから商売をはじめたのだから「文なし会」といつとはなしに名付けられた。
江崎さんは戦後間もなく長男をなくした。あとを継がせるべく専務として育成中のことで、
江崎さんは失望落胆した。

すでに七十歳近くになり、孫はまだ幼い。親類の人たちは
「もうこれ以上、事業は広めるべきではない。大阪だけでこぢんまり縮小した方がいい」
と忠告し、そうするようにすすめた。どうしたものだろう、江崎さんは決断がしにくいので
松下さんに相談した。
このくだりは江崎さんの『商道ひとすじの記』に感動的に書かれている。
すると松下さんは『江崎さん、今さら何をいうのか。ここまで営々と築きあげたグリコはもうあんた一人のものではない。日本のグリコだ。やりなさい。親類がどういおうとやりなさい。
あんたがこれだけ広げたことはたいしたことだ。もう息子さんのことでくよくよしなさんな。
よし私があんたのところの重役になろう。なんでも相談に乗ろう。
あんたが死んで、あとうまくいかんようやったら、私がうちの若い者を引っぱってきて応援する。
お孫さんのことは引き受けたから、あんたはいままで通り積極的にやってほしい。いやいっしょにやろうじゃないですか』
そういって力強く励まし、私の肩をゆさぶってくれた。
さすがの私も、このときばかりはなすすべもなく、ただ男泣きに泣いた。

松下さんの友情はほんとうにうれしかった。持つべきものはほんとうの友人だということを、しみじみ感じた。
感動にうちふるえながら私は松下さんのいうように長男の死を乗り越え、事業の鬼になることを心に誓ったのである」松下さんは、江崎さんの孫の勝久さん(現・江崎グリコ社長)が大学を卒業したとき、「はじめから江崎グリコに入れると甘やかされるから一人前になるまでうちで鍛えてやる」と、三年間預かって鍛えた。
また江崎グリコが株を公開すると、さっそく株をもって、死ぬまで重役として応援しつづけた。
江崎さんと松下さんの交友は深く、友情というより、切っても切れぬ人間的なつながりになっていた。

松下さんを盟友にもったことは、私の誇りであり、心の財産だと、話されたこともある。
たかが子供の十銭菓子からグリコ王国を、電気ソケットから世界一の家電王国を築いて悔いなき生涯を終えたふたりは今、あの世で熱海の湯につかりながら、あれこれ話がはずんでいることだろう。
おふたりに受けた有形無形の深い感銘が温かく甦ってくる。

勝手に思うままに 88

2012-09-25 06:11:48 | 
8月24日の夜から、宮城県石巻市へ復興支援に出かけました。
その途中、東日本大震災で全校児童108人のうち7割が死亡・行方不明
となった宮城県石巻市立大川小学校(写真)へお参りにいきました。

私も子を持つ親。 居た堪れない気持ちです。

今回は、被災後 初の出荷となる養殖のホタテをまず支援していただいた
全国の皆さんに一番最初に食べていただきたいとのこと。
その出荷のお手伝いに行ってきました。

勝手に思うままに88 エネルギー

この地区のホタテの養殖は、北海道から少し育てた貝を、湾内につるして
育てます。
そのまま北海道で育てると、4~5年かかるものが、雄勝町で養殖すると
1年もかからずに成長する。
地元の漁師さんは、エサもなにも手を加えてないんだから養殖じゃなく
天然ものだ、と 力説していました。

発泡スチロールの箱にいっぱいホタテを詰め、全国の支援された方々に、
「お蔭で俺たちはこんなに元気になったぞー」と、言葉ではなく形に変え
て、漁師の方々が恩に報いたという熱き心意気があの箱の中に詰められて
いる。
本当にうれしいことであり、今は感無量であります。

被災直後を見た私は、考えるより先に心が前に進むのです。
そして、すべてを失っても立ち上がる人たちのエネルギーに触れ、勇気を
もらう。

また、一緒に参加した東日本救援隊の皆様の熱心な活動に感化され、もく
もくと作業する姿に敬意を表します。

エネルギーの立ち上げ方を忘れてしまっていた私にとって、今一度、熱き
心を、頭で考えるのではなく、心で感じて動く、そんな教訓となる貴重な
時間をいただきました。    拝

勝手に思うままに 87

2012-09-24 05:40:36 | 
久しぶりにPHP誌を購入しました。
PHPとは、“PEACE and HAPPINESS through PROSPERITY”の頭文字で
“物心両面の調和ある豊かさによって平和と幸福をもたらそう”とい
う意味だそうです。
松翁の想い、身も心も豊かになって、平和で幸福な生活を送る方策を
人間の本質に照らしつつ、それぞれの知恵と体験を通して提案し考え
あう一つの場としてこの本を作った。

2012年10月号の裏表紙にとても良い言葉が載っていたのでご紹
介します。

勝手に思うままに87 こころにひびくことば

藤岡大拙氏(NPO出雲学研究所理事長)

空手(くうしゅ)にして
   鋤頭(じょとう)を把る(と)

禅の公案だから、その解釈は人により多様である。
私は自分なりの解釈をして、処世訓としている。
鋤頭とは鍬の(くわ)の柄のこと。
空手は柄を掌中で自在に握ること。
振り上げたとき、打ち込むとき、握りの強弱を自在に変化させる。
農民の握り方はまさしくそれ。だから一日中耕せる。
強く握りっぱなしでは、掌はたちまちマメ(肉刺)だらけになって耕せ
ない。
人生も物事に執着するとマメだらけ。
ある時は強く、ある時は緩く、総じて空手が一番いい。
そのときはじめて持続的力が生み出せるだろう。      以上

深いお言葉ですね。
自分に置き換えて考えると、思い当るところもあり、襟を正すものと
なりました。 拝

勝手に思うままに 86

2012-09-20 08:52:36 | 
日本には四季があり、丁度 夏と秋との節目にあたり、清々しい空気に寝心地が良く
朝 いつまでも寝られそう、2度寝って すごく気持ちいいですよね。

先日、昼食をこの地区最大手の麺類のお店に行きました。
ランチタイムでお値打ちに、いろいろなセットを提供しています。

私は、ランチのセットを注文しました。
数分待つだけで、ランチセットがきました。

ところが、それを運んできた店員さんが、お盆の上に天つゆをこぼしてしまいました
何か、横着な態度のようにも見えましたが、後から考えると緊張していたのかも

すぐに布巾を取りに行き、お盆の上のつゆをふき取りだしました。
そこまでは、迅速な対応に、つゆをこぼした以上に好感の持てるものでした。

その後です。

薬味の小皿を持ち上げ、その下を拭こうとしたとき、私のズボンに4~5滴つゆがたれ
たのです。 それを、先ほどつゆを拭いてしっかり天つゆがしみ込んでいる布巾で、ズ
ボンを拭きだしたので、大慌て。

なんだかとても不愉快な気分で、食事を続けていました。

勝手に思うままに86 プロの条件

絶対にクリーニング代請求してやるとか いろいろ考えながら食事をしていると。

そこへ、店長が名刺を持って、謝りにきたのです。
怒りが収まっていない私に、「店員から報告を受けました、今後厳しく指導いたします
お許しください。クリーニング代を弁償させてください」と、丁寧にいってきました。

その一言が、私の怒りを抑え、迅速に対応してきた店長に好感が持てました。
クリーニング代はいらないから、店員さんを教育してくださいと伝え、私の怒りは収まり
ました。

帰り際に、今日の食事代は結構です。 と言われ それとこれとは別といいつつ、食事
代を受け取ってもらえません。 それどころか、商品のお土産までいただき、とても感動
してその場を去りました。

その感動・感激を、その会社の社長へお便りを出しました。

内容は、こちらが嫌なことをされたにもかかわらず、とても感動をいただきありがとうご
ざいました。 その場の想いを そのまま文章にして

数日、その社長からお便りをいただきました。
そこの店長にも、私のお便りを報告したとのことで、これまた感動する内容のものでした

お客様に感動を与える。
よく口に、耳にする言葉でありますが、中々できるものではありません。

プロとして目指すべき上位の行いであり、必要な条件です。 

某麺処の店長に学ぶ   拝