いまだ癒えぬ戦争の影と米軍の闇を暴くサスペンス小説。2019年7月、小説家の桑島洋介はベトナム戦争を題材に新作を書こうと思い立ち、取材のため彼の国を訪れた。ベトナム人女性で、旧知の新聞記者ホアン・タオにホーチミン市内を案内してもらった折に、戦時中に米兵が所有していたらしいひとつのジッポーを、桑島は手に入れた。約50年前、激戦地で任務に就いていた兵士の名は「JIMMY HOWARD」と刻まれている。俄然、興味が湧いた桑島が調査に乗り出すと、次々に意外な事実が明らかになり、やがてアメリカで殺人事件が発生する。1968年、ベトナム戦争、クアンチでの或る出来事から、ジッポーに刻まれた所有者と思われる名前をアメリカに問い合わせた事から始まり、現在のアメリカ、現在のベトナム、戦争当時のベトナムのシーンなどスケールの大きい作品でした。細かなツッコミどころはあるが概ね楽しめた作品でした。
2021年11月U―NEXT刊
サスペンス小説。『デッドエンド』「クラッシュマン」、「リベンジ」から続くシリーズ第4弾。警察庁公安部(通称サクラ)に所属する田臥健吾警視が、上司の内密な話しとしてバーに呼び出される。そこである ”仕事” の依頼をされる。北海道で身柄を保全しているロシア人亡命者のガレリンと娘のナオミ父娘を青森の竜飛岬から東京まで陸路での移動で送り届けると言う護衛の任務。護衛する元スパイロシア人が所持する機密情報「戦闘機F35の重大な秘密」。日米ロの諜報員がそれの奪い合う展開。今日の日本を取り巻く国際情勢の反映したリアルな衝撃的な秘密が生々しい。対峙する緊迫のスリルと活劇サスペンスに満足の物語でした。女スパイ「グミジャ」が生き延びたのでまだこのシリーズ続きそう。
2020年12月双葉社刊
資源探査会社に勤める郷田裕斗は、海底油田の探査のために北極の基地にアメリカ人の準石油メジャーのオブザーバー・ジェイソン、海洋学者アーロン、そしてカナダ系イヌイットチャーリーとサミー等7人たちといた。ある日、北極海の水中でロシアによる核実験が行われた。だが、郷田たちは通信機器の故障により外部との連絡は取れずまだそのことを知らず、いつの間にか孤立していたのだった。氷の割れ目のリードは増え続け、燃料と食料も刻一刻と減る中、ついに精神を追い詰められる者まで現れて・・・。大国の思惑と駆け引きに巻き込まれた郷田たちは、氷の世界で生き残ることができるのかという展開。核実験による氷の崩壊、氷点下40度、放射能、低気圧の到来からの逃避という設定はハラハラさせる。米露国家間の駆け引きに翻弄されながらも懸命に避難する彼らを救ったのは国家の思惑とは無縁、人としての良心や矜持を持った人たちで、希望を捨てず戦い続けた彼等に感動。
2021年8月徳間書店刊
“安楽死”をテーマに描く、医療ミステリー。ホスピスで起きた3件の不審死。沈黙を貫く医師神崎が抱える真相とは?救うべきは、患者か、命か。「先生は、患者を救ったんです」末期がん患者の水木雅隆に安楽死を行ったとして、裁判を受ける天心病院の医師・神崎秀輝。「神崎先生は私から・・・愛する夫を奪っていったんです!」証人席から雅隆の妻・多香子が悲痛な声をあげるも一向に口を開こうとはしない。そんな神崎には他にも2件、安楽死の疑惑がかかっていた。患者思いで評判だった医師がなぜ。患者からの苦痛から逃れたいという、悲鳴をあげる“命”を前に、悩みもだえる医師がたどり着いた「答え」とは・・・。安楽死を望む患者と、それに対する医師の姿勢が描かれた、連作短編集。終末期鎮静と安楽死の違いは、患者に死を積極的に迎えさせるかどうか。医療を施す方達の気持ち。終末期鎮静は合法的とは言ってもその注射で結果的に死を迎える事になるわけだ。末期癌の元ボクサー、ALSの元女優など、耐えられない痛みと絶望そして家族への負担を考えて、命を絶ちたいと願う患者の望みをかなえた医師は、すべての罪をかぶる覚悟で裁かれる。患者、家族そして看護師や医師などの医療関係者から見える安楽死の意味、死刑執行のボタンを押す刑務官と同じような罪悪感、終末医療処置者の心の負担など、多くの問題提起の作品だった。
2021年5月講談社刊
20年前警視庁公安部の捜査官高坂邦夫から声をかけられ公安捜査官になった唐沢龍二には、公安部に入るわけがあった。学生のころ恋人の吉村久美子に誘われて「グループ・アノニマス」という名の奇妙な会に入る。一見映画論を語っているようでいて、唐沢の理系の知識を利用して爆弾テロを目論む活動組織のようだった。怪しげなアノニマスから距離を取る唐沢はやがて久美子と破局し疎遠となるも、1年後の1998年。東京都西神田のビルで自爆テロが発生し、死亡者でもある実行犯は久美子だという。アノニマスのリーダー・ハンクスこそが真の実行犯で、久美子は利用されただけだと唐沢は気付くが、地下に潜ったハンクスは行方不明になる。やがて、地下に潜った組織壊滅のための顔を見ている切り札として、警視庁公安部の捜査官となった唐沢だったが、アノニマスのスパイではないかという風評や、危うい捜査はいくつもの敵をつくってしまい・・・。会話中心の展開はゆっくりで情報提供協力者エスを通じて公安部の捜査状況を流しているのではという同僚などもいて中々ハンクスにはたどり着かない。後半外国人のISや投資ファンド・仕手集団が明らかになり追詰めていくが結末はあっけない。
2020年3月徳間書店刊
2020年第30回鮎川哲也賞受賞作「誤認五色」を改題。介護施設・あずき荘で働く、メイこと明治瑞希はある日、利用者の撲殺死体を発見する。犯人を目撃したのは、同じく利用者である五人の老人。しかし、証言された犯人の服色は「赤」「青」「白」「黒」「緑」と、なんとバラバラの五通りだった。なぜ証言が食い違うのか。ありえない証言に加え、見つからない凶器の謎もあり、捜査は難航する。そんな中、メイの同僚・ハルが片思いしている相手に犯人の容疑をかけられる。メイはハルに泣きつかれ、ミステリー好きの素人探偵として事件解決に乗り出すことになるが・・・。中盤まで登場人物が多く人間関係が解り難いし各人の説明で展開が遅く読み難い。本名と呼び名など伏線の一つらしいが・・・。
ささいな解釈や認知の行き違いから、現実に起きた事がらとの齟齬が生じて混乱が生じる展開で不可解な謎が後半一気に明かされる。介護職だった著者だから書けた職場の様子がリアル。謎解きと恋を絡めたため印象が薄くなったのは残念。
2020年10月東京創元社刊
著者の高祖父にあたる宇和島藩藩士柴田快太郎の見た江戸城桜田門外の変から蛤御門の変までの幕末記。「宇和島藩伊達家の墓所の中にある」柴田家の墓。重臣といえるほどの名家ではない柴田家が、なぜそのような所に祀られているのか。その謎を解く鍵となる人物が、著者の四世代前の祖先、高祖父に当たる〝柴田快太郎〟である。八代藩主伊達宗城の密命を受け脱藩したという高祖父の伝説を、幕末の動乱期をフィクション多く散りばめながら歴史上の事件や登場人物は史実に基づくという手法で著者独自の視点で描いた創作歴史ドラマ。柴田家の過去帳や日誌、書簡などを元に書かれている。何度も出てくるフリーメーソンが幕末の動乱に一枚噛んでいると言う主張の説明が中途半端で終り残念。
2021年5月角川春樹事務所刊
型破りコンビが巨悪と戦う警察シリーズ第8作。
警視庁の鷺沼と神奈川県警の宮野は、神奈川県警管内で発見された腐乱死体が碌な捜査もせず自殺と断定されることに疑問を持ち捜査を開始する。やがて東京でも行方不明の死体が発見され、その裏には「巨悪」、「権力」の煙が立ち込め警察上層部が阻む、やがていつものタスクフォースの面々が招集されます。会話主体で展開が遅くイライラさせられます。シリーズ物の為主役の2人以外はメンバーの立ち位置や細かな性格などははぶかれ途中から読むには読み難いかも。非合法捜査は愉快なのだが敵が巨大すぎて終わり方も中途半端の印象だった。
2020年10月双葉社刊
山岳ミステリー小説。長野県警山岳遭難救助隊に所属する桑崎祐二と浜崎は、鹿島槍北壁からの下山途中、谷あいに倒れている人物を発見する。すでに死亡していたその女性は、他殺死体だと認められた。しかし彼等をヘリコプターに収容する直前、雪崩が発生し、死体は飲み込まれてしまう。桑崎は、死体を発見する前日、同じ場所で不審な三人組を目撃していた。さらに三月の気温の上がる時期にもかかわらず、死体は完全凍結していた。三人組と女性との関係は、なぜ死体は凍ったまま発見されたのか。桑崎と浜村は、捜査一課刑事・富坂と共に事件の真相に捜査を開始します。カクネ里・大遠見山、鹿島槍ヶ岳、五竜岳、唐松岳の稜線、中央アルプス・千畳敷カール、宝剣岳、など山の名前が出て来て山屋の私的には嬉しい。描かれる景観、吹雪の北アルプスでの壮絶な「命」を賭けた救援山行には読みこたえがあるものの、ただ描写の中に着信がある度に「その時桑崎のポケットに振動が走った」ってこの場面が多すぎ又かと飽きる。ミステリーとしての展開も遅い。里香子が桑崎と対面する最後さえ読めば解決するのも謎解き小説としては残念な結末でした。
2020年1月小学館刊
サンズイ(汚職)事案担当の警視庁捜査二課刑事・園崎省吾は、ある大物政治家のあっせん収賄容疑を追及していた。鍵を握る秘書の大久保は、過去に準強制わいせつやストーカー規制法違反を疑われた札付きだった。司法取引を持ちかけられ、大久保と待ち合わせた園崎は、すっぽかされた上、同時刻に妻と息子が何者かに轢き逃げされた。園崎は大久保の関与を疑うが、逆に自らが重要参考人として呼び出される・・・。刑事を罠に嵌め殺人未遂の犯人に仕立てようとあり得そうもない展開。さらに園崎の父も政治家秘書だったが罠に嵌められ自殺している。政治家の犯罪はほとんどが秘書の責任に転嫁され幕引きが図られるのはよくある話。園崎は政治家と悪徳刑事との癒着で捜査妨害の目的で逆に犯罪者として追及される。GPSやツィッターやブログを駆使した展開は面白かったし、いい仲間に恵まれ最後は一矢報いるが家族に危害を加えられ、冤罪の上に首になり、元には戻れない。職を失い、退職金もない。後味はあまりよくない。
2019年10月光文社刊
「ソロ」「K2」に続くシリーズ第3作。余命僅かな登山の師磯村への想いを胸に、単独登攀でヒマラヤ最難関・標高8000m超の氷壁に挑む山岳小説。ローツェ南壁とK2の冬季単独初登頂を果たした奈良原和志は、いよいよヒマラヤ最大の難関・マカルー西壁の冬季ソロ登攀に狙いを定める。だが情報収集のため現地に赴いた和志は、眼前の山容に慄いた。デスゾーンと呼ばれる8000m超の高所で巨人の額のようにせり出す壁は、頻繁な落石で登攀者を阻んでいた。確実な死の予感に襲われた和志。だが彼には挑まなければならない理由があった。登山の師・磯村が膵臓癌で余命宣告を受け、残された時間は僅かだったのだ。何とか成功を届けたい。和志は岩登りの聖地ドロミテで特訓を重ねた。しかし和志を敵視するフランス人登山家マルクが卑劣な妨害工作を仕掛けてきた・・・。登山やクライミングに興味がないと読み難い。サポートの広川友梨との恋愛などももっと深めれば面白かったのに。クライミングシーンは面白いのだがサポート関係も人間関係もパターン化していて前作と同じような敵の妨害工策があるが盛り上がりに欠け単調でした。
2020年7月祥伝社刊
最新の金融業界を舞台に繰り広げられる警察小説。犯罪収益の資金洗浄を取り締まるなど組織犯罪対策部マネロン室には様々な部署のプロフェッショナルが集う。新たな捜査の対象となったのは、仮想通貨ビットコインの取引所・ビットスポット。マネーロンダリング担当の樫村恭祐は、ビットスポットCEOの村松裕子に事情聴取を求めたやさき、その捜査対象だった村松に、脅迫状が届く。自作自演か、それとも・・・。警察を嘲笑うかのようにネット上を自在に飛び回る犯人に、刑事たちは頭脳戦を仕掛けるが、ITの隠れ蓑から姿を現さなかった犯罪者が、遂に現実世界での犯行に出る。ブラックマネーなどが出て来て展開が遅く何やら放火・拉致や自殺の事件が起きたと思ったら最後にはFBIやCIAが出て来て国際的な話に、ついには何ともとらえどころのない話になり下がり強制終了。
2018年7月幻冬舎刊
刑事・片倉康孝シリーズ(「黄昏の光と影」、「砂丘の蛙」、「赤猫」)第4弾。強盗容疑で勾留されていた凶悪犯竹迫和也が弁護士と接見中に脱走。彼は、定年間近の“乗り鉄”刑事・片倉康孝が、六年前に逮捕した男だった。しかし、よその地区の事件で丁度休暇の申請を出した後で折角の休みを使い、秘境のローカル線・飯田線で天龍峡への旅に出る。道中で豊川稲荷の近くの竹迫の生家を訪ね、近隣住民から、彼の幼い頃、祖母が強盗に殺されていたことを聞く。一方、「息を吐くように嘘を言い、何の逡巡も無く犯罪行為を繰り返す」竹迫も犯罪を重ねて逃げながら天龍峡へ。そこは彼にとって拭えぬ過去の思いの地で復讐の想いを募らせる。後半片倉の元女房智子も絡んで大団円へ。捕物と元鞘に収まるのかという元夫婦の心情やローカル線旅紀行がミックスされた物語です。野守虫とは家守・井守と同じ地方の呼び名の一種だとか。
2020年1月光文社刊
黄色い日、白い日、赤い日―。映画、ロック、火花、そして街。10歳から19歳まで主人公山田解の幻覚のようなリアルな出来事だった。それは、誰かにいつか存在したであろう、ある瞬間、瞬間が書かれた20の短編集。小学校から中学、高校へと至る思春期女子の姿を、ときに時間軸を前後しながら描き出した作品であるのだが、場面は学校の教室や登下校が中心で、いかにも何もなさそうな世界ばかり。実際たいしたことは起きないのだが、読んでいると何か落ち着かない。何かとっつきにくい1冊であったが第一印象。ふわっとした日常を淡々と書かれているのだが、それが繋がっているようでいてつながっていないようで、詩的な幻想的な雰囲気の一遍一遍。暴力シーンなのにやたら緊張感が感じられず、関西弁ののんびり感漂う、異次元の世界の過去話なのだ。残念ながら私的には著者独特の『不安定感』を楽しみながらは読めなかった。
2011年2月毎日新聞社刊
医療サスペンス。若き医師・一ノ瀬希世は、母の故郷である伊豆諸島の小さな島の診療所に2年間の限定で赴任してきた。周囲14キロ人口四百人弱のこの島には、ピンピンコロリの健康増進運動が浸透していた。住民たちは皆いきいきと暮らしており、長患いする者もいないという。だが、その運動に関心を抱いていた旧友の新聞記者が来島しての取材を希望していたのに突然失踪。やがて希世は不審な死や陰鬱な事件に次第に包囲されてゆく。・・・
この島で、一体何が起きているのかの謎がミステリー。よそ者を極端に避ける孤島を舞台に,島を仕切る名家や家同士のしがらみをはじめ,古くからの信仰や迷信など少しずつ見えてくる真相には興奮しました。製薬会社が一枚噛んでいることで結末の予想は付きました味方がいない中、若きか弱い女性医師が主人公なので無理だと思ったが少しずつ味方を増やしていく展開も面白かった。結末のドン伝返しがなく残念。
2015年3月新潮文庫刊