独立して2年目のグラフィックデザイナー恵介36歳。ならない電話、鳴り響くクレームの電話より怖い物があることを知った。このひと月鳴らない電話を眺め溜息をついていたら、突然鳴ったのだ。気張って出ると、母からの父が倒れたという知らせだった。妻の美月と園児の銀河を連れて急ぎ東京から静岡へ。命は取留めたが脳梗塞の後遺症で半身麻痺と言語障害がありリハビリが必要との事、がしかし他にも重大事が。恵介の実家は農家だった。継ぐのが嫌で反対を押し切って東京に出たため農業の事は全くの素人。どうしたものかとハウスを覗いたらいつの間にかトマト栽培がイチゴに替わっていた。兎に角、今実っているイチゴは枯らすわけにはいかないと恵介の農業生活が始まった。「農業なんてかっこ悪い。」と思っていたはずだった。猛反対の妻。夢を持って始めた志半ばのデザイナーの仕事はどうする。夢を諦めるか。実家を捨てるか。高齢化の農業、儲からない農業といった日本の農家の将来を明るくする一つの方策をユーモアを交えた暖かい眼で綴った明日への元気がわいてくる人生応援小説。得意なデザインやIT技術、人脈を駆使して頑張る恵介を応援したくなる感動物語でした。
2016年10月毎日新聞社出版刊
主人公は36歳のグラフィックデザイナー・望月恵介。
11年間勤めた広告代理店を辞め、フリーで仕事を始めて2年になる。
手専門のパーツタレントだった妻の美月と、5歳児の銀河の三人で東京で暮らしている。
仕事の依頼があまりこない妻に悩んでいると、静岡の生家から「父倒れる」の報が入る。
急いで駆けつけると、父親は一命は取りとめたものの後遺症が重く、農作業は不可能だという。
このままでは、父親が始めたイチゴ栽培がピンチだ。母親が一人でできる事ではない。
数少ない男手であり、時間が自由になるという事で、三人の姉に押し切られ、惠介が引き受ける事になる。
子供の時から「農業は嫌だ」と思っていた恵介だった。そういう彼は、あまりのハードワークに音を上げる。
さらに、害虫、病気、農薬、台風などの難題も降りかかってくる。
しかし、必要に迫られ、にわか勉強でイチゴに取り組みだすと、いつの間にか楽しくなってきた。
このあたりになると、家族小説というより、近年、流行りのお仕事小説のようだ。
何よりも、読みながら、無性にイチゴを食べたくなるから不思議ですね。
美月は、生家に単身赴任状態になった恵介が、静岡に移住して農業に専念すると言い出すのではないかと不安になる。
妻を説得できないまま、恵介はデザインの仕事と農業が両立する道を求めて、望月イチゴ狩り農園を開園するのだった。
現代日本の農業を語る時、キーワードの一つとして"兼業農家"という言葉がよく出てくる。
農業収入だけでは生活していけないので、別に仕事を持つというように、ネガティブな文脈で使われる事が多い。
それに対して、恵介のそれは未来志向のポジティブなものなんですね。
別の土地で異なった仕事に従事する。
そういう夢も、ネット社会では実現可能な事のようにも思われますね。
この本の帯には、「デビューより20年、新直木賞作家がたどりついた〈日本の家族〉の明るい未来図」と書かれているが、これは「〈日本の農業〉の明るい未来図」としてもいいのかもしれません。