これは一体どうしたことか? 一体何が起こっているンだ? 世の終わりが近いのか?
…とでも思わずにはいられない事態だ。
それは5/31の朝日新聞朝刊を見た時のこと。何と一面丸々使った、斜め上から見下ろした東大寺の大仏の写真と、週刊『仏教新発見』本日創刊の広告が。発行元は朝日新聞社。と言っても、朝日新聞社がこうした週刊MOOKを出すこと自体は、別にどうということはない。以前、やはり朝日新聞社が出していた週刊MOOK『日本の美をめぐる』は結構お気に入りで、何冊か買っていた(治療室のマガジンラックに、今も入っている)。今度の『仏教新発見』も、なかなか丁寧な作りを予感させて、見たらまたつい買ってしまいそうだ…って、そんな話じゃなくて──
この『仏教新発見』は「仏教」と銘打っているが、ラインナップを見ると、
①法隆寺
②興福寺
③薬師寺
④東大寺
…と、要するに、お寺巡りになっているワケ。そして実は、小学館は2月頃から『古寺を巡る』を、講談社も最近『日本の仏像』を、それぞれ週刊MOOKとして出している。『古寺を巡る』はお寺そのもの、『日本の仏像』は原寸大を売りにした仏像、そして『仏教新発見』は寺ごとの宗派を、それぞれ中心テーマとしているが、ラインナップは全て「○○寺」と、寺単位になっていて、中身がモロにバッティングするのだ。
小学館、講談社、そして朝日新聞社という3社が揃いも揃って寺と仏像とは…今、そこに注目すべき何があるというのだろう。もちろん、単なる偶然かもしれない。3社がたまたま同じような企画を持っていた、ということだけなのかも。しかし、これをユングの言うシンクロニシティ(共時性)と考えたら、この偶然は何を意味しているのだろう?
今までの我々の指向が世界へ、より遠くへ、というものだったとしたら、それが国内へ、より近くへ、という、正反対のベクトルに変わりつつあるのかもしれない。キリスト教、イスラム教といった超越的秩序を持った巨大宗教(ヤスパース的な言い方をすれば)同士の衝突で世界中に惨禍が広がる中で、自分たちの精神的な中心を問い直そうという指向もあるのかもしれない。
「寺」という漢字に「てら」という訓読みを与えたのは、聖徳太子だとされている。彼の下には大陸から来た多くの知識人が集っていた。その中にはシルクロードを通って、遙か西方からやって来た人もいたという。太子はその一人から、この世界=地球をテラと呼ぶ、という話を聞いて、寺を地球そのものに例え、それを「てら」と呼ぶことにした、と。
とすると、私たちはあるいは、先人たちの築いた寺(テラ)に再び目を向けることで、もう一つのテラ=地球のこれらを模索する、壮大な試みが始まりつつあるのかもしれない。それがどこに向かうものなのかは、まだわからないけれど…。

それは5/31の朝日新聞朝刊を見た時のこと。何と一面丸々使った、斜め上から見下ろした東大寺の大仏の写真と、週刊『仏教新発見』本日創刊の広告が。発行元は朝日新聞社。と言っても、朝日新聞社がこうした週刊MOOKを出すこと自体は、別にどうということはない。以前、やはり朝日新聞社が出していた週刊MOOK『日本の美をめぐる』は結構お気に入りで、何冊か買っていた(治療室のマガジンラックに、今も入っている)。今度の『仏教新発見』も、なかなか丁寧な作りを予感させて、見たらまたつい買ってしまいそうだ…って、そんな話じゃなくて──

この『仏教新発見』は「仏教」と銘打っているが、ラインナップを見ると、
①法隆寺
②興福寺
③薬師寺
④東大寺
…と、要するに、お寺巡りになっているワケ。そして実は、小学館は2月頃から『古寺を巡る』を、講談社も最近『日本の仏像』を、それぞれ週刊MOOKとして出している。『古寺を巡る』はお寺そのもの、『日本の仏像』は原寸大を売りにした仏像、そして『仏教新発見』は寺ごとの宗派を、それぞれ中心テーマとしているが、ラインナップは全て「○○寺」と、寺単位になっていて、中身がモロにバッティングするのだ。

小学館、講談社、そして朝日新聞社という3社が揃いも揃って寺と仏像とは…今、そこに注目すべき何があるというのだろう。もちろん、単なる偶然かもしれない。3社がたまたま同じような企画を持っていた、ということだけなのかも。しかし、これをユングの言うシンクロニシティ(共時性)と考えたら、この偶然は何を意味しているのだろう?
今までの我々の指向が世界へ、より遠くへ、というものだったとしたら、それが国内へ、より近くへ、という、正反対のベクトルに変わりつつあるのかもしれない。キリスト教、イスラム教といった超越的秩序を持った巨大宗教(ヤスパース的な言い方をすれば)同士の衝突で世界中に惨禍が広がる中で、自分たちの精神的な中心を問い直そうという指向もあるのかもしれない。
「寺」という漢字に「てら」という訓読みを与えたのは、聖徳太子だとされている。彼の下には大陸から来た多くの知識人が集っていた。その中にはシルクロードを通って、遙か西方からやって来た人もいたという。太子はその一人から、この世界=地球をテラと呼ぶ、という話を聞いて、寺を地球そのものに例え、それを「てら」と呼ぶことにした、と。
とすると、私たちはあるいは、先人たちの築いた寺(テラ)に再び目を向けることで、もう一つのテラ=地球のこれらを模索する、壮大な試みが始まりつつあるのかもしれない。それがどこに向かうものなのかは、まだわからないけれど…。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます