しばらく前の話だ。
Nさんは不眠を訴えてウチに来た。ここ一月半ほど眠りが浅いのだという。だが東京で鍼治療を受けたら不思議とよく眠れた。とはいえ仕事もあるので、そういつもいつも東京まで行くのは大変だ、ということで地元で鍼をやっているところを探して、たまたまウチを見つけた、と。なので、Nさんの要望は「鍼を打ってくれ」というものだった。
調べてみると、治療を受けに来た昼間は副交感神経系が亢進の状態にあったが、それが夜になると逆に交感神経系が亢進するようで、それが不眠(あるいは眠りが浅い)ことと関わっていると判断し、まずはそれを調整することを主眼に鍼治療を行うことにした。
使ったツボは、蠡溝(れいこう)、中都、血海、内関、外関、印堂、関元、承泣(しょうきゅう)。合わせてペパーミントのエッセンシャルオイルも用いた。
ところが治療を終えようとしたら、体がフラついて頭痛もするという。そして印堂に刺鍼したことを責められた。「こんな所に鍼を打たれたのは初めてだ。なぜ、こんな所に鍼を打ったのか!」と。そう言われたので、できるだけ様々な角度から治療後の体の反応を調べてみたが、異常なものは見つけられなかった。
しばらくソファで休んでもらい、コパイバのエッセンシャルオイルなども使ってみたが、フラつきは変わらず、とはいえずっとここにいるわけにもいかない、とNさんは帰って行った。
帰宅後も何度かNさんから電話があり、「相変わらずフラつきがあり、血圧を測ったら普段は125くらいの最高血圧が150~160にもなっている。一体どうなってるんだ!」と怒られたが、「こちらで調べる限り体には問題はない。多少時間はかかるかもしれないが、落ち着くはずだ」と答えた。実際、夜8時過ぎだったと思うがNさんから「血圧は元に戻ってフラつきもなくなった。東京で鍼を打たれた時と同じような感じするので、今夜はよく眠れそうだ」という電話が入った(が、次の日の朝「やっぱりよく眠れなかった。また連絡する」という電話があった。その後、Nさんからの連絡はない)。
(この話は治療中に直接聞いたのか電話でだったのか、今となってはよく覚えていないのだが)実はNさん、以前一度だけ血圧が異常に高くなったことがあって、その後ずっと「用心のために」降圧剤を飲み続けているのだという。医者からは「必要ない」と言われているのだが、一度だけとはいえ血圧が異常に高くなったことがとにかくNさんにはこたえたらしく、降圧剤を飲まなければいられない、という感じだった。
こういう治療をしていると、薬を使っている患者──特に薬で(無理矢理に)症状を抑え込んでいるような患者──の治療は難しいものがあると感じる。
手技療法、自然療法に共通する効果とは、体を中庸の状態に戻すことである。例えば足三里穴。東洋医学的(中医学)な気、血、水全般を整える全身調整穴の代表的な1つだが、胃経のツボなので胃に対する強力な作用も持っている。その足三里に鍼や灸を行うと、胃酸分泌が過多の場合はそれを抑えるように、胃酸分泌が低下の場合はそれを促すように作用する。西洋医薬が胃酸の分泌を抑制するか促進するか、どちらか一方の作用しか持たないのと、そこが違う。
治療自体の誤りによるものではなく一過性に体調が悪くなったりすることを好転反応という。これは体が中庸の状態に戻る過程で、一時的にバランスが崩れるために生じるもので、好転反応そのものは薬の有無とは関係なく起こる人には起こるが、特に薬を使っていると、それがより強く出ることがある。それは薬で何らかの機能を過剰に刺激したり過剰に抑制することで、体が「かりそめ」のバランスを保っているケースがあるためだ。
だから、これはあくまで私の想像だが、Nさんのケースは降圧剤によって無理矢理下げられた血圧を体が鍼の作用で元の自然な状態に戻そうとする際、一時的にポーンと高い方に強く振れてしまったのではないだろうか。
そうしたことは「かりそめ」ではなく体が本当のバランスを取り戻していくために必要なことだと私は考えているが、それがいつどのように現れるか予測できないことも多く、このようなことになった、というのが今回の話。
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