このところ 色々な面から探求してました。
天気は 冷え込んだ日が続き
誰の眼にも異常だとわかる
今日仕事場の職員さんが移動になった。
他の人たちからすれば 彼女はきつい性格で
感情の起伏が お婆ちゃん達に影響を及ぼすと考えた理由らしい。
私はいつも中道の構えで 観察者にすぎないけど
人それぞれの性格に合わせ その人が心地よい場を創る事にしている。
傍から見れば その様子は「八方美人」かもしれない。
でも私は思うんです。
場の調整とは 自分本位ではなく
その人がどれだけ心が安らぐかを考えて
周りが創る・・それを本人が気づくように仕向ける
だれしも 一人の人の感情起伏に影響されて
「その場の雰囲気」が乱れる経験があると思う。
それを感じ取ると 排除または逃げる
人の感情・・性格というものは 出すエネルギー側と
受けるエネルギー側の対立のようなもので
どちらも自分本位な主張だと感じる。
今朝の彼女は最後の時で とても重苦しく
悔しさも含んだエネルギーを手にとるように感じた。
彼女は 最初は確かにきつい性格をあらわに出してたけど
あえて私は話しかけ そのうち優しく穏やかな彼女を見いだせた。
それでも諸事あれば 乱れる感情の場を
僭越ながら調整させてもらった。
前にも書いたけど 一人のおばあちゃんも
他からつまはじきにされ 職員さんまでもきつい言葉を投げかけてた。
だからこそ私はあえて そのおばあちゃんに話しかけてた。
今では 他のおばあちゃんにお菓子を剥いてやったり
朝の挨拶や 笑顔で答えるようになった。
本人が変わっても 周りが気づかず
過去の記憶をひきづって対応すれば
また元に戻ってしまう
移動していった彼女は ぽつんと悲しげに言った。
「いままで1年ごとに配置換えがあった。
あと2年頑張れば辞められる」と・・・
問題を起こす側も それを監督責任を負う側も
どちらが悪いなどと言わないけど
どちらも 問題を排除するのではなく
「気を使う」ことをして 解決策を探るべきだと思う。
「気を使う」という本当の意味は
自分の本当のエネルギー(気)を
相手にどのように使い よいエネルギーに変換させるか
排除、斬る、攻撃、対立、ではなく
変化、進歩、活力にする努力をしなくては
いつまでも いつまでも 堂々巡りの同じことをしてしまう。
4、5月頃から 私の中では
みんな持ってる負の部分が 大なり小なり噴出してくると感じてた。
生きてるもの全ての中にある負のモノ
それを教えてくれた存在は 数えるほどしか知らせてこない存在で
それも単語のみの言葉しかなかったけど
その時 運転しながら長い時間話し続けた。
その後日、落ち着かない気持ちを抑える為に
近くの山へ行った時 mixiのつぶやきでも書いたけど
「山が動く」と感じた。
それから程なく山が噴火したとあった。
それでは済まないと感じたら
最近、別の場所での噴火
その存在の話の内容は 神々の事と人間の事(上と下の仕組み)
これからどうなるのか、今をどう生きるかなど
質疑応答もあれば 逆に問答のような場面や
たとえ話など 運転しているので書き留めることも出来ず
正確ではないけど 理路整然とした答えが返ってきてた。
時には疑い、時には意地悪な質問をし
そんな時間を過ごした。
経済や気候変動 災害や人の心の乱れは
人によっては 負の連鎖が予想されるという人もいる
小さな場では 仕事場や家族内で
人間関係の負が浮上するかもしれないけど
それは ひとつの吹き出物が出たと思えば
そう大変な事ではなく むしろデドックスだと考えて
その後の再生した蘇った若々しい肌を創造したほうがよいと思う。
そのための過程であり
落ち込んだり 怖がる必要もなく
それと同時に 覚悟を決めて対応したらよいですよ。
「私には関係ない、大丈夫」といっても
直接なくても 周りに遭った時を想定して覚悟してますか?
多くの人は 他人事であったり
創造を拒否し 覚悟をしていないように思う。
周りを善くし 自分を善くするには
排除しないで 堂々と受け入れる!
逃げないで 立ち向かう!
実践では 出来てるんですから
気づきましょうよ!
ゴミは はじめから ゴミではなかった
はじめは 新しく きれいで
みんなが欲しがるモノだった
だから
眼に見えるモノ全てを愛しなさい!
この言葉は そのときの存在からの最後の言魂でした