兵庫県西宮市にある甲山。
「かぶとやま」と読みます。
甲山の周囲には「甲」の字が付く地名が多数存在するのですが、
それらはすべて「こう」と読みます。
甲東園、甲陽園、甲子園、甲風園、甲南、六甲(ろっこう)。
言葉の音に、後から音読みの漢字表記を当てたと考えられます。
音声に後から音読みの漢字表記を当てたとすれば、
「こう」または「こ」と読む地名はまだあります。
昆陽(こや)、香櫨園(こうろえん)、神戸(こうべ)などです。
行政区画の区分では、神戸は神戸市で西宮市とは離れていますが、
阪神間の武庫川以西の西宮、芦屋を含めて一般的に「神戸」と呼ばれます。
「神戸出身の芸能人」などとして名前を挙げられる人にも、西宮市出身の人は多いです。
甲山、「甲」の本家本元とおぼしき山だけ読みがなぜか「かぶと」なのです。
甲山の元の読みは「こう(の)やま」だったという記録も残っており、
「コウノヤマ」とは「神の山」だったことをあいまいにするために、
「かぶとやま」になったのではないかとも考えられます。
その推測の根拠に、
甲山(標高309メートル)の麓に「神呪寺(かんのうじ)」という寺があります。
空海の息のかかった真言密教のお寺です。
神呪寺の「神呪」は真言、マントラのことを指すと言われていますが、
「神呪寺」は「かんのじ」、「神の寺」という意味も隠されているのではないかと推察しています。
神呪とは神のメッセージを聞くことでもあるからです。
この寺を預かっていたのが真名井御前です。
真名井御前は丹後の神社の娘で、海部厳子という名前でした。
京都の頂法寺六角堂で修行していたところから淳和天皇の第四妃になった人です。
お妃(側室)だったのですが、空海に助けてもらって出家して尼になりました。
空海が高野山で即身成仏したとき、
真名井御前も神呪寺で、高野山に向かって真言を唱え続けて即身成仏します。
こういったエピソードから空海と真名井御前(如意尼)にはロマンス説もありますが、
真名井御前という女性は、個人的には、
強い信仰心と純粋な空海への思慕を貫いた女性だったのではないか、だったらいいなと想像しています。
如意尼は実際、女性として匿われたわけでもなく、真言密教僧としてエース級の実力者だったようです。
そんなエース級の尼僧が生涯の地に甲山を選んだ理由は何なのかは、とても気になるところです。
甲山は、六甲山系の東に位置します。
「六甲山」は一つの山の名前ではなく、大小の山を含む六甲山系全体を指します。
「ろっこうさん」と読みますが、
かつては「ムコヤマ」だったかもしれないと思っています。
武庫川、武庫之荘という地名が近くにあり、「むこがわ」「むこのそう」と読むからです。
「むこ」は、「向こう」を意味するかもしれません。「六甲山」は「甲山」の向こうです。
六甲山系に、もうひとつとても気になる山の名前があります。
六甲山系のうちで最高峰の「摩耶山」(931メートル)です。
こちらは西のほうです。
「まやさん」と読みますが、かつては「マヤヤマ」だったのではないでしょうか?
山の名前が「マヤ」です。マヤ文明のマヤ。
名前の由来は、空海が釈迦の母マヤの像を山腹にある天上寺に安置したからと言われています。
天上寺も密教のお寺で、一時は3000人の僧がいた大寺だそうです。
六甲は表六甲、裏六甲という呼び方もあるため、
西側に位置する摩耶山「マヤ」の反対は「ヤマ」で、
東側の甲山が「邪馬台国」の「ヤマ」ではないかというのが、
かなり飛躍した独自の仮説です。いたって真面目です。
何が本当でしょう?「マヤ」ゆえに「まやかし」でしょうか。
この仮説をひらめいたのは、前にも書いた通りカタカムナを読んでいたときで、
カタカムナの探求のために、あいうえお表を横に読んでみたことからでした。
カタカムナの5・6・7首には意味があり、いろは歌にも意味があるから、
あいうえおにも意味が隠されているのではと思って解読してみたのです。
あかさたなはまやらわ 明かさ(れ)た名はマヤ
いきしちにひみいり 生きし血にヒミ入り
うくすつぬふむ 失くす津 踏む
えけせてねへめえれゑ 消せてねえ 命令
おこそとのほもよろを 起こそうと
ヒントはどこに隠れているかわかりません。
伊勢神宮内宮の御稲御倉から荒祭宮に向かう石段に「踏まぬ石」というのがあります。
荒祭宮は瀬織津姫を祀る斎宮です。
邪馬台国説は飛躍し過ぎだとしても、「マヤヤマ」「ムコヤマ」「コウヤマ」の謎解きは
かなり面白いでしょう?
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