法隆寺の夢殿は八角円堂でしたが、
保江さんが六角堂と言い間違えてくれたおかげでつながりました。
海部厳子ー真名井御前ー如意尼は、京都丹後地方にある籠神社の娘です。
籠神社は元伊勢として知られる由緒ある神社で、籠神社の奥宮が真名井神社です。
籠神社の神紋はかつては籠目紋、六芒星だったのですが三つ巴紋に変更されたようです。
海部厳子は神社の娘でありながら少女の時に志願して頂法寺で修行に入っています。
頂法寺は京都の町中にある六角堂で知られる真言宗のお寺です。
海部厳子は一度は天皇の妃(側室)になりますが出家し、
六甲の東端に位置する甲山の麓に神呪寺を創建し尼僧としてこれを守り、最期は高野山で即身仏となった空海と共に、神呪寺で即身仏となっています。
海部厳子ー真名井御前ー如意尼のたどった道は、
六芒星・六角堂・六甲。これは神道・仏教・キリスト教とも言えます。
このキリスト教となるところが、明らかにできなかった、隠し通されてきた理由だったのではないでしょうか。
籠目紋・六芒星。古くは縄文前期の縄文式土器にこの模様は見られます。
頂法寺六角堂
甲山
かごめかごめ
籠の中の鳥は
いついつ出遣る
夜明けの晩に
鶴と亀が統べた
後ろの正面誰?
の自分なりの解釈ですが、サムさんの3年前の考察動画を見るととても似ていて、
結論のところは少し違いました。
籠目(六芒星)の
中心にいらっしゃる存在は
いつ明らかにされるでしょう?
明け方の夜空に(輝く星です)
鶴と亀(神道の神や仏教の仏を指すのかもしれません。高きもの)
が統べた(統合した)
後ろの正面(影の、真の存在)とは誰でしょうか?
(答えは全知全能の神=GOD=宇宙です。いと高きもの)
保江さんのお話に、
◎仏教、少なくとも真言密教のベースはキリスト教。
◎イエス・キリストは若い時、20代で日本に来て、仏教と神道のどちらも学んだ。
◎ヒマラヤ経由で再度日本に来て最期は剣山の登山道の入口、コリトリで亡くなられ、
◎これは学術的にももうある程度書かれている。
◎剣山の西に、キリスト村、キリスト神社が残っている。
というのがありました。
時系列で捉えるとありえない話なのですが、地図で調べてみたところ、徳島県には「栗枝渡(くりしと)」という地名と神社が東祖谷にありました。
漢字も元は「栗須徒(くりすと)」だったようで、
写真を見ると杉のご神木が一対ありますが鳥居はありません。
「鳥居を建ててはならない」とされその理由は「安徳天皇稜があるから」だそうです。
神呪寺は、兵庫県西宮市の甲山に一番近い南側に位置します。
甲山の近郊、宝塚市と西宮市にもそれぞれ清荒神、門戸厄神と神がつく珍しい名前のお寺があり、
神呪寺、清荒神、門戸厄神では星祭という名の行事が執り行われています。
甲山の周囲には他に、南東方向に甲山を真正面の借景にした関西学院大学があります。関学はミッションスクールです。
甲山の北東方面、川西市には妙見山があります。妙見山は北極星信仰の世界的聖地と言われています。
古代信仰では、星を支えているのが日と月という概念があったため、
暗黙の了解としてわかっていたとしてもそれを語り継ぐことはできなかったのではないでしょうか。
なぜならここは、「日の本の国」だからです。
たとえば千葉神社は妙見信仰、星の神様として知られていますが、
神社の周辺には薩摩藩の島津の丸十字を掲げたさつま揚げなどのお店が複数あって気になっていました。
これはさつま揚げのお店を営めば堂々と十字を掲げることができたからではないでしょうか?
関学の校章は三日月です。太陽に照らされて輝く月のような存在というメッセージ性が込められているようです。
↑千葉神社のお守り。神紋は日・月・星ですが、イギリスのクロップサークルにそっくりなのがあります。
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