最近は、なんだかとんでもなく忙しくなってきまして、毎日終電で家に帰ると2時近くです(^^;
なのであんまりおもしろくないですけど、
またまた放送部の怒られ話を手短に。
他の学校がどうなのかわかりませんが、私の中学ではお昼の放送とは別に1日3回音楽を流します(今はわかりませんが)。お昼も音楽を流しますが、企画ものだったりリクエストを流したり、ラジオみたいな感じなので、それとは別に定例のものとして流す音楽がありました。
まずは朝。
8時ちょうどから10分間、登校時間を知らせる爽やかな音楽を流します。
8時15分~朝自習があるので生徒はこの時間までに登校しなければいけません。登校時間の5分前にあたる8時10分にチャイムがなるので、そのチャイムが鳴ったら音楽を止めて放送部も各教室に戻り朝自習に参加します。
次に掃除の時間。
もううろ覚えですが、確かお昼休みが終わって、5限目の前が掃除の時間だったと思います。
20分位でしょうか?!
その間、掃除の時間を知らせる音楽を流します。
この時の音楽は掃除がてきぱきとやれるようにテンポのよい音楽を流します。
最後は帰りの音楽です。
下校時間15分前から流し始め、5分前のチャイムが鳴ったら音楽を止めて、戸締り消灯に鍵しめをして、放送部も校門のゲートチェックにひっかからないようにダッシュで帰らなければなりません。
帰りの音楽はわりと自由で、ちょっと悲しい感じの歌謡曲なんかを流してました。
これ言うと世代がバレバレですが、沢田知可子の“会いたい”(彼氏が交通事故で死んじゃう系の歌詞)とかプリンセス・プリンセスの“M”(“♪いつも一緒にいたかった 隣でわらってたかった♪ってな歌詞の”)とか流してました。
で、半年だか年に1回音楽を変えるのですが、話し合いと言いつつもやはり最終的に音楽を決定できる権利はほとんど最上級生にあります。
別に反発もなかったし、そういうもんだと思っていたので、決めることはもちろん候補をあげることすら無縁だと思っていたはずが、気が付くと年功序列で私たちが音楽を決定できる役回りがやってきました!
私たちの学年の放送部は確か男女合わせて6人くらいいました。
先生はかの、“でぶりんピック”(知る人ぞ知る!天才たけしの元気が出るTV)に出場したことのある0.1tのM先生。
M先生は、見かけはおいといて、どちらかと言うと先生サイドではなく私たちサイドの希少な先生の1人で生徒達からは結構慕われておりました。(くれぐれも見かけはおいておいて)
M先生は私たちに曲の選曲について、「朝だなぁ~今日も1日始まったぞ!」とか「掃除の時間だ~!」とか「今日も1日終わりだなぁ~」と思える曲であれば何でもいいと言っていました。
今までの特に朝と掃除の曲は、いわゆるBGM的な音楽が主流だったのですが、革命的な変化がほしかった同期と私は、いろいろ考えた結果、
朝・・・ターミネータの主題歌
(と言っても歌入ってませんが)
掃除・・・ボンジョビの当時流行ってたロック
(曲名は忘れちゃった)
下校・・・辛島美登子のサイレント・イブ
(“♪真っ白な~ 粉雪~ 人は立ち止まり~♪”という歌い出しで有名)
に決定しました(^^;
かなり冗談半分のノリで決めてしまった感が否めません(´ω`)
結果・・・
朝のターミネータ-は、これから1日戦うぞ!的な意味でピッタリ!☆だと思ってたんですが、流し始めて5分もたたない内に、部活指導にあたっていた先生から職員室に待機してた先生たちまで一斉に狭い放送室に傾れ込んできて、窓からドアから何人もの先生たちに取り囲まれ、趣味が悪いとか朝からなんつ-曲流してんじゃい、と懇々と怒られました(´`)
いつも笑顔ながら存在としては陰の薄い教頭先生まで飛び込んできて、何事だ!と言われたのは、他の先生に怒られることより何故かちょっぴりショックでした。
次の掃除の時間。
掃除をするにはロックはテンポが速くて、ダルい掃除もノリノリでできるだろうという自信作(?)。
今度は大丈夫だろうとたかをくくっていたのですが、翌日の職員会議で、ボンジョビの曲にのりまくってホウキをギターに見立てたエアギターとかエアドラムとかやって掃除にならない生徒続出、という報告が上がったため、こちらも1日限りで却下。
唯一、下校の音楽だけが何も言われず、その後私たちの卒業まで流れていましたが、私がたのが朝と掃除の音楽だっただけに、幻のBGMとなってしまったことになんだかなぁという感じでした。
しかも何十人もの先生たちに怒られたし。。
ちなみに生徒からはかなり反響よかったんですけどね・・。
革命は失敗に終わりました。。。
いや-放送部だったんですよ-掃除サボりたくて(^皿^)
1年の時に隣のクラスで、体育と家庭科が一緒だったので顔だけ知ってましたけど、その時はこんなに密な付き合いになるとは思ってもいませんでした(^皿^)