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2011-10-22 17:50:56 | Weblog
岩波ホールで鑑賞しました。

1944年9月29日未明から10月5日までの7日間、北イタリアのボローニャ近郊、モンテ・ソーレの山村で起きたドイツ、ナチス軍によるイタリア国内最大の住民虐殺事件だった。
これは事実に基づいて描かれた映画。

実際第二次大戦は独、伊、日の同盟国と米、英、仏、ソ等の連合国間に起きた戦争だった。ではなぜドイツが同盟国のイタリアに攻め入ったのか?
1943年7月に連合軍がシチリア島に上陸、イタリアとの地上戦に入った。この事態にイタリア側は連合軍との休戦協定を結び、イタリア軍隊は混乱し解体状態になった。
連合軍側はナポリ南方を占領下においた。
一方ドイツ軍はナポリから北の全地域を占領した。
ドイツ軍に救出されたムッソリーニは、北イタリアのガルダ湖畔サロ(ミラノとヴェネチツィアの中間に位置する)にイタリア社会共和国を新たに樹立し、ドイツ軍と共に北、中部イタリア地域を統治した。
一方これとは別に、反ファシズムを掲げる諸政党がイタリア再建を目指して国民開放委員会を結成、地下活動を始める。
これには政治活動家、元兵士、一般人などが参加、パルティザン部隊を作り、ドイツ占領軍と新ファシスト軍に対するレジスタンスが始まった。

この映画はこのパルティザンとモンテ・ソーレの村人達の話だ。
8歳の少女マルティーナ。自分の腕の中で弟が死んで以来言葉を失ったのだ。
彼女の目を通してドイツ軍とパルチザンとの戦いが展開される。
自分にパンを分けてくれたドイツ兵が、パルチザンに捕われ墓を掘らされて銃で撃たれ穴の中に落ちていく姿を垣間見たマルティーナ。
彼女の母は再び男の子を産むがドイツ軍に捕まり撃ち殺される。
弟を森に隠して、自宅に帰って食べ物を必死に探す彼女。
結局父親もドイツ軍に撃ち殺される。
最後に赤ん坊とマルティーナは神父一家に救われ難を逃れるのだが、村人達がドイツ軍に虐殺されるシーンは目を背けたくなる。

この犠牲者は771人以上
12歳以下の少年、少女、幼児189人
12歳から18歳が30人
18歳から60歳男性161人
同女性が315人
60歳以上の老人76人
このうちパルチザンとみなされるのはたった50人程だった。
この時の事件は三村で、このうちの一つの村の名マルザボットからマルボットの虐殺と呼ばれている。
イタリアではこの村だけでなく、他の村々でも同じようなドイツ軍による村人達の虐殺があったがこのマルボット村が一番沢山の犠牲者が出ていると言う。

この映画には殆ど音楽が流れない。
牛の鳴き声や人々の会話の声、そして銃の音だけだ。
ただ最後にマルティーナが赤ちゃんを抱きながら歌う子守唄が小さく流れる。
彼女が丸太に座って弟を抱いて歌う子守唄を後ろ姿で映し出して終わる。
マルティーナに声が戻ったのだ。この場面が唯一心温まるシーンだった。

未だに戦争が世界の国々でおきている。
あのベトナム戦争だって、ベトナムでは未だに沢山の奇形児が産まれ、枯葉剤を撒いたアメリカ軍も故国に帰って枯葉剤の毒に悩まされているではないか。
戦争は負けた側は勿論、勝った側にも多くの犠牲が伴うものだ。
この世から戦争と言う名の争いが無くなる日が来る事を祈りながら見た映画だった。