田舎道

東電の町から各町を転々と・・やっと終の棲家を決めました

7巡目一時帰宅

2013-03-21 10:07:55 | 大震災と原発事故
20日、7巡目の一時帰宅をしてきました。

もう持って来るものはほとんどない、というより持ってきても置く場所もないので

今回は逆に、捨てるには忍びないと思う物を持って行きました。




町の道路は相変わらずあちこち陥没し走りにくくなっていました。



我が家は、更に荒れ放題になっていました。

チュータローが、お風呂の中で遺体になっていて大騒ぎ!


伸び放題の雑草が枯れ、その間にクロッカスの花がけなげに咲いていました。



こぶし、小さな花が咲き始めていました。



白もくれんは、蕾が膨らんでいました。


・・・・今年も見てあげれなくて、残念です。


お彼岸だったせいか、一時帰宅してる人が多い気がしました。

片付けして疲れたので玄関で休んでいたら、一台の車が止まり、「〇〇さ~~ん」と庭に入ってきたのは

隣組だったすぐ近くのご夫婦でした。

2年ぶりの再会でした。

ご主人は仙台、奥さんと娘さんはいわき、息子さんは結婚されて仙台と、みんなバラバラに暮らしていると。

ご主人、今まで自分から話かけることってあまりなかった方だったのですが、この日は、いっぱいお話されました。

言いたい事、聞きたい事、いっぱいありましたよね。



私の主人も話するの苦手で、なるべく避けている事が多かったのですが、

最近は変わってきて話に加わる事が多くなりました。



帰り道、町で知り合いの人がいたので車を止めました。

県外に一戸建てを借りて住んでいると言うことでした。


話してたら、そこへ、散歩友達がご主人の車に乗り通りかかり、またそこでおしゃべり。

そのご主人、あの当時は会釈ぐらいだったのですが、こちらをのぞみ込み笑顔でうなずいておりました。


みんな、この町を追われ丸2年、つながりが強くなったか?それともただ懐かしかっただけなのか・・・


今回出会った人達、それぞれの場所で頑張っていました。

みんなバラバラになりながらも、頑張っていました。

そして・・・この町に戻る、と言う言葉はまったくありませんでした。




   最後にみんなが言った言葉は


   『お互い、元気でいようね。またいつか会おうね』でした。



 お雛さま、無事救助してきました~(^0^)


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4 コメント

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よかった~ (ポケッと女房)
2013-03-21 11:04:28
私、すずめさんの大事なお雛様がどうなってしまったのかと
とても心配していたのです。 でも尋ねるのもすずめさんの
気持ちを考えるとはばかられて…
綺麗なお姿のままでほんとよかった! 
すずめさんも気にしてらしたのね。


震災から2年を迎えて最近すごく考えてます。
すずめさんや被災者の方に私は
頑張れ… とか 一緒に頑張ろう… とか言ってるけど
結局頑張っているのはすずめさんや被災者の方で私は
いったい何を頑張っているのだろう?と。
家には年寄りがいるし従業員さん達の生活も守らなければならないから
遠く離れた東北にはボランティアにも行けないし、
阪神大震災以降の不況で我が家の家計も疲弊しまくってるし
多額の寄付もできない。 せいぜいが義捐金箱を見たら
小銭を入れるか東北産の食品を見つけたら買うくらい。
それにすずめさんの住んでいらっしゃる福島は他の被災地とは
事情が違う。
何をすればよいのか全く解らず、ただ頑張れ…と言うことに
後ろめたさや情けなさや悔しさなど複雑な思いでいます。
すずめさん、私に何かできることがあれば遠慮なく言ってね。
お会いしたことはないけどもう長いお付き合いですもの。
本当に遠慮しないでね。
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女房さんへ (すずめ)
2013-03-21 13:51:11
女房さん、ありがとうございます。
それぞれの事情がありますから、それはもうその気持ちだけで十分です、ありがたいことです。
頑張れと言う言葉、しっかりねと言う言葉、前向きで頑張れと言う言葉、その一つ一つがぐんと胸に響きます。
動ける体があるのですから、本当に自分自身しっかりしないといけないのです。
私一人じゃないんですよね、多くの人達が苦しみながら、それでも頑張って生きています。
避難者に対して暖かい気持ちを持っていてくれて本当に嬉しいです。本当にありがとうございます(^^)
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Unknown (niao)
2013-03-22 12:39:28
私も、ご両親がすずめさんのために用意したというお雛様のことがとても気になっていました。
狭い仮設住宅に持ち込むのは悩まれたことでしょうが、決意されてもっていらしたのね。
お雛様もきっと喜んでいることでしょう。

昔は話べたで不愛想だった男性陣も、みな共通の辛い体験をして一気に距離が縮まったようですね。
今、黙っていても分かり合えるのはご近所さん同士ですものね。

>この町に戻る、と言う言葉はまったくありませんでした。
古里を捨てなければならないすずめさんたちの事情を思うと本当に切ないです。
そう簡単には思い切ることはできませんよね。
私も女房さんと同じ、「頑張れ!」としか言えない自分の無能力に嫌気がさしています。
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nihaoさんへ (すずめ)
2013-03-22 15:38:47
このお雛様は、小さい頃から毎年出されており、出ている時にはお人形のようにいじって撫でて・・・ボロボロに。
それゆえに、あの頃の懐かしさが蘇ってきます。
両親と私の三人家族。裕福ではなかったけれど、大事にされてとても幸せな時でした。
両親は、空の上から今のこの状況をどう見てるのでしょうか。
お隣同士、2年間の空白をお互いに気になっていたのだと思いますね。
『仕事は?』『これからどうするの?』次々と話は尽きそうにありませんでした。
nihaoさんには、いつも応援していただき感謝していますよ。
淋しい思い、苦しい思い、このブログにしか吐き出せなくて・・・・暗い話題が多かったですね。
そんな時、頑張れ、頑張れと。私にはとても嬉しかったです。
頑張ります、ありがとうございます。
これからは少しでも明るい前向きな話題をと思います。どうかこれからも、見守ってください(^^)
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