会社の忘年会の帰り。二次会行きを逃れて、早めに会場から出て来た数人と何となく合流した。肩を寄せ合って帰りながら、パフェでも食べてから帰ろうか、と話がまとまった。
近くの喫茶店かどこかでパフェを食べ終え、地下鉄の駅へと向かった。
その日は勧められた日本酒を、随分飲んでしまったようだ。私はえらく陽気だった。いつにも増して、ゲラゲラと笑っていたらしい。
側にいた年下の先輩が、「大丈夫?ねえ、ホントに大丈夫?」と何度も私に尋ねていたのを覚えている。
私は自分自身では全然大丈夫だと思っていた。
「私、おトイレに寄ってから帰るね。じゃあね」と手を振ってみんなと別れた。そこまでは、しっかり覚えている。時刻は午後9時を過ぎていたと思う。
遠くから、声が聞こえる。
「…ですかー」
男の人の声だ。何かあったんだろうか。
「大丈夫ですかー?お客さーん。大丈夫ですかー?」
男の人の声がハッキリ聞こえて、目を覚ます。
「えっ?ここは…」
どこかと思ったら、かなり広めの和式トイレの中だ。
私は壁にもたれて、テディベアみたいに足を投げ出して眠っていた。どうしてそんな事になったのか、全く記憶がなかった。
恐らく用を足し、身なりを整えた後、急激に睡魔に襲われたのだろうと思う。
後ろの壁にもたれた後、ズルズルずり下がりながら眠りに落ち、足を投げ出して熟睡していたのだろう。
声は明らかに私にかけられている。
「あっ、はい。大丈夫です」と答えて、立ち上がった。
迷惑をかけてしまったなあと思った。
床はきれいで、コートに汚れもなかった。
急いで個室から出ると、女性トイレの入り口に複数の地下鉄の男性職員が立っていた。女性用トイレであることから、中へは入らずに呼びかけていた様子。
私は恐縮しながら小走りで出て、「どうもすみません。ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。
当時私は50代。いい歳をしての大失態。恥ずかしいことだ。
頭を下げ下げ、そそくさとその場から逃れた。
時刻は午前0時をかなり過ぎていた。地下鉄の終電も行ってしまった後だ。帰宅の手段はタクシーしか無い。
大通りから自宅へタクシーで帰るとなると…きっと3000円は下らない。
当時は家計が少々苦しい時期だった。
帰宅にタクシーを使うのは、許せない。自分への戒めを込めて罰を下す。徒歩で帰宅。
地下から地上へ上がって外へ出た。よく晴れた冬の空。酔い覚めでも、寒さはそれほど感じなかった。
自宅へ向かい足を踏み出す雪の道。
まだ少し酔いが残っているのか、真っすぐ歩いているつもりでも、わずかに右へそれ、左へとそれる。
そんな風にして、月あかりの下をテクテクテクテク歩いてほぼ1時間半。自宅へ無事帰還。午前2時。
夫は起きて待っていた。
「連絡もないから心配してたんだよ」
ああ、メールでも入れておくべきだった。反省。
私の何度目かのお酒による失態。
毎回反省しながら、数年に一度、ついつい飲み過ぎる。この時が、多分人生最後のお酒による大失態だろう。だって、今は無職の年金暮らし。もう忘年会は無いからなあー。
ちょっと寂しい。