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ポジティブな私 ポジ人

一枚の古い写真から

一枚の白黒写真がある。
私が子犬を抱いている写真。
嬉しいはずなのに、ニコリともしていない。

私が4、5歳くらいの頃だろうか。自分の体が小さいので、子犬が大きく見える。

おとなしく私に身を預け、じっとしている子犬。
子犬のぬくもり、なめらかな毛並みの手触り、ずっしりとした命の重みに、私は緊張していたのだろうか。

きっと、子犬を飼いたいと言う思いが湧いたのは、この時だったと思う。

それ以来私は父に、犬を飼ってみたいとねだるようになった。
父はいつも「お前に犬の面倒を見る事は出来ないから駄目だ」と言った。
それでも私は諦めることが出来なかった。

私が小学校1年生になったある日、父が真っ白な子犬を家に連れて来た。
生まれてから一月は経っていると思われる、元気な子犬だった。
父は「この子犬を一週間ちゃんとお世話出来たら、このまま犬を飼っても良い」と言った。

父の粋な計らいがすごく嬉しかった。

父が連れて来た子犬は真っ白なスピッツだった。よく吠える、よくじゃれる活発な犬だった。

犬が欲しいと訴えていた割には、私は犬にじゃれつかれるのが苦手だった。
元気に吠える子犬にミルクを用意するのもやっとの思いだった。
私が思い描いた子犬との生活とはまったくかけ離れていた。
実際にお世話してみないと分からない事だらけで、理想と現実の違いを思い知った。

結局3日も経たないうちに、子犬のお世話が苦痛になって来た。父には最初から結果が見えていたのだろう。
お世話を始めて3日目の夜だったと思うが父が「気が済んだか?」と聞いてきた。
私は頭を縦に振らざるを得なかった。
子犬は翌日、借り受けた知人に戻された。

こうして父が設けてくれた折角のトライアル期間を、私は残念な形で終える事になった。私は自分の事が情けなかった。
「ちゃんと出来る」と言いながら口ほどにも無かった。
その時から犬を欲しいと父にねだる事は無くなった。

犬を飼うことはなかったけれど、父は何処からか、鳥かごに入った野鳥を連れて来た。犬を飼う事を諦めた私を父は不憫に思っての計らいだったのだろう。
野鳥は、頬の赤みがかわいい“ウソ”であった。大変美しい声で鳴き、鳥かごから出してよく部屋の中に放したりした。

私もやはり娘に犬を飼いたいと訴えられたことがある。娘が小学2年生の頃だ。

私は父のようにトライアル期間をもうけてあげることは出来なかった。
マンション住まいを理由に、娘に犬を飼うことを断念させた。
犬が駄目ならと娘はうさぎは駄目かと聞いてきたが、結局うさぎも却下して、セキセイインコを飼う事になった。

結局、小鳥。
歴史は繰り返す。

その頃、近所のホームセンターにペットショップがあった。
娘はよくそのお店を覗いて帰りたいと言った。
犬を飼う事を断念させてしまった手前、見るだけならと良く立ち寄っていた。

かわいい子犬は直ぐに誰かに買われてしまうのに、ちょっとブサイク(失礼)な子は、いつまでも誰にも買われずにお店に残っていた。いつしか顔なじみのわんちゃんとなる。

ある日、何時ものように娘の後についてペットショップへ入ると、真正面のケージに入った子犬と目が合った。
目があった途端、私は子犬に一目惚れしてしまった。

犬種はミニチュアダックス、体毛の色はまるでカフェ・オ・レの様な美しい色合い。なめらかな輝くような毛並み。その子の眼差しは、とても知的で、心を見通すような、人の様な眼差しだった。子犬なのに妙に落ち着いていて、初対面なのに初めて会った気がしなかった。

私はどうしてもその子が欲しくなってしまった。
値段を見てみると、確か20万円前後だった。
そんな大金をペットに使えるほど当時の我が家には余裕は無かった。それになんと言っても、子供に断念させた犬を、私が購入するなど言語道断。

頭の中で犬との生活をシミュレーションしてみた。
我が家は共働きであったし、子供達は日中学校へ行っている。平日は誰も家に居ないので、犬には寂しい思いをさせてしまう。
そこまで考えた時に、この子犬を幸せにする事は出来ないかもと思い、やっと冷静になって諦めることが出来た。

2、3日後に再びペットショップへ行ったが、カフェ・オ・レちゃんは誰かに買われて居なくなっていた。そりゃそうだ、あんなに魅力的な子犬はそうそう居ない。誰にとっても魅力的だったのだと改めて痛感した。
凄く残念だったけど、「これでいいのだ」とバカボンのパパじゃないけど、そう思った。

そんな訳で実際に犬を飼うことはできなかったけれど、犬にまつわる本などはよく読んだ。

ことに、1988年に出会った中野孝次著「ハラスのいた日々」は格別だ。
中野氏を通して犬を飼う体験をさせて頂いたような気になった。
著者のハラス(愛犬の名前)に寄せる愛は深く、どれだけ感動の涙を流したか知れない。素晴らしい愛犬記だと思う。

テレビドラマや映画にもなったので、ご存じの方も多いかと思うが、中野氏の文体が好きで、どっぷりのめり込んで読んだ私にとっては、テレビドラマや映画は表面をなぞった薄っぺらな物に感じてしまう。
中野氏が初めて飼った犬、ハラスとの日々、私も氏と一緒に初めての犬との日々を楽しさと嬉しさと、ハラハラドキドキしながら楽しませてもらった。
物言わぬ犬だからこそ、余計に心が通うのだと教えていただいた。

犬を飼おうと思えば何時でも飼える状況になった。
けれどもこれまでペットの小鳥と数度のお別れを経験し、お別れが怖くて犬を飼う事が出来なくなってしまった。


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