2020年、娘は大学を卒業し本州へ行ってしまった。それ以来、コロナもあってカラオケからは足が遠退いてしまった。
昔から歌を歌う事が好きだった。
物心ついた頃からちゃぶ台の上を舞台に、歌謡曲を歌っていた。
酔っぱらった父が、歌え歌えとちゃぶ台に立たせた。観客は酒の席の父の同僚の方々だったと思う。
二代目コロムビア・ローズの「智恵子抄」や美空ひばりの「柔」等をよく歌った。
父の贔屓の歌手は村田英雄だった。私は子供心に村田英雄より神部一郎(かんべいちろう)が好きだった。
神戸一郎の名前を覚えている人は少ない。母でさえこの名前を私が言ったら「良く覚えているね」と驚いていた。
当時はジャニーズに代表されるアイドルはまだデビューしていなかったが、私は幼い頃からイケメンに目がなかったようだ。
将来は歌手になりたいと父に言ったが、却下された。「世の中には歌の上手い人がごまんといて、ほんの一握りの人だけが歌手になれるのだ」と。そう言われて直ぐに諦めた。
子供が生まれてからは、子どものために子守唄や童謡をよく歌った。
ある日部屋にいて何気なく外から聞こえる会話を耳にした。
上の階の人が大家さんに苦情らしき事を訴えていた。若い独身の女性だったと思うが、「…夜、子守唄も聞こえるんです」と。詳細まではわからなかったが、騒音の苦情みたいだった。
その頃住んでいたアパートは、結構壁が薄かった。
それ以降、夜の子守唄はやめた。大声で歌っていたわけではなかったのだが、耳障りだったのだろう。
夫は出張が多く、平日はいつも家にいなかった。それで気兼ねなく、流行りの歌を大きな声でいつも歌っていた。さぞかし、子供たちにとっては迷惑な事であっただろうと思う。
現在、ほぼ夫と二人である為、歌は自粛している。
娘と最後にカラオケで歌ってから2年以上が経った。
ある日、台所で小さな声で歌ってみた。思った様に歌えなかった。音程が外れるし、声が割れる。声自体が全然出なくなっている事に気づいた。このままでは、歌えなくなってしまう。ちょっと焦った。歌えなくなるのは嫌だ。
年を取ると、喉の筋肉も身体全体の筋肉と同様に、鍛えないと弱くなってしまう。
食事時によくむせるのは、喉の筋肉の衰えによるものだと聞く。喉の筋肉が衰えると、飲み込む力も弱くなり、誤嚥による肺炎を引き起こす危険性もあるそうだ。喉を鍛えて危険を回避しなければ。
喉を鍛える運動といえば、前にテレビで見たことがある。
口を思いきり開けて舌を突きだすのだ。これを繰り返すのが良いと聞くけれど、あまり楽しくも無い。
歌う事も喉を鍛えるのに効果があると聞いて、そっちの方が楽しい健康法だと思った。
早速お風呂に入るたびに、密かに小声でボイストレーニングをしている。
古い歌は鮮明にメロディーも歌詞も覚えているのに、最近頑張って覚えたはずの歌が、メロディーも歌詞も浮かんでこないのには悲しくなってしまう。また、1から覚え直すしかないか。
娘と再会できるのはいつになるのだろうか。一緒にカラオケに行く日を夢見て、とりあえず練習に励んでおこう。