その男性は、手に数枚の紙切れらしきものを持っていたのだが、一枚が手元から足元へ落ち、風に吹かれて飛ばされた。大切な物なのか、男性はあわてて追いかけた。紙は歩道から道路へ出て行ってしまいそうな勢いで、「あ、危ない」と喉元まで声が出かかった。
ギリギリ歩道の際で拾い上げたのを見てホッとしたのもつかの間、男性はバランスを崩して尻もちをついた。
大丈夫かしらと思って見ていると、連れ合いらしい女性が信金の出入り口からゆっくり出てきてそばへ近づき、男性もよろよろと立ち上がり、どうやらケガも無さそうだった。
一連の出来事を見て、最近よく言われる「フレイル」という言葉が頭に浮かんだ。その男性は明らかに足腰の筋肉が弱ったフレイルの様に思われた。
夫も見ていたので、これ見よがしに、「歩かずに過ごしていると、何年か経てば同じ様な事が起こるよ」と言って、いつもあまり自発的に歩かない夫に釘を差した。「そうだね」と夫は素直に聞いていた。
そんな事があってから数日後の事。
ここからはちょっとビロウな話になるのだが…。
夫が「出そうで出ない」と言ってトイレに入ったり出たりしていた。何回目かの往復の後、パーソナルチェアに座った夫の顔色が悪いような気がした。
更にもう一度トイレに行って戻ってくると、明らかに顔面が蒼白だった。
「めまいがして立っていられない」と言ったので、「横になって休んだら」と声をかけると、夫は上体を少し起こした姿勢でソファーに横になった。
後から聞いたのだが、頭をソファーに下ろすと気を失いそうだったらしい。
とりあえず水を飲ませたら、「少し良くなった」と言った。
横になったままでいた方が良いのだが、お腹の具合が悪いので行くべき所へ行かねばならず、私につかまり、ソロソロと時間をかけて“目的の場所”へ一緒に歩いた。
その間、目がぼやけたり、フラフラするという症状が出ていた。一旦しゃがませようかとも思ったが、差し迫った状況の中、“大惨事”にならないとも限らないので、気持ちはトイレへと急いだ。
決着がつくまで、トイレから動かないようにしてもらった。
ややしばらく時間が経ってから出て来た夫は、まるでさっきの出来事が嘘のように、普通の状態に復活した。顔色も血色が良くなり、ひと安心した。
夫はお腹をこわしていたようだが、その日二人共大体同じものを食べていてた。私のお腹には何の問題もなく、今回は夫だけがこんな目にあった。
実は、数ヶ月前に夫と全く同じ様な症状が、私の身に起こっていた。
その日は、夫はなんとも無いのに、私だけがお腹をこわしたのだった。
やはりトイレへ複数回往復し、腹部の激痛、冷や汗など人知れず苦しみの末、決着をつけて戻ったのだった。
その時、何度もトイレを往復する私に気づいて「大丈夫?」と夫は声をかけてくれたが、私は「うん」としか答えなかったので、私が苦しんでいた事を夫は全く知らなかった。
私達の体に一体何が起こっていたのだろうか。
気になっていろいろ調べてみると、どうやらその症状は「脳貧血」らしかった。
そう言えば昔、小学校の朝礼のときなどに、倒れる子がよくいたけれど、その頃何となく「脳貧血」という言葉をよく耳にしたような気もする。
失神にまでは至らなかったけれど、夫もほぼその一歩手前だったようだ。
全国健康保険協会によると、「脳貧血」は、若者と老人に多いという。
症状については次のような記載があった。
「発作直前に腹部の不快感、頭痛、めまい、吐き気や嘔吐、腹痛、冷や汗、顔面蒼白といった前触れ(前駆症状)を感じているのが特徴です」
夫と私は、吐き気や嘔吐こそ無かったものの、ほぼそれらの症状に一致した。
激しい腹痛で顔面蒼白となり、冷や汗が吹き出た。
脳貧血は血管迷走神経反射によって起こるものらしい。日本救急医学会の医学用語解説集によると「迷走神経反射」とは
「ストレス,強い疼痛,排泄,腹部内臓疾患などによる刺激が迷走神経求心枝を介して,脳幹血管運動中枢を刺激し,心拍数の低下や血管拡張による血圧低下などをきたす生理的反応。ー中略ー 本反射は生命維持のための防衛反応であるが,過剰反応をきたして身体異常を生ずることがある。」
専門用語で少しわかりにくいが、「生命維持のための防衛反応」が過剰に反応して異常事態となったものだということがわかった。
「迷走神経」は調べてみると、脳神経の中で唯一腹部に達する神経だという。
最近、「腸に届いて脳に働く」という乳酸菌のCMを目にして、不思議な感じがしていたけれど、今回の事で脳と腸に関係性があることがわかった。
今回のような脳貧血の状態になった場合の対処法は
・横になり安静にする。その場合は、足を頭より少し高めにし、脳へ血液が流れやすい体勢を取る。
・身体を締め付けるベルトや下着を緩める。
・冷や汗をかいたり、手足が冷たくなっている場合もあるので身体を温める。
具合が悪くなって、視界が暗くなったりしたら、直ぐに何かにつかまり、とりあえずしゃがむことが必要だ。立ったまま倒れてしまったら、大きな怪我を負うリスクが大きい。
今回はお腹を下していたこともあり、水分補給も必要な事だった。
予防対策は
・突然立ち上がったり座ったりしない
・朝食をとる
・日頃から適度な運動をする
・水分補給を十分にする
・適正体重をまもる
ストレスが原因でお腹に影響することも多い。ストレス緩和のため、様々な方法でリラックスを心がけて、腸の蠕動運動に関わる自律神経を整える事も大切だ。
また、血流を体の下から押し上げるふくらはぎの筋肉は第二の心臓とも言われており、やはり日頃からウォーキング等で鍛えておく必要がある事を痛感する。
夫は今回の事は初めての体験だったらしく「いやー、びっくりしたなー」と何度も言っていた。
視界が暗くなったり、物がぼやけて見える事、冷や汗が流れること等、これまでに経験したことがなかったようだ。
歳を取ると、思いもよらない体調の変化が訪れるものだ。ある程度事前に知っていれば、その場の対処や予防対策も取ることが出来る。
今後は、よりきめの細かい体調管理が必要だと思った出来事だった。