黒いツーピースは持っている。それは30年ほど前に、職場の同僚が38歳という若さでクモ膜下出血で突然亡くなった時に、慌てて近所のスーパーの2階の洋服売り場で、急遽あつらえたものだった。
いくら洋服に無頓着だとはいえ、いい年をしてフォーマルウェアも持っていない自分に、我ながら呆れた。母が元気なうちに用意しておこうと思った。
「喪服見に、街に行ってこようかな」そうつぶやくと、夫はデパートは高いから、郊外型のスーツの量販店が良いのじゃないかと提案した。それもそうだなと思い、家から少し離れた量販店へ夫と連れ立って出かけた。
大きな店舗は男性のスーツがメインのお店だが、女性のフォーマルウェアのコーナーもある。
見てみると、予想に反してというか、そもそもフォーマルウェアの相場も知らずに来てみたら、意外とお高い。安くても3万円以上のお値段で驚いた。
とりあえず良さそうなのを2点試着してみた。
喪服として着る服に、素敵も何も無いようなものだが、やはり好みはある。
デザインが「まあ良いな」と思うものは、4万円を超えていた。もう一方の3万円超えの方は、デザインが気に入らない。
4万円以上も出して、満足度が“まあ良いな”程度では、納得がいかない。結局、下見ということで購入せずに店を出た。
家に帰ってから、ふと、ネットのフリーマーケットに喪服はあるかな?とのぞいてみた。すると、結構手頃なお値段で掲載されていて、売れてもいる。
金額を2千円台で設定して検索してみたら、素敵なデザインの物があった。あの量販店で4万超えのデザインに似ていたが、それより素敵だった。
詳細を見ると、
「Mサイズ。2度着ました。クリーニング済みです。サイズが合わなくなったので掲載します」と書いてあった。
その出品者の掲載品一覧を見てみると、洋服類が多かったが、何れもセンスが良く素敵なデザインの品が多かった。発送地域は東京となっていたことから、「東京=あか抜けている」というイメージがますます沸き起こる。北海道人にありがちな感覚。
そのフォーマルウェアには、他の人からの質問のコメントも入っており、デザインが良いのでモタモタしていたら売れてしまいそうな気がして焦った。
着丈が書いてあったので、メジャーで肩から測ってみると、ちょうどよい加減の膝下サイズ。ウエストのサイズも私でも十分着用可能に思えた。
見たときからピンときたというのだろうか、これは買わなきゃとあわてて手続きした。ポイントがあったので、それを使ったら、実質1,800円ほどの値段になった。
そんな私の行動を知らない夫が
「またフォーマルウェア見に行かなきゃね」と言った。
「メ〇カリで買っちゃった」と伝えると、「試着もしないで買って大丈夫?」と言う。
私には変な確信があった。きっと、大丈夫だと。あの量販店で試着しておいたのも、ネットで購入する際、着用のイメージが出来て良かった。
数日して、外出中に品物は宅配ボックスに届けられていた。宅配ボックスの暗証番号を解除して荷物を取り出したのは夫だった。その荷物を見て私はギョッとした。
スーツが入るサイズのある程度大きな荷物が届くと想像していたのだが、届いたのは厚み3センチのA4サイズ。無理やり押し込んだと見え、箱の真ん中が膨らんでいる。
夫が「ほらやっぱり」的な顔つきをして、私に手渡した。
私は瞬時に覚悟した。しわくちゃでも、シワを伸ばせば何とかなる。先ずはシワを伸ばす手段だなあ…。
部屋に入り開封した。それはチャック付きのビニール袋2つに分けてピッチリと入っていた。
一つには、ワンピース、もう一つには上着。折ジワを覚悟して、それぞれビニールから取り出してみた。すると、あれだけ小さく折りたたんで箱に圧迫されていたのに、シワがほとんど無かった。心からホッとした。
布地はポリエステルだった。
後は、サイズの問題。
さっそく着替えてみると、これが私のためにあつらえたのではないかと思われる程、ジャストフィット。何と素敵なこと!私の直感は間違っていなかったのだ。メ〇カリ万歳!
フォーマルウェアはゲットした。今度は、黒のパンプスが無い。
その数日後、今度は靴を買いに街へ出かけた。
オーソドックスな形の靴は直ぐに決まった。価格はフォーマルウェアの3倍程したが、全て合計してもおよそ8,000円。良い買い物をした。
さあ、これでいつでも…いやいや、そんな日はずーっと来ないに越したことはないのだ。
母が元気だからこそ言える、ブラックジョークだ。