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ポジティブな私 ポジ人

夫婦のコミュニケーション

夫と私は、朝食も昼食もお互いのペースでそれぞれ済ませている。
たまに前日からおにぎりを用意しておくこともあるし、たまに昼食は同じ物を一緒にいただくこともあるが、たいていお互いの好きな時間に好きな物を食べている。ただ、夫の食事はいつもほぼ野菜ゼロ。夫の偏食の栄養バランスの帳尻を合わせなくてはいけないので、夕食の献立だけは、私が用意している。

先週、夕食の際、夫に
「一ヶ月に一回ぐらい、夜の献立を〇〇(夫の名前)が好きな物を用意するっていうのはどう?」と言ってみた。

夫の家事分担を増やすもくろみだった。たまに、夕食の用意を委ねたい。

ところが夫は私の意図を汲まず、
「食べたいものは、いつも買い物のときに買ってるから別にいいよ」と。
いや、そーじゃなくて。
「たまに、お父さんが(夫の事)好きな惣菜を買って来て、夕飯の用意するとか」とハッキリ言った。
「何で?」と聞くので
「私が楽だから」とストレートに一言、言った。
カチンときたみたいだった。

「そう思って、朝も昼も自分で用意して食べてるんだけどね…」とポツリと返してきた。

夫の言葉を代弁すれば、「日頃からある程度家事を手伝っているのに、それ以上の事を望むのか…」といったところだろう。
私は、私で「そうだよ、家事の分担が50/50じゃないから、もう少しやって欲しい」

心の中では、夫の気持ちを汲みつつ、私の思いも、胸の中で、つぶやいてみる。けれど実際には、何も言うことは出来なかった。微妙な空気のまま会話は終了した。

徹底的に話し合わないのが二人のスタイル、というより私の会話スタイル…か。

言葉のキャッチボールで会話が成立するのだが、私は相手の球を受け取って返すべき時に返さないことが多い。
それはこれまでの経験から、こちら側の言いたいことを言うと、喧嘩に発展しそうな空気を感じるからだ。
それに今回の事は、ちょっとした提案であり、こちらの気持ちさえ伝われば良い位のスタンスだ。

自分の言いたい事を言わない。相手の言葉は余韻を残したまま、響かせておく。すると、最後に行った一言が、ずっと響いて、その人の内側にはね返り、考えさせることになるようだ。
そんな方法で、良い結果が得られたことの方が多い。

自分は元々コミュニケーション能力は低い方だった。
親と対話したことがほとんど無い。そのせいか、話を聞くのも苦手な方だ。今でも、人の会話の中の重要なポイントを聞き逃すことが多い。

小学校時代までは親から一方的に話を聞かされる方だったし、中学時代からは親を敬遠して顔を合わせないので、あまり会話もなかった。
たまに父と二人きりになると、日頃言葉をかわさない二人だ。父の取って付けたような「最近調子はどうだ」という問いが、ぎごちなさすぎて、今思い返すと笑える。
当時はそう聞かれても、「まあまあ」と答えるのがせいぜいで、何に対しても「まあまあ」としか答えていなかったような気がする。

クラスメートのコミュニケーション能力の高さに、いつも自分は遅れを取っていると強く感じていた。

成人してから親と対話したいと思い始め、積極的に父に話しかけた事があったのだが、何故か最後は二人共言いたい放題の喧嘩になってしまい、これに懲りて、父との対話は諦めた。

両親が勧めるまま金融機関へ就職したのだが、元々自らやりたい仕事ではなかった。
テラーとしてカウンターで接客することになったが、接客が嫌でしょうがなかった。やはり人と話す事が苦手だったのだ。

そこからスタートし、転職したりブランクもあったが、40年近いキャリアの中でほぼ対面の接客か電話での応対で、苦手な会話をずっと続けてきた。
その中で様々なタイプの方と話すことで、随分学んだ。
若い頃は血気盛んで、お客さんと喧嘩してしまったこともあった。

しかし、ある時から喧嘩がとても無駄なエネルギーを消費することであることに気付き、衝突をとにかく避けるようになった。
ちっぽけな事なら、我慢してしまう。
結婚してからは特に。

3月11日は東日本大震災の特集番組や関連の追悼番組などの放送が多かった。痛ましい出来事であり、忘れないためにもそういった放送がなされるのは当然だと思う。
夫は関連番組をチョイスし続け、結局一日中辛く悲しい番組が、居間という狭い空間の中で流れていた。私はいささか苦しかったが、出来るだけ新聞を読んだり、本を読んだりして、テレビを意識しないようにして耐えていた。

そして翌日、今度はロシアのウクライナ侵攻の関連番組、砲弾、銃撃の音、嘆き、泣き叫ぶ人々の声など一日中。

私の我慢にも限界が近付いていた。
いささか、気が滅入り、とうとう夫に「こんな番組ばかりかけていたら、鬱になりそうだ」と言ってみた。
すると夫は「どこをつけても似たような番組しかやってないからねえ」と、私の真意を一向にくみ取らないので、「テレビを消すという選択肢もあるよね」と率直に言ってみた。
それで、やっとテレビを一時的ではあるが消してくれた。ホッとした。

私はすぐさま、最近買ったフジコ・ヘミングが若い時に収録したラ・カンパネラのCDをかけたのだった。
曲を聞くうち、心が穏やかになっていくのを感じた。

とうとう言った。遠回しではあるが「テレビ消して」と。



コメント一覧

ポジ人
ドンマック様、コメントありがとうございます。
いつも思うんですよ。男の人っていつまでたっても少年だなあと。
そして女性もいつまでも、乙女なんですよ。
donmac-life
こんにちは。
若い頃はお互いの全てが可愛く愛おしく思えたんですけど、この歳になるとねえ、遥か昔の善き思いでとなっております。
男はいつまでも若い頃の善き思い出を忘れられずにあの時はああだった、なのに今は…
なんて、女々しいこと言っちゃうんです。
女性はそういう時期はスッパリ卒業をすると現実をしっかり生きていくんですねぇ。そういう姿を見るとなんか負けちゃったみたいで、自分が悪いとわかってるくせにすねてみたりする可愛い生き物と思ってください。
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