こんばんは。今日は神戸から更新です。ずっと観たかった(というか観るべきなのに観れていなかった)園子温監督の『冷たい熱帯魚』(YouTubeの予告編にリンクします)をようやく観れたのでその更新です。
<Story>
熱帯魚店を営んでいる社本(吹越満)と妻の関係はすでに冷え切っており、家庭は不協和音を奏でていた。ある日、彼は人当たりが良く面倒見のいい同業者の村田と知り合い、やがて親しく付き合うようになる。だが、実は村田こそが周りの人間の命を奪う連続殺人犯だと社本が気付いたときはすでに遅く、取り返しのつかない状況に陥っていた。(シネマトゥデイより)
園子温監督の最高傑作と評する方も多い本作品、Wikipediaの解説にはホラーと銘打ってありますが、幽霊の類は一切出てきません。1993年に起こった埼玉愛犬家連続殺人事件をモデルとした物語で、基本的には人間の狂気が恐ろしい映画です。なので、ホラーというよりはテラーに分類したい映画ですね。
もうグロさの極みのような映画なので、血が苦手な方は絶対に観ない方が良いです。特に死体の解体シーンはトラウマレベルでグロい。しかしその狂気性がまた本作の魅力でもあります。解体した屍肉を魚の餌にし、粉末状にした骨を山に撒くことで死体を「透明にする」村田と妻の愛子。笑顔で死体を解体するその様子はまさに狂気の極みです。そしてそれを見事に演じるでんでんと黒沢あすかの快演。思わず作品にのめり込んでしまいました。最後、黒沢あすかと吹越満の血だまりでの絡みはグロいながらも美しいです。邦画史に残る名シーンではないでしょうか。
そして何より主人公の社本を演じる吹越満がとても好きでした。小市民的性格で村田夫妻に逆らえず死体の解体をさせられるのですが、最終的にはキレて人格が変わってしまう社本。村田を殺害し、その解体を村田の妻である愛子に命じるという鬼畜ぶりを発揮します。最後家族に無理強いをして囲ませる食卓の一連のシーンも、まるで村田が乗り移ったかのように暴力的なものになっています。
ここで気になるのは、村田が発していた「お前は小さい頃のおれにそっくりだ」という言葉と、社本に瀕死状態まで追い込まれた時の「お父さんには逆らいません…」という言葉です。つまり、かつておとなしかった村田は父親からの暴力で狂気的な性格に変わってしまったと推測できます。そして、社本もまた、村田からの暴力や暴力的な言葉によって凶暴な本心を晒されてしまったのです。まさに突発的に「キレる」という感覚。このキレた感じも、まさに小心者の鬱憤がたまってキレたという印象を与える見事な演技でした。
そして、謎だったのはラストシーン。社本は死体処理場として使用していた山小屋で愛子を刺殺した後、そこに駆けつけた妻の妙子(この頃には夫に対する愛情を回復していた)を刺殺し、「生きるってことは痛いんだよ」と言いながら刃物で娘を痛めつけます。(ここでもまた「暴力で歪んでしまった者」による「暴力による更生」という構造がありますね) そんなことをしていたかと思いきや、突然自分の首に刃物を当てて自害する社本。残された娘の美津子は「やっと死んだかクソ親父」と言いながら嬉しそうに飛び跳ねるわけです。
まさかの結末で唖然としてしまいましたが、このラストシーンにはどんな意味が込められているんでしょう。娘の父親に対する憎悪が本物だったのか、それとも気が触れて笑いだしたのか、判断がつきかねるところです。ただ、構造的には村田は社本の狂気を呼び、社本は娘の狂気を呼び、という形にはなっているので、狂気の連鎖という意味にはなるのかなあと個人的には感じました。まあ、そもそも意味なんて無いのかもしれませんが。
社本の妄想する理想の家族像にタイトルクレジットが重なっているのが残酷ですね。
人間の狂気が感染していく、そういう意味ではホラー映画としても観れるのかもしれませんね。『感染』というタイトルのホラー映画もありましたし。
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