佐藤匠(tek310)の贅沢音楽貧乏生活

新潟在住の合唱指揮者・佐藤匠のブログです。

新大室内合唱団第26回定期演奏会

2007年12月15日 23時00分21秒 | 合唱

 

 土曜日、標記演奏会に行ってきました。

 

 

 会場には知った顔がいたのですが、

演奏についての意見交換はしてないので、

他の方の印象は分かりませんが、

うーん、OBだからか、良いコメントが浮かんできません(苦笑)。

行ってない人はこの日記を読んで判断するわけですからね。。。

書きにくい。。。ぜひ他の人の日記も読んで下さい。

一言で言うと、声は出てるんだけど。。。

色々な部分が”雑”なんですよね。

 

 

 なので、演奏を聴きながら考えていたことを少し。

10年前の自分です。

 

 

 大学の3,4年と、ここで学生指揮者をしました。

3年のときは武満徹作曲の「うた」より4曲、

4年の時は後藤丹作曲の「気球の上る日」より2曲。

 

 

 今年の学生指揮者を見ながら、

歌っている団員を見ながら、

10年前の自分はどうだったのか、思い出していました。

 

 

 

 4年の時の定期では、失敗をしました。

その後(今)の糧になっている出来事がありました。

振っている自分がピエロだったということです。

 

 

 3年のときは、とにかく必死でした。

演奏会直前に、学生控室で、

「tek310はどうしたいのか」と某団員に問われ、

僕が曲に対する思いを話すと、

「思ったとおりにすれば良いのに、何でカッコつけてるのか。」

といった内容のことを言われました。

 

 

 4年の時は、個人的に精神的にうまくいってなくて、

団員からどう思われていたか、全く分かりません。

それぐらい、団員とコミュニケートできていませんでした。

3年のときは、上記のようなやりとりもあり、

周りに支えられて振れた気がします。

でも、実際どう思われていたのか、、、と。

 

 

 自分で今思うのは、

あの頃はやっぱり、「分かりづらかった」なと。

あの時の自分を今見てたら、きっとやきもきするだろうと。

そんな思いで、学生指揮者や団員たちを見ていました。

周りも、何も多くのことを望んでいるわけじゃない。

ただ熱く、ただひたすらに、ただ思いを真っ直ぐぶつけていれば、

それで良かったのだと思います。

 

 

 今の僕には、

若い人たちが歯がゆいんです。

合唱に対して、もっと真っ直ぐ思いをぶつけて欲しい、

そう思っている自分がいます。

身体から何かを発してほしい、そう思います。

何も多くを望んでいないのです。ただそれさえあればいい。

あの頃の僕も、周りからすると、

きっと歯がゆかったのだろうと思います。

分かりにくくて、何を考えているのか分からない、と。

ただひたすらに、ただ愚直に、真っ直ぐ進めばよかった、

10年前の自分を思い出していました。

「スマートに」「客観的に」

それが、自分らしい在り方だと、勘違いをしていました。

 

 

 昔と比べれば

今の自分の方がまだ良いかなと、自分でも思います。

足りないものはたくさんありますが。

でも、どうなんだろう。

なんか、複雑な思いもあります。

指揮者って、孤独な生き物なのかな。。。

 


tek310のぼやき~ガソリンをぼやく~

2007年12月15日 01時51分02秒 | 日記・エッセイ・コラム

 

 ガソリンが~、

高いんだよ~。

 

 

 

 びっくりだよ~。

 

 

 

 さっき、

ガソリンを入れたんだよ~。

 

 

 

 53リットルで、

8000円近くもかかったよ~。

 

 

 

 ガソリン~、ガソリン~、ガソリン~、、、

 

 

 

 いくら唱えても増えないんだよ~。

 

 

 

 この日記も、

着地点がないよ~。。。

 


指を

2007年12月13日 23時32分27秒 | 健康・病気

 

 紙で切りました。

 

 

 職場で絆創膏をしたら、

そこから、正露丸臭がしました。

 

 

 正露丸って、すごいですね。

指が切れてしまう紙もすごいですね。

今日の日記は、最初から着地する場所が定まっていません。

だから、これでおしまい。。。

 


写真。

2007年12月12日 23時39分23秒 | 合唱

 

 Pb170181

 

 

 

 

 今回乗車したムーンライト。新宿にて。

”鉄”ではありませんよ(笑)。

 

 今回、往復で7000円。

しかも、おみやげ1000円分付きのパック。

そのおみやげ代で買ったもの。

 

 Pb200182

 

 

  

 発車が間近で、

やってたキオスクにあったのがこれだけだったんですね。。。

 

 

 教会の写真も撮ればよかったな。。。

 


合唱団LINCクリスマスコンサート(その1)

2007年12月11日 22時45分15秒 | 合唱

 

 今回、男声合唱に取り組みました。

千原英喜先生の「どちりなきりしたん」の男声版初演です。

 

 

 男声合唱は、少ししか経験がありませんでした。

実際、非常に難しいという印象でした。

当たり前のことなんですが、

各パートの音と音の間が狭いんですね。

だから、よほど注意しないとハモらない気がしました。

今回、バリトンだったんですが、

混声でのバスパートとはまったく別の作業という印象です。

つまり、混声の時は最低音部として、

高めにピッチを取って支える印象が、

男声でのバリトンは内声。

バスの上に3度でハモらせるという部分が多い、

つまり、ピッチを低めにとる印象なんですよね。

これを頭ではなく、身体で感じるのに時間がかかりました。

 

 

 でも、この「どちりなきりしたん」、

非常に素敵な作品だと思いました。

混声でも演奏してみたいです。

何故かと考えたところ、

一つ思ったことがありました。

 

 

 僕が敬愛する柴田南雄と共通項があった。

 

 

 ということです。

 どちりなきりしたんとは、

「どちりな」が”教義”の意(ドクトリンとか言いますよね)、

つまり、キリスト教の教義といった感じです。

それも、隠れキリシタンを題材としたもので、

千原先生は、色々な場所からテキストを採用しています。

このテキストの選定が、柴田南雄に共通する感じがあります。

柴田作品は、民俗芸能をそのまま取り込んでいることが

クローズアップされますが、

それと同じくらい重要なのが、柴田氏がテキストを選んで

付曲している部分です。

で、それは色々なところから探してくるのですが、

それをほぼ必ず、「日本語に訳した」ものに付曲します。

そのセレクトにおける、大きな世界観という視点、

例えば、柴田作品「宇宙について」では、

 

 はじめに宇宙は水であった 水と波だけがあった

 

 という歌詞ではじまります。ものの始まり、

世界観というか宇宙観ですね。

今回のどちりなでは、

 

 ありとせあらゆるもの いろかたちの備われるは

 それはじめなくて叶わず

 

 と始まります。キリスト教におけるものの始まり、

世界観の呈示ですね。

で、付曲の仕方も近いです。

語り口、というのが良いと思いますが、

1シラブルに1音ずつ付曲して、語る感じ。

しかも、テキストに非常に即した音楽様式を用いる点、

この辺も共通する部分があると思います。

だから、語るように歌う部分が、

楽しくて仕方ありませんでした。

個人的なツボに入るんですよね。

コンサート後の月曜火曜とも、

どちりなの歌詞が頭を巡っていました(笑)。

 

 

 作曲者の指導を受けられたのも貴重でした。

柴田作品と違う部分があるとすれば、

柴田作品の良くも悪くも頭でっかちなところに対し、

千原先生はもっとパッションを大事にされる感じがしました。

今回は現代的な教会のデザインも有り、

音に対してそういうものを求められていました。

場も含めて、非常に重要で貴重な初演になったと思います。

 

 

 明日、撮った写真(2枚だけ)をアップします。