<「鞍掛山」頂上から「渋民」方面を望む>
●出かけた日:2020年10月9日(金)
●「鞍掛山」の位置
●歩いた足跡(ログ)(道のり:6.9km)
(以上の地図:国土地理院)
(「鞍掛山」の頂上から)東側の平野部を望む。
(頂上から南東を望む)
左手奥の高い山が「早池峰山」。霞んで見えにくいが、中段に横たわる山の向こう側、右手が「盛岡」の市街地のようだ。
北寄りに目を移す。
(頂上から東を望む)
左手の尖がった端正な山は「姫神山」。とすると、その右手下の麓が「石川啄木」の誕生地「渋民」辺りか(位置図にこれらの地にマークを付けて見た)。
「渋民」からは、西に男性的な「岩手山」を、東に女性的な「姫神山」を間近に見上げる形になる。「啄木」の歌、「ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」を実感することができる。「宮沢賢治」の歌も含めて、ここから見渡す地は詩歌の宝庫である。
ところで、頂上広場の真ん中辺りにこんな石柱が立つ。
(頂上の古い石柱)
石柱には「陸軍用地」の文字が刻まれている。
左上隅に靴先が写っているオジサンに石柱のことを訊いてみる。するとオジサン曰く、「戦前、この下一帯が陸軍の演習場になっていて、陸軍の用地だった」とのこと。「鞍掛山」は演習を俯瞰するには絶好の場所なので、ここも陸軍の用地だったのだろう。現在も自衛隊の演習場があるはずだ。
遅い昼食を摂りながらしばらく休憩した後、下山開始。登って来た道を引き返し、📷007の分岐に至る。足の調子がいいようなので、少し遠回りになるがそのまま尾根道を下ることにする。
(尾根分岐からの下り道)
分岐のすぐ下は沢が入り込み、渓流になっている。その沢に下り、登り返して進む。
少し行ったところに石窯の立札がある。
📷011:石窯の跡
炭焼きの窯の跡のようだ。この後にもそれらしい窯跡があった。この辺りの木立が若いのは、炭焼きの原料として木が伐られ続けたせいだろうか。
また少し行くと、展望が効く場所がある。
📷012:「てんボうひろバ」
左端の白い看板の右手に「てんボうひろバ」と手書きされた立て札が立つ。平仮名と片仮名をまじえたのはどんな意味があるのだろう。
下の風景は「小岩井農場」の辺りか。
(その5に続く)
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