<今回のログ図(足跡)>
●歩いた日:2023年2月23日(木)
●歩いた所
・飯 詰(飯詰):南中島、藤原、南飯詰、北飯詰、水上、槻木、沓形、轌町、北中島
・境 田(飯詰):上中野町、前村、箱出
・金 沢(金沢):中関、鞍掛、稜威女、向小屋、野中、小山城、北向小屋、小杉山、寺田
・野荒町(金沢):籠林、前谷地
●歩いた位置
●歩いたログ(足跡)(道のり8.4km)
(以上の地図:国土地理院)
今回も「出川」沿いの地域で、旧「金沢村」(M30年に「金沢町」になる)に足を踏み入れました。旧「金沢村」は、明治の立村・合併で、それ以前の「金沢村」、「金沢本町村」、「金沢中野村」、「安本村」、「野荒町村」が合併して誕生した村で、昭和の合併では全体が「横手市」となりました。しかし、その直後のS33年に、北から西側に当たる地域、「金沢」と「野荒町」が「仙南村」に編入されました。地域住民の人たちが、大きな人口をかかえる「横手市」では自分たちの声が届きにくいと考えたかもしれません。
今回は、雪の晴れ間の2月下旬、旧「仙南村」に編入された地域と昔の「飯詰村」の一角を歩いてきた様子です。それでは本文に入ります。
ログ地図左手の「P」のところ、「出川」にかかる「中島2号橋」の南詰に、神社の社殿とつなげて建てられている「中島・藤原部落生活総合センター」の前が幅広く除雪されているので、そこに車を停める。車を降りて東を望むと「真昼岳」がきれいに見える。
(「南中島」から「真昼岳」を望む)
この冬の「仙北平野」は、一時的に強い寒波や大雪に見舞われたものの、全般的には雪が少なく経過した。
この日は、朝のうちは曇っていたがすぐに天気が上がり、写真のような「春近し!」の趣である。
「真昼岳」の頂上は左側のピーク。
「飯詰山」の方を目指して、「出川」沿いの道を東に向かう。少し行くと橋がある。橋の上から西を望む。
📸001:「南飯詰」の一角
赤い橋が「中島2号橋」で、その左に白く見える建物が「中島・藤原部落生活総合センター」。
「出川」の左(南)側が「南中島」、右(北)側は「北中島」。
右手奥に見える平らな屋根の大きな建物は「美郷町総合体育館リリオス」。
川左側の道を来たが、除雪はこの橋までで先に進めない。仕方がないので車のそばまで引き返して、田んぼ中の道を南に向かう。
📸002:「藤原」の一角2
雪は少なめと言っても、道路沿いには除雪されて雪が盛り上がっている。
道奥に左手に「中島・藤原部落センター」と我が愛車が見える。その奥の大きな建物は「美郷町南行政センター」。
左端に写る大きな家は旧地主のE家宅。
(②に続く)
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