ふるさと!-秋田仙北平野を歩く-

ふるさと秋田の「仙北平野」をくまなく巡り歩き、その写真とエッセイを掲載します。

★旧神岡町神宮寺を往くー1(その1)

2017年01月12日 | 旧神岡町を往く

歩いた日:2016412日(火)

●歩いた所:金葛・坊ケ沢・福島・蒲

●歩いた位置

●歩いた足跡(ログ)(道のり:6.9km

(以上の地図:国土地理院)

 今日は、この冬最大の寒波に見舞われ、私の住む「仙北平野」も終日吹雪の荒れ模様でした。幸い、強い風で道路上の雪が吹き飛ばされるので、除雪車は早朝に来たきりで、家の入口の雪寄せは、以前のブログで投稿したように、一日に何度もすることなく、朝の一回で済みました。ただ、明日は車で秋田市まで出かける用事があるので、以前のように、戻って来た時家に入れない状況にならないことを願っております。

 今回は、「旧神岡町神宮寺」です。県道67線を、「旧大曲市四ツ屋」の「松倉」から西に進んで「神宮寺」地域に入ると、県道沿いに「関口」と「金葛」の集落があります(これらの集落を歩いた記事は別の機会に投稿します)。二つの集落をあわせて「関金」とも呼ぶようですが、今回はここを通り抜け、「金葛」の西端の、集落の中を通る昔の道の脇に車を置いてスタートしました。 

 では、本文に入ります。

 車の多い新しい県道ではなく、できるだけ昔の道を歩きたい。と思って、S23年の航空写真を眺めてみると、車を置いた付近から、山裾沿いの水路(「松倉堰」という)に向かって延びる道が写っているので、その道を辿ってみることにする。

 車を止めた場所からいったん集落の方へ向かうと、大きな屋敷の家の前で西に延びる細い道があるので、左に曲がってそちらに進む。集落をはずれると、トラクターがやっと通れるほどの、田んぼ中のあぜ道になる。その道を辿って水路のほとりに出たところで振り返ったのが📷001の写真

📷001:「金葛」集落遠景

 写真中央の杉林が先ほど前を通った家の屋敷。そこから手前に延び、カーブして右端に通っている、草が生えはじめた道が今歩いて来た道。写真をよく見ると、この道の両側の田んぼには微妙な段差があるので、区画整理される時も昔の道筋がそのまま残されたのであろう。

 大きな杉林の右隣に小さな木立がある。その木立から右手に少し離れたところに止めた車が写る(よく見えないかも知れない)。

 写真を撮ったところで「松倉堰」にかかる橋を渡り、右岸を西に進む。少し行くとまた橋があるので、それを渡り返し、民家の脇を通って県道に出る。

 県道を西に進む。右手に大きな工場がある。さらに進むと集落があるので、集落の北側を東西に通る小道へ入る。

 途中、右手の高台に向かう道があるので、そこを登って高台を眺めてみる。今は田んぼのようであるが、S23年の航空写真では、広い荒れ地の中に、小屋のような建物が点在している。戦後開拓の入植地であろうか。

 高台から引返して、さらに西に進み、集落のはずれの水路脇でカメラを取り出す。 

📷002:「坊ケ沢」の道

 この辺りの地名は、ログの地図には記載されていないが、調べると「坊ケ沢」である。

 写真の水路は「松倉堰」。水路の左側、北沿いの道を歩いてきて橋を渡ったところ。 地図には載っていないが、水路の南沿いにも立派な道が通っている。

 「松倉堰」の橋を渡るとすぐ広い車道に出る。鬱蒼とした杉林の中に神社がある。入口を探して南に回り、鳥居を見ると「白籏神社」と書いてある。「地名へのいざない」によると、「坊ケ沢」の「坊」は、地元の人は、「白籏神社」の前身「薬師堂」の御坊の「坊」の意味であると云っている、とある。

(その2に続く)

 


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