10月19日(金)☀
先日の東京駅隣にある大丸12階のレストランで年一回行われた元職場のOB会での写真が送られてきた。
紙に印刷された写真を見るのは本当に久し振りである。最近の写真はすべてiPhoneかPCの上で見るだけなので、紙の写真は珍しくちょっとした違和感さえ感じたのは思いがけないことであった。
時の流れはかくも古きものを押し流し新しいものえと変えていくのか……。
時の流れを思いながら、私が漠然と「OB会」といっていた「この集まり」とは何かに思いを寄せることになった。
毎年、この日この時刻に同じ場所で行われてきたこの集まり(日や場所に特別の意味があるわけではなく、記憶力が弱くなった老人が集まりを忘れないようにという気配りから)、今回の出席者は12名、昨年と全く同じ顔触れが揃ったのは私を最年長とする後期高齢者の会としては初めてのような気がする。つまり全員がこの1年を無事元気ですごしてきたということで誠にめでたい。
私は勝手に「OB会」と称していたが、正式の名称は「〇〇の会」(〇〇は店の名)になっていることに今回初めて気が付いた。
忘れかけている遠い昔の記憶を辿ると、最初の頃は名称などない小さな集まりから始まったのであろう。やがて人数も増えて仰々しい「〇〇OB会」を名乗った時期もあったような気がする。(一番多かった時期でも10数名だったであろう。)
毎年少しづつ増減、といっても近時はほとんど「減」だがを繰り返し今日に及んでいる。
だが思うに、この年に一度、ほぼ会員全員が確実に集まってくる「会」とは一体なんだろう。OB会といっても今は元職場に絡む話など皆無で、皆の元気を確認しあいながら個人的な近況を語り合うだけの2時間ばかりの会合である。
改めて考えてみたら現会員いずれも定年退職するまで30数年同じ職域で働いてきた仲間であり、その範囲はというと、たまたま手元にあった「全国歴代〇〇名簿」を繰って分かったのは、ほとんど全員が同じポストを最後に退職していたことである。
退職後はそれぞれ第二の仕事の道を歩んだが、S君のように某大学の学長まで経験した人もいる。だが現在は全員後期高齢者、悠々自適?の生活にある)
そうだったのか。私が退職して数年後から始まったらしい集まり、だから数えてみれば少なくとも20数年続けられてきた「会合」だった。
毎年欠かすことなく往復数時間かかる東京まで出掛ける「会合」、私にとって唯一となった「〇〇の会」、来年も元気で出かけたいと思う。
(写真に添付されていた「名簿」には、この2年続けて欠席となった2名を加えて14名。このうちメール・アドレスを持つものがなんと8名。そううちの一人から写真とは別に後刻メールで画像が送られてきた。)
シャキッと座っていらっしゃるお姿を見て、うれしくなりました。さすがに皆さんからも、お元気オーラが感じられます。
このお歳で12名中8名の方がPCを使っていらっしゃるということは、元気な脳のためには「そのような生活」が必要ということですよね。
これからも、PC生活をお楽しみください!
老いの進行を、お教え下さった呆け防止の知恵を参考にそれなりにいろいろな手立てを講じて少しでも遅らせる努力をしてますが、なかなか……。