「食」の安全保障をどう回復するか <不許無断転載、転用>
―中国側が幕引きを図る中国製餃子へのメタミドホス混入事件―
日本各地で中国製ギョーザを食べ、中毒症状が多数出たが、日本側の関係団体及び保健所や警察当局の検査では、中国で一般的に使われている殺虫剤メタミドホスなどが検出されており、密封された袋の内側でより強い反応が見られていることから、中国での製造、包装段階で混入された可能性が強いと見られている。
千葉県では強い中毒症状で子供の入院者が出たところであり、食の「安全」に係わることであるので、日中双方で客観的に原因が解明され、一日も早く消費者の安全のための対応策が講じられることが望まれる。
1、中国側は事実上捜査終結か
この問題に関しては、日本側が関係省庁の担当者を中国に派遣し、製造元の「天洋食品」(中国河北省石家荘)の工場も視察している。 同調査団は、内閣府国民生活局消費者企画課を中心に、内閣府、厚生労働省、外務省、農林水産省の職員4人で構成され、2月5日、中国側検疫、輸出入当局、工場側代表とそれぞれ意見交換の後、工場内の包装現場、冷蔵庫、生産現場などを視察した。この時点では、中国側での「故意の混入」として犯罪性が確認できる段階ではなかったこともあり、警察当局は参加していなかった。中国の通信社新華社は、視察後の日本政府調査団の印象として、「製造現場は清潔で管理も行き届いており、異常はなかった」と表明した旨伝えている。
しかし、日本側での検査が進むにつれて、密封された袋の中で異常に濃度の高いメタミドホスが検出されるなど人為的な混入の可能性もあることが日本側で報道されるようになり、中国側より公安部刑事偵査局幹部(余新民副局長他)が訪日した(2月21、22日)。また、日本側より警察庁幹部(安藤隆春次長他)が訪中し(同25日)、捜査状況等につき意見や情報の交換をするなど、真相解明に向けての日中間の協力に期待が掛けられていた。
ところが、中国当局(河北省出入境検査検疫局、公安当局など)が2月15日に製造元「天洋食品」の工場の全工程を内外の報道陣に初めて公開した際、底夢路工場長が記者会見し、このメタミドホス混入事件については「われわれこそが最大の被害者だ」と語気を強めて訴えた。直接の被害者は、ギョーザを食べて中毒被害を受けた消費者であり、製造側は、故意か過失かは別として、消費者に対し製造、出荷における管理責任がある。製造会社側も結果的に経済面での被害者と言えなくもないが、事件の真相が明らかになっていないだけに、責任ある発言とは思われない。メデイア等に公開された工場内部も、事件が表面化してから2週間以上も経っており、きれいな状態となっていた。
更に、日本の警察当局とも協議した公安省刑事偵査局余新民副局長は、2月28日、国家品質監督検査検疫総局(魏伝忠・副局長)と共同で北京において記者会見したその中で、品質監督検査検疫総局副局長は、今回の日本での事件について「残留農薬によって引き起こされた食品安全事件ではなく、人為的な混入による突発事件だ。毒物が中国国内で混入された可能性は非常に小さい」旨述べた。また、公安部刑事捜査局の余副局長は、「調査結果によると、天洋食品工場の生産管理は厳格で、全従業員が許可証を持って職場に入る仕組みが取られている」
とすると共に、専門の検査員も配置されているとし「強烈な臭いのするメタミドホスを持ち込むのは無理だ。持ち込みに成功したとしても、ギョーザの加工プロセスは簡単で、監視カメラもあり、生産現場で毒物を混入するのは難しい。輸出用のギョーザはコンテナに詰められ、鉛の封をされた上で、工場から出荷される。日本側が受け取って封を開けるまで異常は見つからなかった。メタミドホスの混入が中国国内で行われた可能性は非常に小さい」と述べた(2月29日付人民日報電子版)。
中国側としては、食品輸出や8月に開催される北京オリンピックなどへの影響も考慮しつつ、「残留農薬によって引き起こされた食品安全事件ではない」ことを強調し、また、中国側での混入の可能性を否定したが、他方で「人為的な混入による突発事件」だとして中国側も事件性、犯罪性を認めている形となったことは注目に値する。
日本の警察当局は、日中捜査当局間で意見交換した後での一方的な記者会見であり、困惑している趣だ。3月2日より来日予定であった国家品質監督検査検疫総局長(李長江氏)の来日も「日程の都合」で延期された。と言うより、中国側としてはこの段階での訪日は必要なしと判断したのであろう。
そして3月2日、製造元「天洋食品」の従業員が工場に入り清掃などが始められ、翌3日午前には従業員約300人が出勤したと報じられたが、他方で、従業員は郷里に帰還させられているとの報道がなされている。
工場や帰郷した従業員の居所などの物的証拠は「掃除」され、製造当日に出勤していた従業員も姿を消すことになる。要するに、物的証拠も人的証拠もなくなったということである。これらの一連の措置は、中国において、治安維持、毒物取り締まり、捜査などに強い権限を有する公安当局も了承していることと思われるので、事実上の捜査の店じまいを意味する。何を言っても今後は調べようがないのである。「真実」なるものがあるとすれば、公安当局だけが知っていることになるが、既に中国国内での有害物質混入の「可能性は極めて小さい」と公表しているので、これが変更されることはまずないと言えよう。中国側については、ケース・クローズトで、闇の中となる恐れが強い。公安部は、日本の国家公安委員会と警察庁を合わせたような強い権限を持ち、民主化活動家や外交官を含む外国人の活動なども監視している。農村と都市の間など、国民の自由な住居移動を認めておらず、警察が許認可権を握っているので、「天洋食品」の工場従業員が郷里の帰還されたのも公安部の「許可」の下で行われたと見られる。今後、日中の捜査当局間で情報交換等がなされようが、中国側は基本的に上記の姿勢に終始するものと見られる。
残るは輸送中の船内か日本到着後の通関、流通過程の問題となるが、日本側当局は、袋の内部により強い毒性が検出されている事実と日本では使用されていない有害物質(メタミドホス)に着目しており、類似犯的なケースを除き、国内捜査だけでは真相は解明出来そうにない。
2、不可避となった日本側での「食の安全」の確保措置
3月5日、中国の全国人民代表大会(全人代、日本の国会に当たる)が北京で開幕され、冒頭で温家宝首相が政府活動報告を行った。その中で同首相は「食の安全」問題に触れ、食品・医薬品など約7,700品目に関する安全基準の設定や修正などの強化策を提示し、品質安全対策を省エネや環境保護と共に今年の重点目標として打ち出したことは評価される。
2月29日、中国通信社「新華社」によると、国務院法制弁公室が、政府のホームページ上で「危険化学薬品安全管理条例(草案)」を公表した。農薬以外の劇薬類に関して、個人の購入を禁じ、許可証のない企業又は個人が購入した場合には罰金を課すとされている。現状では出回っていることを意味すると共に、農薬は対象になっていないことを意味している。
しかし、これは逆に、日本など先進工業国で禁止や規制されている毒物、劇薬類などの有害物質が中国では広く出回っていることを意味している。日本も戦後徐々に規制を強化して来ているところであり、発展段階の遅れている中国においては仕方がないこととも思われるが、中国が多くの分野で未だ国際基準に達していないことを十分に認識し、対応を考える必要があろう。
注意を要するのは、既に問題となったやせ薬や栄養補助製品などのほか、昨年3月米国で問題となったペット・フードや飼育用の餌、玩具(塗料、着色染料)やうなぎを含む魚類・肉類、加工食品類から生鮮野菜類に至るまで、有害物質の検出は広範に亘っている。特に食料については、ねぎ、大根その他多くの生鮮野菜から剥き身のさといも、紅茶まで、驚くほど多くの中国産食物類が出回っている。それでも、それらの多くは中国産、中国製と表示されているので識別が可能だ。しかし、加工食品の一部として入っているものは表示がない場合が多いし、食堂等で出される食材については、何処産のものかなどはいちいち聞かない。
昨年などを例にとっても、日本や欧米で問題となった食物類他は別表(末尾、ネット上では省略)の通りであり、可なりの数に上っている。
その上、今回の中国製ギョーザ中毒事件は、中国側も認めている通り何らかの「人為的な事件」、即ち故意の混入、犯罪の可能性も排除されないので、輸入品を含め「食の安全」をどう確保して行くかは深刻な問題だ。真相解明がこのような事件を抑止する基礎となるが、中国側公安当局の対応を見ると、中国側での混入の可能性を否定しており、真相解明への公正な姿勢と日本側捜査当局との協力への意思は感じられない。今後、同じような事件が繰り返される可能性は排除されない。最悪な場合を考えると、「食の安全」以上に国としての危機管理上もこのような事件を水際でチェックする体制も必要となって来よう。中国他とのこの面での協力関係は別途進めるとしても、当面、「食の安全」は、日本側が確保して行くことに重点を置かざるを得ないところであり、次の点が重要となろう。
(1)消費者の産地確認と「食の安全」への留意
消費者は、最終犠牲者となるので、購入に際しては生産地、製造地を確認すると共に、加工品についても材料ごとの生産地を確認することが重要だ。
また、購入した商品に異常を見つけた場合には、迅速に買った商店や保健所(病院に掛かる場合には病院)に申し出ることが、被害拡大を防ぐ上で重要となる。但し、過剰、過敏な反応は、時として物事を不必要に混乱させる恐れもあるので、冷静な対応が望まれる。
(2)輸入元、流通元の「安全確認」措置
消費者に被害者が出れば、まず輸入元や流通元の責任が問われるので、市場に出す前に十分な検査体制が必要だ。中国などで直接生産(合弁など)や委託生産をしている場合はもとよりであるが、完成品輸入の場合でも、生産工場からの出荷時点や必要に応じて船積み時点での製品検査の体制を整備して置く必要が高まったと言えよう。
同時に、検査の対象も食中毒の原因となる細菌やウイルス類だけではなく、化学物質を含む毒物、有害物質、及びその他異物なども対象としなくてはならない。
各企業や企業グループが各々行うことが確実であるが、国内に入った輸入食物類などについては、取り扱っている流通チェーンやグループなどと協力して、食品類検査協会などの検査機構を整備して行くのも一案であろう。しかし、被害が出たときの第一義的な責任は、輸入元、流通元になるので、異常や被害が出た場合の連絡体制や場合により被害が出た場合の保険体制などが中心的な機能となるのではなかろうか。
中国製冷凍ギョーザによる中毒事件に対応し、日本たばこ産業(JTフーズ)は、3月4日、再発防止のための安全管理体制強化策として、次のような措置を発表した。
1)国内と中国に検査センターを設置。
2)検査の範囲を農薬や抗生物質、重金属に拡大。
3)苦情に対する徹底的な調査と迅速な自主回収。
4)製造工場の年2回の定期監査と抜き打ち監査。
5)中期的に生産委託を順次廃止し、自社グループに集約など。
JTフーズのみでなく、中国他の途上国よりの食物他の輸入品について、輸入業者及び流通業者の対応が望まれる。食物等は、安いだけでは「商品」になじまず、製品の「安全」が確保されて始めて適正な「商品」になると言えよう。そのために若干の費用が掛かっても、「安全」が確保されることが不可欠だ。
(3)輸入時等における国等の検査体制の整備と問題製品の迅速な周知
国や地方公共団体としても、輸入食物類の検査体制を更に整備する必要があろう。
また、輸出地での検査体制を構築して行くことが効果的であるので、中国等、輸出国政府と協議し、この面での協力体制を構築すると共に、可能な措置をとることが望まれる。
今回のギョーウザ製品のメタミドホス混入事件については、真相究明が十分に行われ、原因が突き止められない場合には、原因が判明するか、日中双方で検査体制の整備が十分に行われるまでの間、有害物質の規制の観点から、「天洋食品」製品やその他問題となっている関連製品の輸入を中断する措置を検討して良いのであろう。
また、病院や保健所等で被害事件や異常が申し出られた場合に、都道府県や国の機関に迅速に伝達する体制を再点検して置くことが不可欠だ。問題は、食品や玩具などの輸入品や場合により日本製品につき、中毒や発症等が発生し、有害物質やウイルス等の混入の恐れがある場合、地域レベルでは保健所のほか、国レベルでは厚労省、農水省、経産省、警察(犯罪性がある場合)など、所掌が縦割りで細分化していることから、何処に通報すべきか、また、通報された部局が迅速にその他の関係部局に連絡し、対応を取るシステムの構築が不可欠であろう。組織的な行動や国際テロの活動などの可能性が予想される場合には、国レベルの緊急体制を取る必要も考慮して置くべきであろう。
日本国内で起きた一連の食品偽装事件や今回の事件を踏まえて、政府としても「消費者庁」を設置し、縦割りで分りにくい「食の安全」を含む消費者保護に一元的に取り組むことが検討されている。考え方としては評価されるところであるが、重要なことは危機管理と同様、問題が発生した場合、問題の種類やなま物か加工食品かなどに拘わらず、通報を受ける窓口の一本化とその情報を判断出来る部局に迅速に伝えるシステムを構築することである。
また、中長期的には、日本国内での農業生産のあり方が問われなくてはならない。「水田」が農地を維持する上で最適であるとしても、お米の需要が低下する中で、一方で米価を維持するために食管制度で補助し、他方で「減反」させるために補助金等を出し、休耕地があるにも拘らず、外食産業からスーパーマーケットなどの個人消費用に至るまで、多種多様な農作物等を海外から輸入するという体制は、経済的にも食料の安全保障上も望ましいことではない。日本農業の国際競争力を向上させ、輸入もするが輸出もするというシステムを構築して行くこと必要であろう。そのような努力をしている農家や花生産業者などが出始めている。(08.03.11.) (Copy Right Reserved)