シャーマンの呼吸

自然と人を繋ぐ

シャーマンの弟子

『オキシトシン』 第二話

2024-05-12 00:00:00 | オキシトシン

 

 

 

淡い緑色のカーテン。

 

タレ目。

見れば見るほど、タレ目だ。

だからといって、柔らかい印象かといえば、そう単純でもない。

眉毛がキリッとしているせいかな。

その凛々しさと、目尻の甘やかさ……絶妙に兼ね備えている。

 

ウッカリ、手を伸ばした。

彼の眉毛。

「……え、なに。」

無心に、指でなぞる。

「……なにしてんの。」

「まゆげ、みてる。」

「え、はずいんだけど。」

「人間の神秘を感じる。」

「ちょ、まじ、やめてよ。」

「うん。」

「やめてよー。」

「うん。」

わたしは、艶やかな眉毛に夢中で、見逃した。あなたの赤くなっていく耳を。

 

「……仕返しだ!」

 

彼の指が、目前に迫る。

ギュッと目をつむった。

ふわり。

眉間に、羽にくすぐられるような感触。

眉毛をクリクリ撫でられている。

「や、やーだ、めっちゃはずい!」

彼の気持ちがよーく分かった。

 

眉毛なんて、ダメだ。

遠目から見て整ってたらいい部分。

間近で見んな、ばか。

 

 

 

 

 

 

空の白い光。

 

繋いだ手。

緩む歩調。

 

お互いの腕がこすれて、ちょっと近すぎる。

 

あなたは、甘やかし上手。

いや、意外と甘え上手なのかもしれない。

 

「今俺のこと考えてたっしょ。」

「……べつにぃ。」

「俺のこと考えろしぃ。」

 

ヘソを曲げたように、ぶつかってくるあなた。

拗ねているのか。

それとも、拗ねる演技をしているのか。

はたまた、本気で拗ねていることを隠すために、わざと拗ねる演技をしているのか。

 

どれもあり得そうで、底が知れない。

 

「なぁ、今何考えてんの?」

「……べつにぃ。」

「絶対俺のことじゃん。」

「べつにぃ!」

 

 

 

 

 

 

小さな星空の煌めき。

 

「なぁ。」

「なに?」

「なんでそんなに『ヒト』を避けるの?」

「人間が嫌いだから。」

「……俺のことは?」

「あなたは特別。」

「どうして俺だけ特別なの?」

 

「どうしてそんなひどいことを聞くの。」

 

 

 

……あとになって思えば、他愛ない会話だった。むしろ、「あなたは特別」という、とても素敵な話題だったかもしれない。

 

だけど、責められたように感じた。

暗に「人を好きになりなよ」って、叱られた気がした。

 

わたしがどうして人間を嫌いなのか、知らないくせに。

 

そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

あなただけは、特別。

本当は居ないから。

 

イマジナリー彼氏だから。

 


 

 

藍色の遮光カーテン。

 

「俺、居るけど。」

「……居るね。」

 

彼は怒っていた。

 

「俺、エスパーじゃないからさ。言ってくんなきゃわかんねぇよ。」

 

こういうのが、嫌。

 

こういうのが嫌で、わたしは人を避けている。

 

仲直りの仕方なんて、知らない。

分かり合う方法なんて、知らない。

 

こんなのは喧嘩にも満たない行き違いだ。それは理解できる。もしも、わたしが普通の女だったら、……すぐ水に流せるのだろう。

そうして記憶の片隅に葬られる。

きっと明日には何事もなかったように『仲良し』に戻れるのだろう。

 

だけど、わたしは、そうじゃない……。

 

「俺が居るのに、他のこと考えないでよ。」

「自分のことを考えて何が悪いの。」

「そうやって一人だけで考えてんなよ。」

「あなたには関係ないじゃない。」

「……関係なくないだろ。」

 

わたしは、彼の怒りが増したのだと思った。

けれど、離れていくどころか、近づいてくる。

 

「どうしても話せねぇことなの?」

「……どうしてもじゃない。」

 

スパッと捨てられないことに、安堵した。

 

話すことは、きっとできる。

自分自身の中で整理し続けてきた感情だから。

とても深く時間をかけてきたことだから。

 

視線を上げれば、あなたは、なぜか笑っていた。

そして、パソコンを用意し始める。

「たぶん、この雰囲気で話したら、すっげぇシリアスになんじゃん。だから、カワイイ映画でも見ながら話そうぜ。」

 

建前の感情は、「優しいな」だった。

正直なところ、「バカっぽいな」と思ってしまった。

でも、そうしてヘンテコになった空気感は、悪くなかった。

 

わざわざ『劇場版ツブアンマン』を購入してくれている。

ダウンロードを待つ時間が、とても間の抜けたものになって、これから話すことがそんなに重たい過去じゃないような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

流れてゆく雲。

 

手を繋いで歩く。

なにげない感じで、握り返した。

そして気づく。

あなたの手を、初めて握り返したことに。

 

「ねぇ、今、あなたのこと考えてる。」

 

 

わたしは、忘れることがないだろう。

このときの彼の表情を。

 

 

 

 

 

 

改造バイクが唸りを上げて通り過ぎる。

いい気分が台無しになった。

 

形を変えてゆく雲。

風に揺れる草の声。

 

「世界は、汚くて、うるさくて、身勝手で、……でも、美しいね。」

 

「俺も、そう思う。世界は、汚くて、うるさくて、身勝手で、……でも、美しい。」

 

小鳥のおしゃべり。

川のせせらぎ。

 

「なぁ、こういう気持ちをなんて言うか、知ってるか?」

 

「え?」

 

「汚くてうるさくて身勝手で、……でも、世界は美しい。こーゆー気持ちのコト。」

 

「この気持ちの、名前?」

 

「そう。」

 

「なに?」

 

「『世界を愛してる』って言うんだぜ。」

 

「……世界を愛してる……。」

 

「たとえ君が、『人間を愛せない』と思っていたとしても。」

 

「……。」

 

「ちゃんと世界を愛してるんだよ。」

 

 

 

 

 

 

もっと、一緒にいたい。

もっとさくさん、あなたと遊びたい。

 

あなたが居るだけで、それだけでいい。

 

 

 

 

 

 

ゴロゴロする午後。

 

「わたし、とても大事なことを思い出した。」

「え、なに?」

「あなた、7年前に死んでるの。」

「……おぉ?」

 

「……。」

「……。」

 

「あまり驚いてない?」

「いや、驚いてるよ。」

「そう?」

「……でも、なんも変わんねぇかな、って。」

「え?」

「俺は、イマジナリーだろうが、ユーレイだろうが、君の彼氏だから。」

 

奇妙なはずなのに、嘘はどこにもなかった。

 

「だからさ、なんも変わんねぇかな、って。」

「たくましいね。」

「褒めてもらえてうれしい。」

 

じゃれてくる彼の頭を撫でまわす。

 

わたしたちは、笑った。

 

 

 

ーーー続く

 

 

 



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