【その47 ついに導入!空手の「突き蹴り」】
初代逮捕術に関する今一つの特徴は「空手の技」が正式導入されたこと。
「なんだそんなの、当たり前じゃないか」と思うかもしれませんが、古い柔術の当身と空手の突きは、シロウト目には似ているようでも、まるで違う術理に基づく、まるっきり違うもの。
これまで「警視庁柔道基本 捕手の形」など、警察の制圧術に使用されていた当身は全て柔術式であったところ、「初代」以後、逮捕術における打突は完全に空手テイストのものとなり、柔術式の当身は完全消滅しました。
これは、今も昔も「柔道」と「剣道」だけで人脈が形成されているわが国警察組織にあって非常に珍しい出来事であり、わが国の武道史研究家は、どうしてこのことをちゃんと調べて取り上げないのか?とワタクシは常々不思議に思っていますが、それはさておき、初代逮捕術のどこにどう、空手が取り入れられていったのかを具体的に見ていきたいと思います。
まずは【その46】のおさらいになりますが、基本技として「突き蹴り」が採用されます。
突きは前突・前進順突・前進逆突の3種類、蹴りは横けり・前けり・膝けり・踏付の4種類。ちなみに、突きは現在「前突き」のみ現存、蹴りについては名称や内容がだいぶ改編されており、当時の名称・内容のまま現存しているのは「踏付」のみとなります。
このうち、即座に空手由来と断定できるのは「突き」。
初代逮捕術における「前突き」の、右で突く場合の要領はこうです(カッコ内以外は原文ママ)。
①(左手を握って前に掲げた後)右手はひぢを屈げ掌を上に向けてこぶしをつくり、体側に沿い充分後ろに引いて身構える
②(前に掲げた)左こぶしを外旋しつつ体側に強く引きつけ(相手を引きつける気持ち)ると共に右こぶしを内旋しつつ上体を崩すことなく腰を入れ体全体を利用して前方を突く
実は上記のような、引手を取って捻りを加え、フィニッシュのときに手の甲が上に来る突き方は空手独特のものであり、また、拳の握り方も「四指を深くたたみこみ拇先の先(原文ママ)を人差指の第二指節骨にかけて強く握る。四指の第一節は手の甲と直角にすること」とあります、
この握りで相手に突きを当てれば、拳の主要ヒットポイントは人差し指と中指の拳頭になります。古流柔術はこの部位を当てる当身を一切しませんので、これまた空手独特のものです。
また、「順突」の解説にある「…体重を前足にかけ、前足を少し曲げ後ろ足はかがとを浮かさぬこと」のうち、「(前屈立ちで)かがとを浮かさぬ」という足の作りも同様に、空手独自のものです。
古流柔術の当身は空手と違い、中指、又は人差指を曲げて突出させ、その関節部分を用いて打ち込む「一本拳」が主流で、しかもこれを、手甲を下に向けた状態、あるいは縦拳で打ち込みます。引手も取りません。
また、当時の空手では既に確立されていた各種の「●●立ち」と呼ばれる、突きを有効に打つためのスタンスも、柔術にはありません。さらに言えば、柔術の当身は「上達方法」がほとんど整備されておらず、施術者個々人の才能や練習量に丸投げされていることがほとんどです。
こうなった原因はもともと古流柔術の当身が、武器を使えない超接近戦での「ビックリ技」という位置づけの技であり、当身による一撃必倒を全く目指していなかったため。
そのため柔術の当身は、窮屈な態勢からでも素早く技が出せるというメリットがあるいっぽう、射程距離が短いうえ「手打ち」になりやすく、また、スタンスやフォームを固めるための段階的トレーニング方法が何もないため、個々人の練度にムラが出やすいという欠点があります。
(「警視庁柔道基本 捕手の形」のプロトタイプとなった「講道館柔道 極の形」の当身をYoutubeなどでご覧いただきますと、最小公倍数的な柔術系の当身やそのデメリットが、とてもよくわかります)
以下は完全に推察の域を出ませんが、警察が制圧術技として空手の突き蹴りを正式導入し、これまでの柔術的当身を排した理由はまず、警察が制圧を行う第一仮想敵が使用する格闘技が、ボクシング・空手といった当身主体の格闘技であり、それを制するためには、固め技のオマケでしかなく、威力やリーチに問題が多い柔術の打撃は「威力不足」と判断されたこと。
いまひとつは、段階的な上達が難しい柔術の当身と違い、空手の突きは、正しいやり方さえ守れば、万人がそれなりの腕に達することができるものであった、ということでしょう。
ちなみに「初代」に書かれた突きの目的や作用ですが、なかなかスゴいことが書かれています。
「当(あて。要するに突き・当身のこと)の目的は相手の局部を打突けり等して神経の末端又は中枢に衝動を与え脳しんとう、局部のまひ、けいれん及び呼吸、血行の不調もしくは骨折、脱臼等を起こさせその機能を一時阻害し、抵抗力を制圧するにある」
…そんなにスゴい突きを打てる人なんて、おそらく各時代に数名程度しかいませんし、警察学校の逮捕術授業程度の練度で、そうした突きは絶対に会得できませんが(;^ω^)…まあこれは、終戦直後当時における「空手というものに対する一般人の認識」を裏付ける貴重な一次資料、と受け取っておけばいいのではないでしょうか。
つぎに、蹴り技について。
「前けり」「踏付」は特に解説不要なのですが、「横けり」と「ひざけり」は、こんにち同じ名前で行われている技とは全く趣を異にしますので、注意が必要です。
「横けり」は、「右(左)ももを充分にあげ、かがとを尻の近くまでもってきて足先を反らし右(左)足先で相手のひざ又はももをけり」といったもので、現在形式の「横蹴り」というより、「ジャブ的な関節蹴り」のようになっています。
「ひざけり」は、現在の我々が思い描く姿とはずいぶん違っており、
「右(左)ももを上げつつ右(左)足裏を左右膝の内側に挙げると同時に右(左)足外側で相手のひざ(すね)を踏み折るようにしてけり…」
現代の我々が思い描く膝蹴りとは膝を曲げて、曲げた膝関節の頭を相手の腹部などに当てるというものですが、これは膝関節を蹴っ飛ばす技、つまり現在でいえば「関節蹴りの仲間」ということになります。
なお、「初代」の基本となる蹴り技には現代の「膝蹴り」、逮捕術の世界でいう「ひざ当」(現行逮捕術表記では「ひざ当て」)が存在しません。
「ひざ当」が基本技から外された理由ですが、まずは他の蹴り技に較べて習得が容易であり、特段、練習するほどのことでもないと判断されたことが考えられます。
これを裏付けるように、基本技にないはずの「ひざ当」が、応用技においてチョロチョロ登場(「抱付浮腰」「後えり捕ひざ当」など)しており、「別にこんなもの、基本技として練習しなくてもいいじゃん」という雰囲気が見て取れます。
現在の逮捕術は、「構え」「防御技」「打撃技「制圧技」「捜検連行施錠」と5つのカテゴリ―に分かれていますが、「初代」は「基本技」「応用技」の2つだけであり、しかもその定義が、基本技については「練習しないと習得できない技」、応用技については基本技にプラス「わざわざ基本技として練習しなくても、できるだろう」と踏んだ技をいくつか組み合わせ、複合させたものとなっており、この点がずいぶん、現代逮捕術と趣を異にします。
それもこれも、「少しでも早く強くならないとヤバい」という当時の社会情勢がそうさせたのですが、それはさておき。
そうした「練習しなくてもできるだろ」認定された技には、「ひざ当」のほか「裏拳」「ひぢ当」などがありますが…人に当てて効かせることのできる「裏拳」はさすがに、単体での反復練習が必要なんじゃないかと、空手経験者のワタクシは愚考しちゃたりします(;'∀')。
ともあれ、警察の正式な制圧技能に「空手の突き蹴り」が正式導入されたことは、明治21(1888)年に「警視庁柔術之形」が導入されて以降、約40年にも亘ってすべてが柔術・柔道一色に塗りつぶされていた警察武道界における、ビッグすぎるイノベーションでした。
繰り返しになりますが、巷間のご立派なる研究家どもは、なぜこのイノベーションをもっと大きく取り上げないのか、深掘りしないのかということを、ワタクシは常々不思議に思っています。
初代逮捕術に関する今一つの特徴は「空手の技」が正式導入されたこと。
「なんだそんなの、当たり前じゃないか」と思うかもしれませんが、古い柔術の当身と空手の突きは、シロウト目には似ているようでも、まるで違う術理に基づく、まるっきり違うもの。
これまで「警視庁柔道基本 捕手の形」など、警察の制圧術に使用されていた当身は全て柔術式であったところ、「初代」以後、逮捕術における打突は完全に空手テイストのものとなり、柔術式の当身は完全消滅しました。
これは、今も昔も「柔道」と「剣道」だけで人脈が形成されているわが国警察組織にあって非常に珍しい出来事であり、わが国の武道史研究家は、どうしてこのことをちゃんと調べて取り上げないのか?とワタクシは常々不思議に思っていますが、それはさておき、初代逮捕術のどこにどう、空手が取り入れられていったのかを具体的に見ていきたいと思います。
まずは【その46】のおさらいになりますが、基本技として「突き蹴り」が採用されます。
突きは前突・前進順突・前進逆突の3種類、蹴りは横けり・前けり・膝けり・踏付の4種類。ちなみに、突きは現在「前突き」のみ現存、蹴りについては名称や内容がだいぶ改編されており、当時の名称・内容のまま現存しているのは「踏付」のみとなります。
このうち、即座に空手由来と断定できるのは「突き」。
初代逮捕術における「前突き」の、右で突く場合の要領はこうです(カッコ内以外は原文ママ)。
①(左手を握って前に掲げた後)右手はひぢを屈げ掌を上に向けてこぶしをつくり、体側に沿い充分後ろに引いて身構える
②(前に掲げた)左こぶしを外旋しつつ体側に強く引きつけ(相手を引きつける気持ち)ると共に右こぶしを内旋しつつ上体を崩すことなく腰を入れ体全体を利用して前方を突く
実は上記のような、引手を取って捻りを加え、フィニッシュのときに手の甲が上に来る突き方は空手独特のものであり、また、拳の握り方も「四指を深くたたみこみ拇先の先(原文ママ)を人差指の第二指節骨にかけて強く握る。四指の第一節は手の甲と直角にすること」とあります、
この握りで相手に突きを当てれば、拳の主要ヒットポイントは人差し指と中指の拳頭になります。古流柔術はこの部位を当てる当身を一切しませんので、これまた空手独特のものです。
また、「順突」の解説にある「…体重を前足にかけ、前足を少し曲げ後ろ足はかがとを浮かさぬこと」のうち、「(前屈立ちで)かがとを浮かさぬ」という足の作りも同様に、空手独自のものです。
古流柔術の当身は空手と違い、中指、又は人差指を曲げて突出させ、その関節部分を用いて打ち込む「一本拳」が主流で、しかもこれを、手甲を下に向けた状態、あるいは縦拳で打ち込みます。引手も取りません。
また、当時の空手では既に確立されていた各種の「●●立ち」と呼ばれる、突きを有効に打つためのスタンスも、柔術にはありません。さらに言えば、柔術の当身は「上達方法」がほとんど整備されておらず、施術者個々人の才能や練習量に丸投げされていることがほとんどです。
こうなった原因はもともと古流柔術の当身が、武器を使えない超接近戦での「ビックリ技」という位置づけの技であり、当身による一撃必倒を全く目指していなかったため。
そのため柔術の当身は、窮屈な態勢からでも素早く技が出せるというメリットがあるいっぽう、射程距離が短いうえ「手打ち」になりやすく、また、スタンスやフォームを固めるための段階的トレーニング方法が何もないため、個々人の練度にムラが出やすいという欠点があります。
(「警視庁柔道基本 捕手の形」のプロトタイプとなった「講道館柔道 極の形」の当身をYoutubeなどでご覧いただきますと、最小公倍数的な柔術系の当身やそのデメリットが、とてもよくわかります)
以下は完全に推察の域を出ませんが、警察が制圧術技として空手の突き蹴りを正式導入し、これまでの柔術的当身を排した理由はまず、警察が制圧を行う第一仮想敵が使用する格闘技が、ボクシング・空手といった当身主体の格闘技であり、それを制するためには、固め技のオマケでしかなく、威力やリーチに問題が多い柔術の打撃は「威力不足」と判断されたこと。
いまひとつは、段階的な上達が難しい柔術の当身と違い、空手の突きは、正しいやり方さえ守れば、万人がそれなりの腕に達することができるものであった、ということでしょう。
ちなみに「初代」に書かれた突きの目的や作用ですが、なかなかスゴいことが書かれています。
「当(あて。要するに突き・当身のこと)の目的は相手の局部を打突けり等して神経の末端又は中枢に衝動を与え脳しんとう、局部のまひ、けいれん及び呼吸、血行の不調もしくは骨折、脱臼等を起こさせその機能を一時阻害し、抵抗力を制圧するにある」
…そんなにスゴい突きを打てる人なんて、おそらく各時代に数名程度しかいませんし、警察学校の逮捕術授業程度の練度で、そうした突きは絶対に会得できませんが(;^ω^)…まあこれは、終戦直後当時における「空手というものに対する一般人の認識」を裏付ける貴重な一次資料、と受け取っておけばいいのではないでしょうか。
つぎに、蹴り技について。
「前けり」「踏付」は特に解説不要なのですが、「横けり」と「ひざけり」は、こんにち同じ名前で行われている技とは全く趣を異にしますので、注意が必要です。
「横けり」は、「右(左)ももを充分にあげ、かがとを尻の近くまでもってきて足先を反らし右(左)足先で相手のひざ又はももをけり」といったもので、現在形式の「横蹴り」というより、「ジャブ的な関節蹴り」のようになっています。
「ひざけり」は、現在の我々が思い描く姿とはずいぶん違っており、
「右(左)ももを上げつつ右(左)足裏を左右膝の内側に挙げると同時に右(左)足外側で相手のひざ(すね)を踏み折るようにしてけり…」
現代の我々が思い描く膝蹴りとは膝を曲げて、曲げた膝関節の頭を相手の腹部などに当てるというものですが、これは膝関節を蹴っ飛ばす技、つまり現在でいえば「関節蹴りの仲間」ということになります。
なお、「初代」の基本となる蹴り技には現代の「膝蹴り」、逮捕術の世界でいう「ひざ当」(現行逮捕術表記では「ひざ当て」)が存在しません。
「ひざ当」が基本技から外された理由ですが、まずは他の蹴り技に較べて習得が容易であり、特段、練習するほどのことでもないと判断されたことが考えられます。
これを裏付けるように、基本技にないはずの「ひざ当」が、応用技においてチョロチョロ登場(「抱付浮腰」「後えり捕ひざ当」など)しており、「別にこんなもの、基本技として練習しなくてもいいじゃん」という雰囲気が見て取れます。
現在の逮捕術は、「構え」「防御技」「打撃技「制圧技」「捜検連行施錠」と5つのカテゴリ―に分かれていますが、「初代」は「基本技」「応用技」の2つだけであり、しかもその定義が、基本技については「練習しないと習得できない技」、応用技については基本技にプラス「わざわざ基本技として練習しなくても、できるだろう」と踏んだ技をいくつか組み合わせ、複合させたものとなっており、この点がずいぶん、現代逮捕術と趣を異にします。
それもこれも、「少しでも早く強くならないとヤバい」という当時の社会情勢がそうさせたのですが、それはさておき。
そうした「練習しなくてもできるだろ」認定された技には、「ひざ当」のほか「裏拳」「ひぢ当」などがありますが…人に当てて効かせることのできる「裏拳」はさすがに、単体での反復練習が必要なんじゃないかと、空手経験者のワタクシは愚考しちゃたりします(;'∀')。
ともあれ、警察の正式な制圧技能に「空手の突き蹴り」が正式導入されたことは、明治21(1888)年に「警視庁柔術之形」が導入されて以降、約40年にも亘ってすべてが柔術・柔道一色に塗りつぶされていた警察武道界における、ビッグすぎるイノベーションでした。
繰り返しになりますが、巷間のご立派なる研究家どもは、なぜこのイノベーションをもっと大きく取り上げないのか、深掘りしないのかということを、ワタクシは常々不思議に思っています。