それは、科学にとって、意識や心はタブーとなってしまっているからだと思います。
ほんとうはただ、科学の研究を進めていく過程のなかで、
心というものの正しい知識や
定義ができていなかったため、いったん保留(考えないこと)にしておこう、ということにすぎなかったのだと思います
それがいつのまにか、科学者が心について触れると、単なるオカルトや、異端者(科学者ではない)というレッテルをはられてしまう、そんなふうになってしまったのではないでしょうか。
私は科学者でもないし、専門分野の知識もありません。
ただ、専門外のほうが、冷静に、総合的に判断できたりする、ということもあるかと思います。
宇宙や生命のはじまりという、ほんとうに大切な瞬間こそ、
意識という概念が必要なのだと思います。
例えば、私たちの人生を例にとってみましょう。
私たちの人生にとって、とても大切な瞬間、自分自身や子供の誕生という大切な瞬間。
それはどうやって、起こってくるのでしょうか?
それをあなたは、
科学がいうように、
偶然にまかせることができますか?