朝は5時頃から(夜明けは遅く、まだ真っ暗だった)、イスラム教の朗唱(礼拝の時刻を告げる呼び声「アザーン」というやつだろうか)が大音量のスピーカーで町中に流れていた。まさか毎朝流れるのだろうか。
7:52 起床。窓の外にはペトロナスツインタワーとKLタワー。…ん?KLタワーをよく見ると…
なんと、タワーの上からパラシュートが次々と落下している。あんなことできるのか。
9:39 階下のレストランでビュッフェの朝食(パンからお粥、フォーまでバラエティーに富んでいた)を済ませ、ホテルを出る。歩道は工事中で埃っぽい。無造作に地面にドカンと穴も開いている。気をつけないとね。曇り空のせいか、30℃は超えているものの、さほど暑くはない。
最寄り駅からモノレールに乗車。昨晩もブキッ・ビンタンへの往復でこれに乗った。天井が低く寸詰まりの車体の2両編成で、なかなかコンパクト。
10:56 モノレール終点のKLセントラル駅で「KTMコミューター」に乗り換え、終点、バトゥーケイブス駅着。この電車、4両のうち1両が女性専用車。なかなかの高比率。イスラムの国だからかな。
駅前には岩山が聳え立つ。ヒンドゥー教の寺院があるバトゥー洞窟。
黄金の像。その後ろに洞窟へ続く階段がある。
272段あるという階段を登る。ヒンドゥー寺院の社殿は靴を脱いでお参りするのが習わしのようだが、この階段も裸足で登っている人がいる。
この階段の名物が…サルの群れ。このサルは柱の上で悠々とココナッツのようなものを食べている。階段の上の方では、インド人(多分。おでこに印がついてたから)の女子学生の一団が、持っているジュースでもサルに奪われたのか、キャーッと悲鳴をあげている。
階段の下、そして黄金像の背中を振り返る。
登りきると洞窟の大空間が広がる。天井にぽっかりと穴が開いているので、暗くはない。
洞窟の一番奥、この屋根の下が礼拝の場になっている。
作法を知らぬ異教徒は外から見守るのみ。
足元はコンクリートで舗装されていて、大勢の人もざわつき、ともすると人工的なホール空間とも思えてしまう場所だけど、見上げれば鍾乳石がぶら下がっていて、自然の洞窟であると気づかされる。
階段を下る。お腹に赤ちゃんを抱える母ザルが2組。人間に慣れていて、近づいてカメラを向けてもちっとも動じない。むしろ観光客の方がサルを怖がっていて、若い女性など、進路の真ん中にサルがいると、手すりを跨いでまで遠巻きに避けて通ろうとしたりしている。
駅へ戻る道すがら。花のピンク色もちょっと日本にはない色合いだなと思う。
バトゥーケイブス駅からの帰りの電車。来た時はロングシートだったが、今度は真新しいクロスシートの車両。もちろん冷房は効いていて、車内には案内の電光掲示板もある。ただ、過密運転というわけでもないのに(バトゥーケイブス駅から都心へ向かう電車は15分間隔)、走るスピードは結構遅い。まるで線路をいたわりながら走っているような感じ。
12:23 来る時に乗ったKLセントラル駅の一つ手前、クアラルンプール駅で下車。ヨーロッパの駅のような広々とした空間。
だだっ広い駅構内を抜け、外に出る。改札口は半分に区切った長いホーム上にあるため、ホームの残り半分と駅舎内には切符がなくても入れる。ただし、売店など特段の施設があるわけではなく、規模のわりに閑散としている。ミナレット(尖塔)が独特な、イギリス植民地時代の1910年に建てられたという駅舎。
駅の向かいには、これまた歴史ある佇まい(1917年築)のマラヤン鉄道(KTM)本部ビルが。
駅の近くには国立モスクがある。空を刺すミナレットは高さ73m。マレーシアはイスラム教を国教としていて、人口の6割強を占めるマレー系民族がおもに信仰している。夜明け前のあの大音量のアザーンも、「騒音のクレームなど当然受けつけません」という“問答無用”な感じだったもんな。しかしその一方で、個人の信仰の自由も認められているという。
残念ながら今の時間帯は非ムスリムは入館できない。建物の外を歩く。
日が出てきて暑い。照り返しも厳しい。でも、この存分の陽光の中でこそ、モスクは映えるような気もする。遠くにKLタワーを望む。
坂道を登り、緑の多い公園の中を行く。行く手にサルの群れが。
12:58 オーキッドガーデン。かつては有料で公開されていたようだが、今は「FREE」と。訪れる人はまばらだが、ランは美しく咲いている。
色もさまざま。よく手入れされている。
暑い。東京ほど湿度は高くないが、陽射しの強さがこたえる。モノレールのホームにもあったが、屋外に扇風機がよく設置されている。涼む、というほどひんやりできるわけではないけれど、風量は充分で、汗をよく飛ばしてくれる。
13:11 湖畔に出る。KLレイクガーデン。背景に高層ビルが並び、いかにも都市の公園。炎天下、訪れる人はほとんどいない。ゴミひとつ落ちていない綺麗な公園。
国立博物館の敷地に出る。制服の子どもたちが館外の屋根の下でお弁当を食べている。入口のロータリーにはマレー鉄道のディーゼル機関車が置かれている。無骨だけど力強さを感じさせる、「大陸を走る機関車」という感じだなあ。
郵便ポストは色も形も日本と似ている。ポストは「POS」なのか。マレー語なのか、マレー英語なのかわからぬが、スペルが独特で、レストランは「RESTORAN」、アイスクリームは「AISKREM」と表記されていたりした。
地図を見ながら歩くが、地図に載っている道路が必ずしも「歩ける道路」というわけではない。駅へ通ずる道と思ったのが、ハイウェイ状の自動車専用道路で、再び公園の山の上への遠回りを余儀なくされ、やっとのことでクアラルンプール駅へ戻ってくる。
13:55 切符を買わずに立ち入れるホーム。貨物列車が通過する。
クアラルンプール駅のほど近く、ラピッドKL、パサール・セニ駅。
パサール・セニ駅を抜けて、町の中を行く。この後も町のいたるところで見かけた「マネキン交通誘導員」。
セブンイレブンで買った「イチゴ味豆乳」。店では牛乳より豆乳の方を多く見かけた気がする。
14:18 街中のヒンドゥー寺院、スリ・マハ・マリアマン寺院。高さ22mの門塔には複雑に彫られたヒンドゥーの神々が。
中へは靴を脱いで上がる。はなはだ不謹慎ながら、ひんやりとした石の床が、歩き疲れた足裏に気持ちいい。
このハトもきっと、ここにべちゃんと座っているのが気持ちいいんだろうな。ここが殺生の場ではないと心得ているのか、まわりを人が行き来しても、逃げるそぶりも見せない。
極彩色の神々。ここに祀られているマハ・マリアマンとは女神だそうだ。
14:27 つづいて、中国の神様、関帝廟。
祀られているのは武将、関羽。
中国の神様がいるくらいだから、中国人の街がある。中華街、ペタリン通り。と言っても、特に中国の気配が感じられるわけではなく、ごくごくありきたりな大量生産の洋服や雑貨、電化製品が並べられている。
コロニアル調、とでも言うのかな。商店の看板建築。
14:48 セントラルマーケット。これを現地風に言うと、最寄り駅名でもある「パサール・セニ」になるわけだな。中には土産物屋がいっぱい。だが、中に入る前に…。
前の広場で「ケランタン州カルチャーパフォーマンス」なるイベントが行われていたので見学することに。民族舞踊なのかしら、太鼓と笛に合わせて取っ組み合う演武。頭や服の飾りが飛ばされるほど本気でぶつかり合うが、最後は握手をして終わる。
続いて、若い男たちがぞろぞろと登場。マスゲームのように隣同士で腕を組んで鳴らしながら、コーラスを披露。ここまでずっと歩き通しだった。テントの下、陽射しも避けられるこの場所で、結構長い間休む。ケランタン州はマレー半島東海岸北部に位置し、北でタイに接する州のようだ。
セントラルマーケットにはたくさんの土産物店が集まっている。僕は「モノ」に対するこだわりがないし、土産を贈る相手もいないが(会社にチョコぐらいは買っていくが)、それでも、不意に所有欲をくすぐられれば何か買ってもよいとは思っている。でも、そこまで刺激を受けるようなものはなかった。空港からホテルへの送迎バス車中でガイドが「申込用紙ありますよ」と言っていた「ナマコ石鹸」も売られていた。ナマコは美容にいいのだろうか。その店でもわざわざ日本語の貼紙が出ていたところ、日本人の琴線に触れる商品なんだろうか。建物の一角にはギャラリーが集まっている。手ごろな価格で、部屋に飾るのに悪くなさそうな抽象画もあったが、日本に持って帰るのが大変だな。
色の違う砂を少しずつビンに詰めて模様を作っている。
マーケットを出る。建物の工事現場。下の男が上の男へ、レンガをひょいひょいと投げている。こういう、「大雑把だけど実は効率がいい」という行動様態、日本には意外とないよな。
「クアラルンプール」の地名の由来は「泥が合流する場所」で、それはここ、クラン川とゴンバック川の合流地点のことだという。一国の首都の名前になるくらいだから、もっと壮大な川がドラマチックに出会う場所かと思っていたら、コンクリート護岸の窮屈な都市河川、有り体に言って「ドブ川」に近いものなんだな…。2つの川の間にあるのが、クアラルンプール最古のモスク、マスジッド・ジャメ。…ん?向こうのあのビルの上には…
タコがいるな。
15:48 クアラルンプール・シティギャラリー。中にはクアラルンプールの町のジオラマがあり、夜景を見せたいのか、真っ暗な中、豆電球が仕込まれたたくさんのビルが輝いている。よく見ると、ペトロナスツインタワーの倍以上の高さの超高層ビルが真ん中に建っている。この町では今、そんな野望が進行しているのだろうか。
16:13 シティギャラリーはこの広場に面している。ムルデカ・スクエア。訳せば「独立広場」。1957年にマレーシアはイギリスの植民地支配から独立した。世界一高いという高さ100mの国旗掲揚ポール。陽射しは強烈で、旗を見上げようとちょっと顔を上げれば、眩しい光をギラリと浴びる。
広場に平行に連なるスルタン・アブドゥル・サマド・ビル。1897年築、植民地時代に連邦事務局が入っていた建物で、その名は当時の州の統治者から来ている。現在は最高裁判所。明日、この場所でマラソン大会が行われるらしく、テントが張られたり、レーンの柵が置かれたり、準備が進められていた。
マスジッド・ジャメでは、敷地の中に入ろうとすると、手を振る警備員に制止された。例のアザーンが聞こえていたから、礼拝の時間だったのかも知れない。近くの、その名もずばりマスジッド・ジャメ駅の地下ホームから、ラピッドKLに乗る。スカーフ(ヒジャブ)をかぶった女性が多いのがイスラムの国らしい。小さな子どももかぶっていたりするが、なかなか可愛らしい。
切符がわりのトークン。玩具の硬貨のようなプラスチックだが、ICでも組み込まれているのだろう、乗車時は改札機にかざし、降車時は投入口に入れる。購入は有人窓口か自動券売機だが、窓口は長い行列ができていることが多く、券売機も紙幣が使えなかったり地元民も操作に迷ったりで混み合う。先進的なんだか、そうでないんだか。
KLCC駅で下車。無機質なアルファベット羅列の駅名だけど、なんのことはない、「クアラルンプール・シティセンター」の略。ペトロナスツインタワーの足元の駅。ショッピングモール、スリアKLCCがある。
17:00 モールのフードコートで休憩。ストロベリーミルクシェイク。どぎつい色だけど、味はわざとらしくはなかった。歩き疲れたのでゆっくり休む。
17:34 モールを出ると噴水広場が。進んで振り返ると…
ペトロナスツインタワーが聳え立つ。高さ452m、88階建て、ツインタワーとしては世界一。
噴水広場から先は緑が広がり、遊具やジョギングコースなどがある。KLCC公園。土曜日の今日、観光客ばかりでなく、近所の(多分。どことなくセレブっぽい)家族連れもいて賑わっている。タワーの好展望地。これって大事だよな。東京スカイツリーは、塔を下から眺め渡す時の「引きしろ」空間が足りない気がする。
KLCCからブキッ・ビンタンへは歩道橋が通じている。「冷房完備」と謳われていたが、さほど涼しくはない。行きの飛行機で到着時に、「マレーシアではタバコの広告が禁止されており、タバコの広告の載った雑誌を持ち込むと没収されることがあります」とアナウンスがあり、さぞかしタバコに厳しい国なんだろうと思っていたけど、歩きタバコをする人は日本並みに引きも切らない。警備員の立つこの歩道橋の中でも。
歩道橋の終点のショッピングセンター「パビリオン」のフードコートで軽く食事。そんなにお腹も空いていないのでまあフードコートでもいいかと思い。チキンソテーとライスのプレート。ライスがぼそぼそだったし、チキンソテーのソースは僕の苦手なナンプラーを使っているようで、いまひとつだった。口直し、ではないが、オレンジミルクのスムージーなんかに手を伸ばす。
19:14 再び外に出ると、もう日も暮れていた。
モノレールのブキッ・ビンタン駅。歓楽街の目抜き通りの上を高架橋が跨いでいるところ、六本木交差点に似ていなくもない。空が赤いのは夕暮れ。夜景を眺めるにはいい時間だ。ここからも見えているKLタワーへと急ぐ。
…が、モノレールの最寄駅(ブキッ・ナナス)からタワーへの行き方がわからず、すぐ真上に見えるんだからとにかく歩けば着くだろうと無理矢理歩きだしたら、タワーが建つ山の周囲をなぞるばかりの全然見当違いの道で(後で知ったが、タワーの麓は自然保護区の原生林らしい。容易に近づけないわけだ)、駅まで戻ってからも先は長く(道案内の標識がまるでないのはどうかと思うな…と愚痴る。もっとも、みんな歩いたりなんかせず、タクシーで行くんだろうか)、つづら折りの山道を登っていくと、そばに停まっていたワゴンのドライバーが、タワーのエントランスへのシャトルだ、乗って!とドアを開けてくれ(一応、徒歩の客にも便宜は図られているわけだ)、そこからは一息でタワーに着いた。
20:13 地上276mからの眺め。迷子になりながら大汗をかいて歩き回った後だから、格別だわ。やはりペトロナスツインタワーの輝きが一番目立つ。自分の泊まっているホテルや、今日歩いてきた道々など、地図と照らし合わせながら“同定”する。日本人のおじさんおばさんのツアー一行がどやどやと現れ、売店の女の子が「アジノモト!」と言って笑いを取っている。…さて、下りるか。
タワー真下からの眺め。高さは421m。ペトロナスツインタワーより低いことになるが、こちらは海抜94mの丘の上に立っているので、こちらの方が高く見えるという。確かにホテルの部屋から見てもそうだった。夜の闇に不思議に色が滲んでいるのは、むろんカメラの腕の問題である。この時間もパラシュートが次々と落ちてくる。
すっかり歩き疲れたが、歩き疲れるにまかせてホテルのベッドに倒れ込むのは、なんだか敗北感に打ち負かされたかのようだ。一矢を報いて(何に対して…?かは知らぬ)意気揚々と部屋に戻りたい。ブキッ・ナナス駅から、ホテルとは逆方向のモノレールに乗り、昨晩に続き、ブキッ・ビンタンの屋台街、アロー通りへ。雑踏と排気ガスの中、例のマネキン誘導員も頑張っている。
昨晩とは別の店で、豚の角煮、青菜の炒め、ビールを掻っ喰らう。中ビン1本でもうベロベロですよ。部屋に戻るや、熱い湯を張ったバスタブ(欧米人サイズ、ほとんど全身が入るくらい長い)に沈み込み、酔った頭で、来し方、行く末のことを、馬鹿馬鹿しく、そして真面目に考える。