若く貧しい夫婦はそれぞれひそかに相手へのクリスマスプレゼントを買う。夫は自分の時計を売った金で櫛(くし)を、妻は自分の美しい髪を切って売り時計に合う鎖を。オー・ヘンリーの有名な短編『賢者の贈りもの』である▼行動に移す前、妻は貧しさに泣き「人生は『むせび泣き』と『すすり泣き』と『微笑(ほほえ)み』から成り立っている」と考える。「なかでは『すすり泣き』がいちばん多くを占めている」とも。すすり泣きはむせび泣きほど激しくはないが、悲しいことには変わりない。人生は思うにまかせない▼独り泣いた日も多かっただろうか。バドミントン男子シングルスの世界選手権元覇者、桃田賢斗選手(29)が日本代表からの引退を表明した。世界一に挑むには体力などに限界を感じたという▼賭博行為で出場停止処分を受け、2016年リオデジャネイロ五輪出場を逃した。後に世界ランキング1位になるが、20年の交通事故で重傷を負い視力にも影響が出た。金メダルが期待された21年の東京五輪は1次リーグ敗退。非情な試練が多かった▼出場停止が明け「応援してもらえない」と覚悟して出た大会の大声援が思い出という。逆境の若者を見捨てなかった人たち。失ったものもあるが、得られたものもあった▼『賢者の贈りもの』は大切なのは相手を思う心だと教える。挫折を知る元王者にも確かに心通じ合う人々がいた。