一月に亡くなった、作家の半藤一利さんは「絶対」という言葉を嫌っていた▼戦争中、「日本は絶対に勝つ」とか「絶対、神風が吹く」と聞かされたが、「絶対」はなかった。一九四五年三月の東京大空襲で九死に一生を得て「二度と絶対という言葉を使うまい」と誓ったそうだ▼根拠のない絶対という言葉にもう踊らされたくない。そんな決意だったのだろうが、戦争とは無関係でもあり、この「絶対」だけは許していただけまいか。「絶対大丈夫」。今年の日本シリーズを制した、ヤクルトスワローズの合言葉である▼元はシーズン中の高津監督の言葉である。チームが一枚岩になれば崩れない、「絶対大丈夫」。すべての試合が二点差以内というしびれる展開になった日本シリーズでピンチにも動じないスワローズの戦いぶりを見れば、その言葉にはやはり不思議な力があったのだろう。昨年最下位だった球団の日本一がうれしい▼三月にスワローズファンの小学生のことを書いた。優勝はまだまだ先で五位だろうとずいぶんと大人びた予想をした少年の話である▼あの子がこの優勝を何と言っているのか知りたいと読者から連絡をいただいたが、残念ながら会えないでいる。以前なら早朝、自宅前でバットを振っていたが、最近はその姿がない。中学受験だそうだ。おそらくは「絶対大丈夫」の言葉を信じて机に向かっている。
Kirill Belorukov - Viktoria Kharchenko, cha cha cha. J.E.M Dance Festival
Guillem Pascual - Rosa Carne, ESP | GoldstadtPokal 2018 - WDSF WO LAT - R3 R
繰り返せることと繰り返せないことがある。谷川俊太郎さんの詩『くり返す』は、言っている。<くり返すことができる/あやまちをくり返すことができる/くり返すことができる/後悔をくり返すことができる/だがくり返すことはできない/人の命をくり返すことはできない>▼大人の体に近づき、知恵も付く。時に他人を傷つけるおそれもある心身を、わがものにする道のりのなかで、人は繰り返すことができない命のかけがえなさを、はかなさとともに学ぶのだろう。十四歳のその少年はどうだったか▼愛知県弥富市の中学校で、三年生の男子生徒が同学年の少年に刺され、死亡した事件である。少年は殺人容疑で送検された。若い命が失われたことに痛ましさが募る。生徒たちが受けた心の傷も思うと、胸の痛みは増すばかりである▼人との関係で誤り、後悔する事態を招くことがあっても不思議でない年ごろではあろう。だが、包丁を準備した計画的な少年の行動につながる何かには想像も及ばない。明らかになる時を待ちたい▼詩は<けれどくり返さねばならない/人の命は大事だとくり返さねばならない>と訴えている▼「笑い声と泣き声は、ときどき似ている」。昔の広告にそんなコピーがあった。校舎に響く楽しげな声にまじる悲痛な声。詩の願いに応えるため、その声を聞くことが、いっそう求められそうだ。
英作家ディケンズの『クリスマス・キャロル』の主人公スクルージはクリスマスを憎んでいる▼「搾り取り、もぎ取り、つかみ取り、握りしめて」。そうやって生きてきた欲深いスクルージには、クリスマスに人が優しく、おおらかな気持ちになるのが理解できない。「くだらない」。そう考えていた▼クリスマスシーズンを前にして、原油価格の上昇を黙認するかのような石油輸出国の対応が、米国などにはあくどいスクルージの「搾り取り、もぎ取り」の振るまいに見えたのだろう。米国、日本、中国、インド、英国、韓国は連携し、それぞれの政府が保有する石油備蓄を放出する方針を打ち出した▼主要国が声を合わせて、備蓄を放出するようなことは聞いたことがない。放出によって石油の供給量を増やし、ガソリンなどの価格上昇を抑え込もうという狙いだろうが、問題はその効果である▼一時的に価格は抑制できたとしても放出できる量には限度があり、長くは続くまい。スクルージはクリスマスイブに出現した三人の幽霊によって、優しい心を取り戻したが、備蓄放出という荒業が増産を渋る石油輸出国の対応を大きく変えるとは思えない。むしろ、態度を硬化させ、対立を強める危険もある▼必要なのは奇手ではなく率直な話し合いだろう。解決に向け、主要国と石油輸出国との間の摩擦を減らす潤滑油を放出したい。