岐阜県白鳥町(現郡上市)に生まれ「奥美濃の桜守」といわれた佐藤良二さんの生涯は映画にもなった▼かつて名古屋から白鳥を経て金沢まで結んだ国鉄バス名金線の車掌。病で早世するまで自費で路線沿いに桜の苗木約2千本を植えた▼始めたのは、白鳥の北の飛騨の山あいに昭和35年に完成した御母衣(みぼろ)ダムのほとりで、ダムに沈んだ集落から移された桜が花を咲かせたことに感動したため。花は、電源開発のために故郷を捨てざるを得なかった住民を慰めた。山村の悲しみがあったから、奥美濃の桜守も生まれた▼佐藤さんを称(たた)え名古屋から金沢まで250キロを走るウルトラマラソン「さくら道国際ネイチャーラン」が先日、30年の歴史に幕を下ろした。最後の大会は名古屋をスタートし、佐藤さんの故郷、白鳥がゴール▼白鳥などの住民がボランティアで運営を支えてきたが、高齢化し人手確保が困難になったことが閉幕の理由という。先に民間組織が、人口減少が進んで自治体運営がたちゆかなくなる「消滅」の可能性があるとみなした744市町村を公表したが、郡上市も入っている。御母衣ダムの悲しみもあった昭和より、日本の山里は苦しくなった感がある▼佐藤さんは「花を見る心がひとつになって、人々が仲よく暮らせるように」と願っていた。それをこれからも続けるには何が必要か。試行錯誤を続けるほかない。
<この日晴れるか この日燃えるか/甲子園の夏よ/最後の昂揚(こうよう)のために/せいいっぱい晴れてくれ/せいいっぱい燃えてくれ>-。高校野球を愛した作詞家、阿久悠さんの『甲子園の詩 敗れざる君たちへ』から引いた▼1980年の作品で題名は「甲子園は燃えている」。<甲子園の夏よ/ありあまる日ざしと熱で飾って/この天晴(あっぱ)れな少年たちの偉大な舞台となってくれ>と続く▼真夏の太陽が甲子園の熱戦をより劇的に演出するのは確かだろうが、今の時代に<熱で飾って>とはなかなか言いにくいかもしれない。気候変動の結果、夏の平均気温は上昇し、炎天下でのプレーは選手の体に障る▼暑さ対策の必要を踏まえ、日本高校野球連盟はこの夏の甲子園大会(8月7日開幕)から午前と夕方に分けて試合を行う「2部制」の導入を決めた。試合中に熱中症を訴える選手が相次いでいたことを思えば当然の対応だろう▼試合数が1日3試合となる大会第1日から第3日まで「2部制」を導入するそうだ。導入で選手を苦しめる猛暑をいくらかでも回避できればありがたい。古いファンの間には昼間の試合がないことに寂しさを感じる人もあろうが、猛暑を避けたからといっても、試合の妙味や選手の闘志が薄れることはあるまい▼気になるのは効果の方か。最近の夏は午前中、夕方といっても、その暑さはやはり容赦がない。
「あれじゃあ、だれだってこわいですよ」。飛行機で目的地にたどり着けず、引き返してきた操縦士が支配人に事情を説明する。四方は山。突風もやって来る。気圧計も見えない。「これがすべて真っ暗闇の中の出来事です」。自身もパイロットだった仏作家、サンテグジュペリの『夜間飛行』にそんな場面があった▼民間航空の黎明(れいめい)期において夜の飛行はいかに恐ろしかったか。支配人は言い訳に耳を貸さない。「夜というあの暗い井戸の中に降りて行って、そこからまた上がって来ても、別に珍しいことをしたとも思わないようにしなければならない」(訳・堀口大學)。酷な話である▼「暗い井戸」の中でなにが起きたか。伊豆諸島・鳥島の東方海域で夜間訓練中の海上自衛隊の哨戒ヘリコプター2機が墜落した事故である▼3機で潜水艦を探知する訓練中だった。訓練ではヘリ同士がある程度、接近する必要があり、この際に衝突した可能性があるという▼2021年にも鹿児島県沖でヘリ2機が接触するなど夜間訓練中の事故が後を絶たない。サンテグジュペリの時代とは違い、視認性の低い夜間においても事故を回避する技術は格段に向上しているはずだが、相次ぐ事故が解せない▼行方不明者の捜索と事故原因の究明を急ぎたい。突き止めなければならないのは潜水艦の位置よりも夜間訓練に棲(す)む「魔物」の正体である。