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今日の筆洗

2017年04月07日 | Weblog

 詩人の大岡信さんは、「不思議」という言葉が何となく好きだったという。三十年前には、自分が生まれた情景をうたったこんな詩を書いた▼<真赤になつて/盥(たらい)の中でわめいてゐる僕…/御国の宝がまた一人/軍国の田におんまれなすつた/爆死もせず 号令もかけず/銃剣で人をあやめもせず/やつてこられた僥倖(ぎょうこう)が/まだぶよぶよの状態で/盥の中でわめいてゐる/逆さ眼鏡でじつとその子を見てゐると/ただただ 不思議に 怖ろしい。>▼大岡さんが生まれた一九三一年、満州事変が起きた。少年時代はずっと戦争で、いずれ戦死すると思っていたから、「将来」とはせいぜい二十歳までのことだった▼だが十四歳の夏、戦争は終わった。「殺し、殺される」ことから逃れ得たことへの放心するような不思議な思い。そんな感覚を原点に、大岡さんは敗戦の翌年から詩を書き始めたという▼詩集『詩とはなにか』で大岡さんはうたっている。<ただ一度でいい/わが詩のなかに閉ぢこめたいと願つてゐる/幼い子が仔猫(こねこ)とならんで/草の葉に宿る露を/じつと見あげて動かない/あの無防備な/見てゐる者を悲しくさせる/何も語つてゐないほど深いまなざし>▼八十六歳で逝くまで探り続けたのは、「言い尽くすことはできないけれども、言い尽くしたいという気持ちを沸き起こらせる」言葉の不思議だったのだろう。


今日の筆洗

2017年04月06日 | Weblog

 東京ではサクラが見ごろである。日本人がサクラを愛(め)でるのとはちょっと違うのだろうが、スコットランドではアザミが大切にされる。国の花でありアザミのことを歌った「フラワー・オブ・スコットランド」が国の歌として奏でられる▼由来は中世の伝説である。かの地に侵入したバイキングがトゲのあるアザミの花をうっかり踏み、あまりの痛さに絶叫する。これで敵の侵入に気がつき、撃退できたと伝わる。国を救った花である▼スコットランドの人びとに加わって、アザミを称(たた)えたくなる話になるかもしれぬ。野草の「マリアアザミ」などから抽出されるポリフェノールの一種「タキシフォリン」。この物質に認知症のアルツハイマー病を抑制し、認知機能を回復させる効果があると国立循環器病研究センターと京都大などのチームが発表した▼アルツハイマー病はアミロイドベータという老廃物タンパク質が脳に蓄積し、神経細胞を死滅させることが原因とされるが、「タキシフォリン」はアミロイドベータの凝集を抑えてしまうというから、あの救国伝説のようである▼マウス実験の段階とはいえ、アルツハイマー病にかかったマウスに投与した結果、正常なマウスと同レベルの記憶力になったというから驚きである▼国の将来を揺るがしかねない病との闘いの中、その花は世界を救う花になるか。期待を抑えられない。


今日の筆洗

2017年04月04日 | Weblog

 <目黒なる筍(たけのこ)飯も昔かな>。高浜虚子の句だが、なぜ東京の目黒なのかと不思議に思う方もいるだろう。とりわけ若い人はそうか▼その名を聞けば、高級住宅地やおしゃれなお店を連想する現在のかの地だが、昭和のはじめまではタケノコの名産地だった。江戸野菜で現在もよく知られるのは練馬大根、千住葱(ねぎ)、小松菜あたりだが、目黒のタケノコもそれに負けぬほど名を売っていた。目黒の名物はサンマではなく、タケノコだったのか▼美食家の北大路魯山人は「目黒の筍など名ばかりで何の旨(うま)味もない」と書いているが、一般的には太く、柔らかいと評判だったそうだ。<昔かな>の東京のタケノコを食べてみたくなる▼目黒産の大半は孟宗竹だったと聞く。名は中国の「二十四孝」の一人、孟宗からきている。病弱な母親がタケノコを食べたいと訴えるが、季節は冬。孟宗は雪を掘り続けるが見つかるはずがない。すると天が心打たれたのか、雪は消え、地中からタケノコが顔を出したという、あの伝説である▼そのタケノコ。この春はずいぶんと値が高い。有数の生産地、福岡県で低温が続いたのが原因というから天が味方しなかったようである▼料理をする同僚に聞くとスーパーでは一本千円近いというから驚く。手を出しにくいが、しばらくすれば出荷量も増えるそうで孟宗の母上にはもう少しだけ待っていただくとする。