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今日の筆洗

2024年04月15日 | Weblog

 進学、就職など新たな出会いの季節だろう。初対面の人とどうやって親しくなるか。お悩みの方もいるだろう▼幼いころの「共通の話題」はいいきっかけになるらしい。子どものときに見たテレビ番組や聴いた音楽。自分と似た経験をしてきたのだなと思わせれば相手は安心する。心を開きやすくなる▼周到に計算された例がある。岸田首相の米連邦議会での演説である。冒頭、幼少期にニューヨークで暮らした経験に触れている。へえ米国で暮らしていたのか。米国民は興味を持ったはずだ。続けて子どものときに観戦したヤンキースやメッツの名に触れる。野球好きの米国の方には親近感を与える魔法の言葉だろう▼とどめは米国の懐かしのアニメ番組「フリントストーン(『恐妻天国』)」か。「今でも懐かしく感じる」と語り、主人公の口癖の「ヤバダバドゥー」まで持ち出せば、米国の議員には岸田さんが親しみやすい人物に映ったはずである▼さて、演説の主題は防衛協力を柱とした新たな日米関係である。「米国は独りではありません。日本は米国と共にあります」。首相の言葉を聞いてこっちもあのアニメを思い出す▼トンマな主人公フレッドの言動にいつも振り回される気弱な親友バーニー。米国がフレッドなら日本は…。米国では受けた演説なれど、日本で聞いている人には「ヤバダバドゥー」とははしゃげまい。


今日の筆洗

2024年04月13日 | Weblog
 岩波少年文庫の朝鮮民話選に『ネギをうえた人』という少々怖い話がある▼人間がネギを食べなかったころ、人間は互いが牛に見え、間違えて食べることがよくあったそうな。そんな間違いが嫌になったある人が、人間が互いに人間に見える国を探す旅に出て、長い年月を経てようやく見つける。なぜ人間と牛が見分けられるのか聞くと、秘密はネギ。栽培して食べると間違いはなくなったと知る▼民話では人に和をもたらすネギだが、韓国の国会議員を選ぶ総選挙で野党が与党打倒の象徴に長ネギを使い大勝。尹錫悦(ユンソンニョル)大統領を支える与党は惨敗した▼ネギ活躍の発端は尹氏がスーパーの視察で1束875ウォン(約100円)の長ネギを見て「合理的な価格だと分かる」と言ったこと。尹氏が接した品はあくまで特価で通常は数倍という▼物価の実情に疎いと批判が出て「長ネギ」と「大破」の韓国語の発音は同じ「テパ」のため野党側は長ネギを手に「与党を大破」とアピール。物価高に苦しむ民に浸透した。ネギのせいばかりでなかろうが、尹氏には苦い結果である▼民話では、ネギを知った人は種をもらい急ぎ故国に戻る。みんなを救えると種をまいたが、収穫前に周囲の人たちが「牛がいる」と捕まえようとし危機に陥る。結論を書くのは控えるが、公のために汗を流しても、理解を得るのはそう簡単ではないと分かる話である。
 
 

 


今日の筆洗

2024年04月12日 | Weblog

ハワイ出身の元横綱曙の曙太郎さんが生まれて初めて雪を見たのは、入門のため18歳で来日して間もなく。「雪って冷たいんだな」と思ったという▼その後の土俵人生も節目には雪が舞ったと自著『横綱』で明かしている。横綱に昇進し明治神宮で土俵入りした日も、長野五輪開会式で横綱土俵入りを披露した日も、引退を決心したのに理事長からけがを治して頑張れと慰留されて撤回した日も、本当に引退を決め師匠に告げた日も降ったと書いている▼雪は白星の色、勝ち星の象徴と本人は記すが、冷たいそれとの縁は常夏の故郷を離れ、異国で苦労を重ねた力士らしい▼外国出身で初めて綱を張り、若乃花、貴乃花兄弟との対決で土俵を盛り上げた人。訃報に接した。54歳とは若すぎる▼横綱になってからのけがとの闘いは凄絶(せいぜつ)で、両膝のけがで痛み止めを打ち続け、その末に胃や腸も病み、痛んだ。注射のみならず点滴で激痛を和らげたこともある。俺は横綱なんだと言い聞かせ自らを鼓舞。2000年名古屋場所で19場所ぶりに優勝を決めた際は涙をこらえようと天を仰いだ。色紙に書いた字は「忍」。身長2メートル超の怪力自慢はいつしか、日本人の琴線に触れる存在になった▼旅立つ前は東京近郊で入院中だったが、今年の桜は見ただろうか。もうけがにも、病気にも、雪の舞う日の寒さにも耐えなくていい。どうか安らかに。


今日の筆洗

2024年04月11日 | Weblog

 英国の科学担当大臣が1993年にこんな大会を開いた。すべての物質に質量を与えるヒッグス粒子について分かりやすく説明した人には年代物のシャンパンを進呈する▼シャンパンを獲得した説明はこうだ。質量ゼロの粒子をサッチャー元首相に見立てている。大勢の人が集まったパーティー。サッチャーさんが会場内を横切ろうとするが、みな、握手したがるので、サッチャーさんの動きは緩慢になる。質量ゼロの粒子が質量を持った歩みの遅い粒子になる。この人の波のようなものがヒッグス粒子…▼ヒッグス粒子の存在を予言した英国の物理学者ピーター・ヒッグスさんが亡くなった。94歳。その世界のスターだろう。予言したヒッグス粒子は2012年、巨大加速器による実験で発見され、ヒッグスさんはノーベル物理学賞に輝いた▼「私を有名にした仕事だが、その期間は人生のごくわずか」。わずかな期間とはヒッグス粒子をひらめいた1964年の夏の3週間である▼苦労はむしろその後だろう。本当に存在するのか。待つことに人生の大半を費やした。粒子が発見されたとき、ほっとしたのか、ハンカチで目をぬぐっていた姿を思い出す▼さて歴史上の物理学者たちが集うパーティーがどこかで開かれているか。主役のヒッグスさんが会場内を動こうとするのだが、功績への称賛と握手攻めでなかなか前に進めない。


今日の筆洗

2024年04月10日 | Weblog

護送車の事故を幸いにと囚人2人が手錠でつながれたまま逃走を図る。米映画の『手錠のまゝの脱獄』(1958年)。シドニー・ポワチエさんが若々しい▼物語の設定にわくわくする。手錠で互いから離れられない囚人の1人は白人でもう1人は黒人。2人は何かと反目し合うのだが、次第に助け合い、心を通わせるようになっていく。手錠でつながれた仲の悪い2人という設定はドラマを生みやすいのか、高倉健さん主演の『網走番外地』(65年)にも似た場面があったっけ▼コンビニ大手2社の決断に映画の場面がつい浮かんだが、あまり適切ではなかったか。ファミリーマートとローソンが岩手、宮城、秋田の3県で商品の共同配送を始めるそうだ。大手同士の本格的な連携はこれが初めてという▼深刻な状況に競い合う2社もいがみ合ってはいられず、息を合わせるしかなかったのだろう。状況とはもちろん、運転手不足が心配される物流の「2024年問題」である▼1台のトラックを2社で共有して荷物を運ぶという。運転手が足りないのなら共有すればよいと言うのは簡単なれど、長年のライバル同士とあれば、実現までには難しい調整もあっただろう▼今後、3県以外への拡大も検討するそうだ。「呉越同舟」ならぬ「ファミマ・ローソン同トラック」。うまく進めば、二酸化炭素の排出量抑制というオマケも付く。


今日の筆洗

2024年04月09日 | Weblog
 「三月ばかりの夕暮(ゆうぐれ)に、ゆるく吹きたる花風、いとあはれなり」と「枕草子」にある。今時分の風だろう▼「花風」「花散らし」「花の風巻(しまき)」「花嵐」。サクラの花を散らす風の名は多い。数々の名が残るのは花びらを運ぶ風の美しさのせいか、それとも、花を散らす風への憎さからだろうか▼「花風」の季節に奇妙な風が吹き出したようである。この風、「あはれなり」とは無縁で名も無粋。「解散風」という▼風を吹かせたのは岸田首相だろう。裏金問題に対する自身の責任を問われ「最終的には国民、党員に判断してもらう」-。首相が「国民に判断してもらう」といえば、衆院解散・総選挙にほかならず、これに与野党が色めき立っている▼本気だとすれば、ずいぶんと強気な首相である。物価高や裏金問題による政治不信を受けて政権支持率は2割台に低迷したまま。この状態で総選挙となれば自民党の戦いは苦しく、場合によっては政権さえ危うかろう▼岸田さんとすれば、9月の党総裁選をにらみ、その前に総選挙で「大勝負」という計算なのかもしれないが、裏金問題に傷ついた自民党内にはもちろん反対論が消えない。<ハナニアラシノタトヘモアルゾ/「サヨナラ」ダケガ人生ダ>(井伏鱒二訳『勧酒』)。この解散風が政権という「花」を散らしかねない「アラシ」に感じるのだろう。この風、やむか強まるか。
 
 

 


今日の筆洗

2024年04月08日 | Weblog

ミステリー作家のアガサ・クリスティはチョコレートに目がなかったらしい。子どものころの思い出としてミステリーがかった話がある。フランス語の勉強が嫌になったクリスティさん、教科書をひそかに隠してしまった▼家族が家中を捜し回るが、見つからない。クリスティは知らん顔。そこでお母さんが宣言する。「見つけた人にはチョコレートをあげる」。教科書を真っ先に発見したのはもちろん、アガサ少女。「こんなところにあったわ」。だが、教科書隠しの悪事もバレて「真犯人」はこっぴどく叱られることに。「わたしはまんまと(母親の)わなに落ちたのだった」▼クリスティが聞けばさぞ顔を曇らせるだろう。チョコレートが世界的に値上がりしている。日本でも「キットカット」「チョコボール」など、おなじみの商品の値上げが発表されている▼子どもも大人も泣かせる、「真犯人」は主原料カカオ豆の高騰。ニューヨーク市場の先物は今年に入って約2倍に跳ね上がったそうで、消費者には「苦み」の強すぎる話だ▼世界生産量の約6割を占めるガーナとコートジボワールで天候不順が続いた上、カカオの木を枯らす病気が流行し、収穫量が大幅に落ち込んだという▼早期の回復は見込めないと聞く。続きそうな価格高騰に取り乱し、解決策を見つけた人には「チョコレートをあげる」とつい宣言したくなる。


今日の筆洗

2024年04月06日 | Weblog

 宮城の気仙沼港は生鮮カツオの水揚げが27年連続日本一。例年6月ごろに始まり、気仙沼の人々は夏場に大いに食べる▼東日本大震災の約3カ月後、初水揚げを取材したことがあった。地元水産業者の建物も津波で流され、がれきも片付いていなかったが、70センチ沈んだ魚市場の岸壁を突貫工事でかさ上げしシーズンに間に合わせた▼頑張れたのは、カツオのない気仙沼の夏などありえないと人々が思ったから。季節の風物は被災地では一層、価値を増す▼能登半島の七尾と穴水を結び、先の地震で被災して一部区間の不通が続いていた第三セクター・のと鉄道が今日、全線で運行を再開する。約100本の桜並木が列車に覆いかぶさるように枝を伸ばす「桜のトンネル」で有名な能登鹿島駅でも列車が発着する。昨日聞いたら、幸いつぼみ。運行再開後に見頃を迎えられ、よかった▼のと鉄道によると、通学の利用が多く、新学期には全線で復旧させたいと工事を進めたという。おかげで例年同様に見られそうな列車と桜と愛(め)でる人々。現場の奮闘に敬意を表さねばなるまい▼震災後の気仙沼では早朝の岸壁で、魚市場の人たちと一緒に最初のカツオ船の入港を待った。もやに煙る海上に姿を現し徐々に近づいてきた時、取材者の立場ながら胸に迫るものがあった。今朝、つぼみ膨らむ駅のホームに立ち、列車を待つ人々の胸中を思う。


今日の筆洗

2024年04月05日 | Weblog
「白羽の矢が立つ」。多くの中から、これぞと思う人が特に選び定められることをいう。名誉ある地位や役割の時にも使われているが、由来は怖い話らしい▼生(い)け贄(にえ)である人身御供を求める神が、その役となる少女の住む家の屋根に人知れず、白羽の矢を立てた俗説からという。例えば、静岡県磐田市でも矢の立った家の娘は毎年の見付天神の祭りに捧(ささ)げられ、村人は泣いていたという話が伝えられる▼自分は党を守るための人身御供かと納得できない人もいるようだ。自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件で党は昨日、関係議員ら39人の処分を決めた▼最も重い離党勧告は安倍派の塩谷立、世耕弘成両氏。だが、処分の対象やその軽重の基準はいささか分かりにくい▼重い処分の議員はそれぞれある時期、派閥の要の地位にいるなどしたが、裏金づくりは、誰がいつ主導して始めたかなど肝心なことは今もって不明である。かといって重い処分なしでは、国民の怒りは鎮められまいと岸田首相は考えたのだろう。これまで何を聞かれても知らぬ存ぜぬの安倍派などの面々に同情する気はないが、人身御供かと言われれば、その通りなのだろう▼首相の思惑通り、裏金問題が幕引きとなるかは知らない。有権者は政治家たちの弁解や振る舞いを覚えておくことだろう。誰に一票を託すか、白羽の矢を手に選び定める日はいずれ来る。
 
 

 


今日の筆洗

2024年04月04日 | Weblog
 「牧民官たれ」。その昔の新人官僚はそう教育されたものだそうだ。7人の首相のもとで官房副長官を務めた石原信雄さんの著書に教わったが、いささか気分が悪い▼国民は羊の群れ。官僚はその群れを守護し、導きなさいという教えである。公務員の自負心や責任を教えるのは結構だが、無力な羊にたとえられた方はおもしろくない。石原さんも「いまそんなことを言えば、思い上がるなとたたかれ、自意識過剰と冷笑されるに決まっている」と書いている▼不適切なその発言に国民を見くだした「牧民官たれ」と同じにおいをかいだ気になる。静岡県の川勝平太知事が特定の職業を差別するかのような発言をした問題である▼「野菜を売ったり、牛の世話をしたり、物を作ったりとかと違い、皆さまは頭脳、知性の高い方たち」。石原さんの言う通りで、こんな発言をすれば批判されるに決まっている▼なによりも不愉快なのは新人職員向けの訓示での言葉だったことにある。この時代、若い職員に口を酸っぱくして教えるべきは公務員として県民に仕える責任と謙虚さだろう。知性を磨けと教えたかったようだが、差別めいた言葉やおごりにつながりかねない考えを訓示してどうするのか▼この騒動を受け、知事をおやめになるそうだ。無神経な発言をすれば、取り返しがつかない。それを身をもって「訓示」することになった。