「日本風俗畫大成 徳川時代後期」、さわると手が汚れるほどです。
これは古本で求めたものでして、発行は昭和4年。
表紙カバーは、なにやら紙を切り貼りして作り直した感もあります。
中の表紙はこんなです。きれいでしょ。
さて、この本は「江戸後期編」、中期編も初期編ももちろんあるわけで、
それぞれ鏑木清方などの著名な作家が編集しています。
ほしいんだけど、なかなかねぇ。
この「後期」は画家「平福百穂」、ひらふくひゃくほって言いにくいですよね。
このかたの編集になっています。
切手にもなった「荒磯」とか「アイヌの子」なんてのを描かれた秋田出身の画家。
私は「田舎嫁入」っていう絵が好きなんですが、
松園さんや清方さんの絵のように、何かで使われるっていうのが少なくて、
あんまり見られないのが寂しいです。ちなみにこんな絵です。
平福さんのことについてはここでは省略?で、失礼します。
この本は、風俗とあるわけで着物の着方や生活、慣習など、
いろいろおもしろいものが出ています。
残念ながらカラーが少ないんですけれど、まぁこの時代では仕方ありませんね。
さて、私のお気に入りの一枚、
北斎の「眞崎稲荷」という一枚、写真載せちゃいけないのかもですが…
船を降りようとしている芸者さんの太ももチラリは余分…ははは、
船を降りるのに手を貸している芸者さんのものか、
はたまた降りようとしているほうのものか、
懐紙がばらばらと落ちてしまって…「あらヤダ、もぉっ」ってとこでしょうか。
なんたって帯のグズグズ感がたまりませんねぇ。
左の芸者さん、ちゃんと「綿帽子」つけてます。
真ん中の人は解説によれば、クチに加えた手ぬぐいを
塵除けにかぶってきたものであろうと…。
それにしても、渋い着物にちらりと見える赤い絞りの麻の葉柄…
なんでこうすてきなんでしょうねぇ。
もう一枚、こちらは「漫画百女」というものの中の2枚です。
描いたのは「合川亭和」という人だそうです。
上の絵が機織、そして下が出ましたっ、これが「湯のし」です。
解説では「当時における家庭的職業…」つまり「家事」ですね。
家では女たちがこんなふうに、仕事としてやっていたんですね。
それにしても、なんか楽しそうですね。嫁さんと姑さんかなー。
こういう漫画っぽいものや素描は、浮世絵の美人画のように、
あえて美しく、あえて誇張、というところがないぶん、
ほんとにこうだったんだなーと思えます。
どれも着物の着方はデレデレ、帯はグズグズ…、それでよかったんですね。
人は誰でも今自分がいる世界を中心に考えますから、
ずぶずぶに着ていたなんて…と、あまりピンときませんが、
たとえば洋服でも、私が子供だったころは、洋服というのは
とにかく身体にピタッとしたものでした。子供服でさえ…。
それがだんだんゆるくゆるくなってきました。
たとえば、ハマトラというファッション「ヨコハマ・トラディショナル」ですね、
ご存知のかたも多いと思いますが、私なんぞはあのハマトラの始まりころです。
「フクゾー」のタツノオトシゴのついた白い七部袖のオーバーブラウスに
ミニスカート、ミハマの靴ってのがあこがれ…。
その「フクゾー」のシャツですが、私が着ていたものは昭和40年後半のもの、
その後10年ほどたって友人から同じデザインをもらったのですが、
サイズはおんなじなのに、一まわりゆったりした感じ…。
一番違ったのは「袖付け」でした。
昔は細くてきっちりだったのが、アームホールがひろがってゆったり。
こんなふうに、着るものって形も着方もかわっていくんですよね。
着物だけで暮らしていたら…。
実際着物というのはきっちり着たら、洋服のようには動けません。
それでもやることは西洋も東洋もかわりゃしません、そーじに洗濯、ご飯の支度。
そういうなかで、きっちり着ないで、ただ体にまといつけるだけってのは、
当然のことだったと思います。
後ろの衿からじゅばんの衿がはみでていたり、前が大きく崩れていたり、
そういうのも別に当たり前だったのだと思います。
でれでれとしているけれど脱げてしまったりしなければいいわけで、
逆にそういうしどけなさの中に、女としてのミリョクを感じていたのでしょうね。
だからといって、今そういう着方をしましょってのは無理ですから、
今の着方の中で、ゆるめられるところは着方も心も、
ゆるめにしたらラクに暮らせる…なんて思っています。
これは古本で求めたものでして、発行は昭和4年。
表紙カバーは、なにやら紙を切り貼りして作り直した感もあります。
中の表紙はこんなです。きれいでしょ。
さて、この本は「江戸後期編」、中期編も初期編ももちろんあるわけで、
それぞれ鏑木清方などの著名な作家が編集しています。
ほしいんだけど、なかなかねぇ。
この「後期」は画家「平福百穂」、ひらふくひゃくほって言いにくいですよね。
このかたの編集になっています。
切手にもなった「荒磯」とか「アイヌの子」なんてのを描かれた秋田出身の画家。
私は「田舎嫁入」っていう絵が好きなんですが、
松園さんや清方さんの絵のように、何かで使われるっていうのが少なくて、
あんまり見られないのが寂しいです。ちなみにこんな絵です。
平福さんのことについてはここでは省略?で、失礼します。
この本は、風俗とあるわけで着物の着方や生活、慣習など、
いろいろおもしろいものが出ています。
残念ながらカラーが少ないんですけれど、まぁこの時代では仕方ありませんね。
さて、私のお気に入りの一枚、
北斎の「眞崎稲荷」という一枚、写真載せちゃいけないのかもですが…
船を降りようとしている芸者さんの太ももチラリは余分…ははは、
船を降りるのに手を貸している芸者さんのものか、
はたまた降りようとしているほうのものか、
懐紙がばらばらと落ちてしまって…「あらヤダ、もぉっ」ってとこでしょうか。
なんたって帯のグズグズ感がたまりませんねぇ。
左の芸者さん、ちゃんと「綿帽子」つけてます。
真ん中の人は解説によれば、クチに加えた手ぬぐいを
塵除けにかぶってきたものであろうと…。
それにしても、渋い着物にちらりと見える赤い絞りの麻の葉柄…
なんでこうすてきなんでしょうねぇ。
もう一枚、こちらは「漫画百女」というものの中の2枚です。
描いたのは「合川亭和」という人だそうです。
上の絵が機織、そして下が出ましたっ、これが「湯のし」です。
解説では「当時における家庭的職業…」つまり「家事」ですね。
家では女たちがこんなふうに、仕事としてやっていたんですね。
それにしても、なんか楽しそうですね。嫁さんと姑さんかなー。
こういう漫画っぽいものや素描は、浮世絵の美人画のように、
あえて美しく、あえて誇張、というところがないぶん、
ほんとにこうだったんだなーと思えます。
どれも着物の着方はデレデレ、帯はグズグズ…、それでよかったんですね。
人は誰でも今自分がいる世界を中心に考えますから、
ずぶずぶに着ていたなんて…と、あまりピンときませんが、
たとえば洋服でも、私が子供だったころは、洋服というのは
とにかく身体にピタッとしたものでした。子供服でさえ…。
それがだんだんゆるくゆるくなってきました。
たとえば、ハマトラというファッション「ヨコハマ・トラディショナル」ですね、
ご存知のかたも多いと思いますが、私なんぞはあのハマトラの始まりころです。
「フクゾー」のタツノオトシゴのついた白い七部袖のオーバーブラウスに
ミニスカート、ミハマの靴ってのがあこがれ…。
その「フクゾー」のシャツですが、私が着ていたものは昭和40年後半のもの、
その後10年ほどたって友人から同じデザインをもらったのですが、
サイズはおんなじなのに、一まわりゆったりした感じ…。
一番違ったのは「袖付け」でした。
昔は細くてきっちりだったのが、アームホールがひろがってゆったり。
こんなふうに、着るものって形も着方もかわっていくんですよね。
着物だけで暮らしていたら…。
実際着物というのはきっちり着たら、洋服のようには動けません。
それでもやることは西洋も東洋もかわりゃしません、そーじに洗濯、ご飯の支度。
そういうなかで、きっちり着ないで、ただ体にまといつけるだけってのは、
当然のことだったと思います。
後ろの衿からじゅばんの衿がはみでていたり、前が大きく崩れていたり、
そういうのも別に当たり前だったのだと思います。
でれでれとしているけれど脱げてしまったりしなければいいわけで、
逆にそういうしどけなさの中に、女としてのミリョクを感じていたのでしょうね。
だからといって、今そういう着方をしましょってのは無理ですから、
今の着方の中で、ゆるめられるところは着方も心も、
ゆるめにしたらラクに暮らせる…なんて思っています。
飲ませていたのは着物の衿を開けて
やっていた記憶があります。
向かいのおばちゃんだって衿元グサグサの
着方でした。
今のように形にはまったきっちりした
着方ではありませんでしたね。
お武家のお客様がじかに見えて桶を買い求められて、奥に下がって着替え、新品のふろしきに桶をつつんで…の描写があります。女性のきっぷのよさと心意気の伝わる場面でした。
「下町でもこのあたりの女性はみんなこうだった。」の一文に
当時のひとたちが大事にしていたもの、現代で失ったものが
あるかな~なんて思いました。
湯のしをどうにか自宅で一人でできないものかと・・・まだ考えてます。
いや絞りの浴衣はプロにお任せしましたが、今日も洗い張りしていたもので、紬くらいはなんとか自分で出来ると助かるんですが~;;
伸子針でツレたようになってる布目を湯のしで整えるわけですよね。
・・・市販のスチームクリーナー、あれでゴーーっと・・・風情がないですね;;
高温すぎてもダメでしょうねえ・・・。
機の手前にあるのは「たたり」ですね。
それも欲しい。
ホッコリする絵ですね。
壁に飾りたいです~
なんか下着みたいな服がはやったり、
スケスケだったり、よっぽど自由だと思うのに
女性の和服での授乳って、見せちゃダメ、
みたいなところありますね。
私が結婚したころ、外であった友人は
まだ堂々と胸広げてやってましたけどね。
ヘンな気を起こしたり、変な目で見るほうが
おかしいと思うんですけど…。
昔の方がおおらかでしたねぇ。
心意気、とか女伊達とか、きっぷ、とか
そういうことが「アホ」みたいに
いわれますねぇ、ちょっと寂しいです。
何かとこかがズレているような…。
受けるでしょ、私も「おぉーっこれこれ」と。
この道具、シャブシャブ鍋に似てるよなって、
実はネットで調べたら、上の筒がほそかったー。
毛糸湯のしはまだあるのに、この湯のしは
みませんねぇ。
古道具屋で探してます。
たたりって「糸繰」ですよね。
こういう絵って、なんか実物は知らなくても
懐かしい気がします。
よかったらコピーして送りますよぉ。
色塗って飾りたいですよね。
色がきれいに残っていますねぇ。
構図も素敵ですし!
北斎と言うと「富嶽三十六景」など風景画を思い浮かべますが、ものすごく多岐にわたって色んな絵を描いていたのですよね。
昔の着付けって昭和中期の着物ルールとは違っていますが、だらしない感じには見えないと思うんですけど・・・・
昨今の「皺無しあちこち真っ直ぐ!」でなければ!って、雑誌などの写真を見慣れてしまうってのも大きいのではないでしょうか?
あれは動かないことを前提にした着付ですのにねぇ。
いいでしょー色っぽくて。
なだらかな変化なら、こうはならなかったと
思うのですが、なんたってみんなキッチリと
学校で教えますからねぇ。
ある人が言ったんですが、
着物のことじゃないんですけどね、
今の人は「応用がきかない」って。
習ったことから進まないって言うんです。
「あとは自分に合わせて」っていうと
「どれが私に合いますか」って。
それを考えなきゃ勉強にならないと思うのに、
なんでも人に聞いてきめるし、
聞かないと自分で考えられない。
そういうこともあるんですねぇ。