拓庵思考~妻との日々・映画と音楽の毎日

巴座ホーム社長の私的なつづれ織り【妻にだけ弾くギタリスト 猫6人の父になる】

色の美学の追及②

2013-02-06 11:36:54 | 日記・エッセイ・コラム

Dsc02329大正4年築の川越の田中屋。現在カフェになっている。

赤いじゅうたんの階段が真壁の柱と太い梁に品よく映えている。

このカフェには数回よらせていただいている。妻以外にもひとりでも、仕事仲間とも寄ったことがある。川越散策をする際はぜひとも寄ってみていただきたいカフェだ。もちろん珈琲もとても美味しい。

川越と函館は大正時代の偉大なる建築家の関根要太郎の作品群がたくさん建っている。関根氏は埼玉県の秩父出身の方でよくぞ我が函館に来ていただいたと....感謝。感謝。

網走出身の私がものごこころついて記憶は1960年代初頭の函館だった。母の実家は宮崎あおい主演映画『ハコダテ人』で有名な『大正湯』の斜向かいで坂の下には巴湾と函館ドックと津軽海峡が広がっていた。

少年時代の記憶では雪の色にきみどりや水色、ピンク色の建物やごみ箱がたくさん建っていた。私の住んでいた二階建ての無垢の鎧張りの長屋から歩いて30秒の港にはイカ釣り船のペンキの色が素敵だった。まだ幼かった私は車にも影響を受けた。初代カローラやクラウン、スカイライン....車のデザインに華があった。おばがある日カローラの赤を買った。北海道では赤い車は雪のせいで色があせてくる。私はそれがなつかしい。私の中古のREDもボンネットの赤い色があせているが私はまったく気にしない。経年変化~エイジング....美しい言葉だと思っている。

Images_1昨夜、嫁いだ次女の新しい車の赤いHONDAスパイクがやってきた。近所の車屋さんのご厚意でうそみたいな安価で入れていただいた。納車の説明を聞いている娘は子供のように喜んでいた。実はやはり赤い色があせている。娘はまったく気にしていない。子供が喜んでいる姿を観ていると本当にうれしい。私も普通の親バカなようだ。

娘の車のナンバーは『1987』で私の『1960』のマネをしてくれたそうだ。私の真っ赤なモデューロ4WDオデッセイと娘のスパイクで『RED』と『小RED』と呼んでいるが....どうしてどうしてスパイクはめちゃくちゃ広い。びっくりした。

Dsc02198次女が高校生のとき私の仕事がうまくいかずずいぶん苦労させた。余裕ができたら中古の車を買ってあげたかったがなかなか出来ず..さすがに初代のおんぼろマーチが壊れたようなので近所の車やさんに安価で探していただいた....「結婚祝いですよ」といってかなり安くしてくださった。

娘の小REDにはけっこういいカーステレオが掲載されていて昨夜、初ドライブで星野源の『知らない』を聴いたが素晴らしい音だった。星野源といえば一昨夜、宮藤官九郎の『少年メリケンサック』を堪能した。妻と爆笑・爆笑だったが星野源がSake Rockらとさらっと出ていたが今ほどのオーラがなくて面白い。主演の宮崎あおいもよいのだが佐藤浩一が面白すぎて多の出演者のキム兄いなどがかすんでいる。

さて大正4年築の田中屋~現在のカフェ・レパードは外観も美しい。数ある川越の建築群でも抜群だ。何度観ても美しい...

我が社屋の巴座も予算があったらこんな風にしたかった....駅が近く建築の消防規制もたくさん妥協しなければならない事柄が出てきている。たとえばガラスも網入りとか木製の玄関ドアはNGだとか本当に厳しい建築規制がある...

写真は初代カローラKe01だがヨーロッパの影響を受けていることがわかる。大正4年のこの建築物もヨーロッパ建築そのものだ。

現在の建築基準法はあらゆる建築のデザインを邪魔している。現代の法律は確かに理解できるし、よく考えられているとは思う。私も建築基準法にのっとって美しい建築をしている自負がある。日本の建築界は色を重要視していない。

私には色の美学の技がある。この『武器』は誰にも負けない。