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【I AM】はアース・ウィンド・アンド・ファイヤー(EWF)の1979年のアルバムで才能開花の夜明け前のデヴィッド・フォスターが9曲中6曲もプロデュースしているいわゆる傑作アルバムでiTuneなどでは必聴アルバムの位置づけにあるよく売れたアルバムである。
I AMのジャケット
全盛期のアース・ウィンド&ファイヤー 今観てもかっこいい
数々の傑作作品や映画音楽のプロデュース・作曲・編曲を手掛けたデヴィッド・フォスターの経歴でEWFを手掛けたことは以外に知られていない。EWFの創設者の故モーリス・ホワイトが晩年のインタビューで数あるEWFのアルバムで最も好きな一枚は【I AM】ではなく【Faces】だと答えている。1980年に発売された【Faces】はセールス的には失敗作の当時二枚組でヒット曲も生まなかったアルバムであるが私はモーリス・ホワイトの言葉の意味がわかる。
若かりしデヴィッド・フォスター
デヴィッド・フォスター臭と私が命名したAORアレンジ調味料
在りし日のモーリス・ホワイト。2016年他界。
Faces 1980年10月発売 二枚組。拓庵思考的にはお勧めアルバム。新感覚EWF!
私も大好きなアルバムFaces。 【Sparkle】は今聴いてもしびれる。デヴィッド・フォスターの影響は少なからずというかかなりある仕上がりで何よりギターがかっこいい。ファンクのカッティングのリズムギターではない、ひずんだサウンドのギターソロ。まるでジェイ・グレイドンが弾いているかのような曲がたくさんある。デヴィッド・フォスターは彼の作品で私の大好きなギタリストのジェイ・グレイドンをよく使う。モーリス・ホワイトはアルバム I AM でデヴィッド・フォスター臭がしみついたのだろう。その匂いをつけたままの二枚組の製作でホーンセクションもギターもデヴィッド・フォスターの影響は強く聴きとれるのは私だけではないと思う。
その影響は、ほぼ白人ホーンセクションバンドのChicago(シカゴ)にまで及ぶ。
私の次姉が結婚式でデヴィッド・フォスター製作でメガトンヒットしたシカゴの【素直になれなくて】BGMで登場したときは少しにやけてしまった。デヴィッド・フォスターの代名詞にもなっているこの曲を地味な姉夫婦が結婚式で流したのである。
これ?あの?シカゴ??耳をうたがうアレンジ。名曲。デヴィッド・フォスターの才能は恐ろしい。
モーリス・ホワイトの出身地名はシカゴだそうで晩年EWFとChicagoは全米ツアーに出ている。私的にシカゴはデヴィッド・フォスターのおかげで爆売れはしたがシカゴらしさは無くなり複雑な気持ちだったが、これはマイク・マクドナルド加入後のドウービー・ブラザースにも言えることでバンド音楽と売り上げの関係は実に深い。
さて私の会社 巴座ホームも台頭著しいプロデューサーに次女を迎え会社のマークやホームページを刷新した。
巴座ホーム本館も2024年12月の暮れで大家さんに明け渡した。
巴座本館最後の夜 最後は私ひとりだった。昭和39年築のレトロな建物は解体するそうだ。
がらーんとなった音楽堂。社員食堂。巴座ホール。いい思い出ばかり。ここでたくさん図面を書いた。
ここは妻の学習塾でもあった。夫婦二人の時代が大好きだったが妻は病気を理由に塾を閉めた。
巴座ホーム本社は高崎市内に移転し、CAFE HOUSEのオフィスは【アトリエ】と名付け2024年11月から営業を開始した。
次女と話し合い、現代の注文住宅事情を踏まえ、一般に日本人が思うカフェのようなオフィスとして完成したがこれが大評判で来客する新規客、顧客、取引先みなおしなべて「わー!すてき!」と言う。先の音楽業界で例えるとヒット曲を出した感覚であるのかな?
アトリエ工事中の次女と清水大工
ブリックタイルと装飾タイルを施工。次女自ら無垢の半割パインをWood Waxとダメージ加工で古材加工。
現代の嗜好を考えたカフェ空間のオフィスの工事中写真
塾をたたんだ妻は2023年12月の暮れにひっそりとカフェハウス 巴座ホームのショールームでショップを始めた。
女性のための愚痴をこぼせるおしゃべり空間。お茶もできて、お洋服や雑貨が気軽に買えるお値段。
店の名は【ぐっちる】
お客様1号?の藤岡リンダ(芸名)。妻は金髪がかっこいい。イケてるマダムたちが来店しては笑ったり食べたりと楽しいお店。
SNSのインスタグラム gucchiru08 の妻が毎日アップするお知らせが面白い。センスが良いのは出会ってから今までずっと変わらない。
妻がカフェハウス 巴座ホームのプロテインBARをぐっちるにしたので 次女の家のママカフェの倉庫をアトリエにした。
さて、人とは同室になれない私の設計室(事務室)という部屋は自宅の使っていない二部屋を会社らしくした。会社らしくといっても私の部屋なので怪獣のお人形がたくさんある。今は愛猫たち6人が自由に仕事場にくる。それはそれでたのしい。
長男ブリ(八割れ)を襲う前の三女みかん(ラガマフィン)6人目で末っ子。悪魔の子みかんと呼ばれチビなのに喧嘩が好きでしかも強い。
次男トラ(アメショ)三男マンセル(足長マンチカン)三男は私にくっついて寝る。妻を避けているのが面白い。男の子の猫ちゃんは皆甘えっ子で次男のトラは妻にも甘える。長男・三男はツンデレ100%。男子猫は仕事の邪魔をするくらい甘えてくる。
妻と私の日課は猫の毛の掃除である。私の仕事場は一日二回掃除機をかける。かわいいので苦にならない。
さて妻の店【ぐっちる】が1周年を迎えた。私がデザインしたぐっちるの看板は4パターンあった。
2023年12月20日開店して2025年2月21日の今日まであまり休まないで営業している。学研教室時代は土日はお休みだったが今は土日も営業している。妻は人と会うのが生きがいで楽しそうだ。
これが妻に採用されたデザインである。
妻は必ずうまくいく。学研教室もそうだった。【猫6人】というYouTubeも毎日かかさずアップしている。
次女もカフェハウス 巴座ホームのインスタグラムを毎日アップしている。
私はこのブログを書くのは1年半ぶり。
なんともかんとも。これも私の生きざまなのである。
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