遠野なんだりかんだりⅡ

遠野の伝承芸能・民俗・歴史を書きたい時に思いついたままに

2024 六角牛神社宵宮

2024-09-30 15:21:51 | 郷土芸能

先週は六神石神社のお祭りで、今回のは六角牛神社。どちらも「ろっこうしじんじゃ」です。

この六角牛神社は、六角牛山の青笹町糠前からの登り口にあり、笛吹峠の登り口でもあります。

 

どうして同じ読みの神社が同じ町内にあるのでしょう?

先週例祭の行われた中沢の六神石神社は、江戸時代には住吉大明神と云われ、

後に近くにあった六角牛新山宮を合祀し、六神石神社となったものです。

 

糠前の六角牛神社はと云うと、江戸時代には神楽大権現と呼ばれていました。

江戸時代の御領分社堂を見ると、糠前村 神楽権現 俗別当勘作 とあります。

「ものがたり青笹」を見ると、神楽田に屋号勘作どん と云う家があるようなので、

おそらく江戸時代に別当を務めていた系統かと思われます。

漢字違いの「ろっこうし」神社の命名には諸説あるようですが、ここでは触れません。

 

さて、翌日は砥森神社の神輿渡御だという27日(金)、

青笹しし踊りが28日(土)に六角牛神社で踊るようだとの情報が盛岡から入りました。

遠野ではなく、盛岡からという何とも今の遠野らしい情報経路です。苦笑

砥森神社の神輿渡御が終わってからの6時から神楽があって、

7時から青笹しし踊りということでしたが、流石に日中ずっと宮守にいて

そのまま青笹というのでは家庭的に具合が悪く、夕ご飯を食べに帰宅し、それから青笹へ!笑

 

やはり、遅れてしまいました。既に神楽が始まっていました。

この宵宮は2018年以来となります。

 

前回は、六神石神社のお祭りの後に、青笹しし踊りさんの門かけに密着した結果、

偶然にも、この宵宮へ導かれました。

あの時の感動をもう一度!です。

この宵宮と遠野まつりの時しか、まず見る事の無い六角牛神楽さんです。

苔むした地面と夜の灯りでのシンガクは、魅力的です。

 

神楽後、地域の皆さんが飲食をしながら待っていると、青笹しし踊りさんの登場です。

ちなみに、青笹町内に残っている芸能は六角牛神楽と青笹しし踊りの二つ。

 

神社へ奉納する大役のシシは、この地域の方だということです。

心配りがいいですね!

 

遠野まつりや六角牛神社のお祭りでも青笹しし踊りさんを観ていなかったので、

今年、初 です!

 

遠野まつり、六神石神社と連続での出演だったでしょうが、

 

元気いっぱい!

 

この会場には、郷土芸能がある度に福島県からお出でになっているというツワモノの姿があり、

翌日の砥森例祭にも、姿がありました。頭が下がります。

 

この晩のシシ頭のたてものをよく見ると、私がよく見るものと違うような・・・

 

柱がかりのシシは高校二年生だとのことです。

 

こうして若いエネルギーを注入していかないと、としょりシシになって行きます。

 

としょりと云えば、太鼓の同級生たちの姿も無し

 

ヒジャカブイタイだけでなく、腰悪い、肩痛いと

連続出演が難しい歳のシタズ(ひとたち)多し、後はK兄が頼りです。笑

 

そのK兄、久しぶりに声を聴いたら、なんか優しい声・・・気のせいかな?笑

 

神楽もそうでしたが、しし踊りも若い人達が中心で、とても良かったです!

 

あとすがりをしながら、最後に礼をして終わり。

 

私自身も、なんやかんやで、彼岸らしき事もせずに9月の終わりです。

10月には、例によって2度ばかり病院の検査の予定。

ヒザの件で散歩もしていないので、反省会ばかりになりそうです。

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2024 砥森神社のお祭り

2024-09-29 17:33:54 | 郷土芸能

9月28日、29日は遠野市宮守総合支所の南側川向うにある砥森神社のおまつりです。

昨年は六神石神社の例祭と重なり、午後からお邪魔しましたが、今年は午前中から。

 

境内の栗も秋を感じさせてくれます。遠野盆地は稲刈り真っ最中。

 

10時少し前、神事です。

 

鹿込神楽さんが最初に奉納し、その後 神事にも参加

それから、新町南部ばやし奉納

あらまちと読みます、以前は粡町という漢字をあてていたようです。

 

笛が6人もいました。今年の仲町は3人、生演奏かどうかで人数の重要性が変わります。笑

CDだから、笛の数なんて・・・・と思われているかも。

 

下郷さんさ踊りさん、何班かに分かれて活動しているのかな?少な目でスタート。

その後若い人たちの太鼓があって、渡御の始まり。

 

宮守総合支所にて

鹿米神楽さんは、人数を増やしての参加が、だんだん難しくなってきているようです。

今年も笛無し。

 

砥森さんのお祭りに来た際、いつも立ち寄る場所

コスモスと田んぼと大きな屋根の家

大きな屋根の家と土蔵の間に新しい家が建っているのが見えました。

あの大きな家はどうするんだろう?と、勝手に人の家の心配。笑

 

老人施設に神輿が廻り、その間に鹿米神楽さんが慰問

 

宮守のメインストリートを巡行

 

御神輿の右後ろの建物の軒先

 

出桁を支えるおしゃれな飾り金物

明治初期の建築で、旧花巻信用金庫宮守出張所として活用されていたこともあるようです。

 

通りの真ん中あたりにある集会所まで来て、お昼。

 

私もmm1でラーメン・半チャーハンセットです。

 

ここで、休憩。以前は下郷さんさ踊りに出ていたようですが、今は年相応にこの係

私より若く見えますね!

 

午後は駅前どおりの町はずれまで行き、戻ります。

 

渡御参加の団体では一番新しい団体の太鼓

 

次に一行がたち寄る先で、しばらく待つものの、なかなか来ません。

その内に眼鏡橋を快速はまゆりでしょうか?通過です。

ところが、この列車、橋を渡る前に一時停止。

後でわかりましたが、神輿渡御に参加していた高齢の方が、踏切付近で具合が悪くなったようで

救急車で運ばれたとのこと。

 

やっと、皆さんが現れました。

 

駅前以降、南部ばやしが別行動になったようで、姿無し。

しょうがないので、神社での様子から。

 

鼓の男の子二人だけが還御も一緒だったので、帰りの神事が終わる頃に拾って、

南部ばやし本体に合流させました。笑

 

神社境内に戻って、旧本殿跡地を三周

 

ヒザが悪くなければ、皆さんと一緒に歩いたのですが、

 

なんせヒジャカブイタイので、車移動が多いお祭り見学となしました。笑

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2024 遠野まつり 後編

2024-09-27 08:43:13 | 郷土芸能

最初にタイトルを「2024 遠野まつり前編」にしたので、「夜の部其の参」で

終われなくなり、締めとしての後編です。

 

今年はヒザもそうですが、様々な意味で気力が下がってしまい、

その気力アップのために?春から笛づくりに挑戦していました。笑

上下の2本が仲町南部ばやしで使用している明笛で、中2本は同じような音程が出るように

自作したものです。

ネットでも同じ製造元の明笛はありますが、音程が異なります。

笛を続けてやりたいという人が出てきても、保存会には予備の笛がありません。

以前は、それ用の笛があったのですが、いつの間にか戻ってこない

と云う状態になり、人を募集するなら笛の準備も真剣にとなった次第。

お金がないので塩ビに塗装です。笑 東和町のS原さんに塗装のアドバイスを頂きました。

こうやって、お祭り前に色々な準備をしても、一回出演して終わりです。(;^_^A

ちなみに音程が微妙に違いますが、唐津くんちや能登キリコ祭りの笛も同様の明笛です。

当然、仲町から伝えられた宮守町のあらまち南部ばやしも同じ。

 

さて、たった一日の遠野まつりで、私が見た残りです。

神楽の会場以外には行っていないので、当然、残りもこの会場。笑

 

宮守町達曽部の湧水神楽さんで、普将の舞

(漢字があっているか確認していません)

 

岳神楽では「ふうしょう」と云い、大償神楽では「ふしょう」

湧水神楽さんは両方の神楽の手が入っているということで、ここでは「ふしょう」です。

 

面をはずすと、イケメン君

 

2本の刀を振り回したり、

 

前転を繰り返したりの荒舞です。

 

とても良いものを観させて頂きました!

 

午後8時頃、そろそろ終わりです。

自分自身がお祭りに参加していると、ここまで観ることは不可能なので、

今年はある意味では、得した気分です。

 

塚沢早池峰神楽さんで下舞

 

権現舞

 

会場近くに住む知人が雨のおかげで出番が無くなり、初めて長い時間、神楽を見たようで、

神楽っていいね! と、感動していました。

また、塚沢早池峰神楽さんは、この日、朝からの開会パレードとこの夜の部の権現舞と

云うことで極端な時間での出演、大変、お疲れ様でした!

 

最後の最後にお客さんが体内くぐりをして、御祈祷のカミカミをして終了。

この祈祷にも沿岸の神楽通の方々が参加していましたが、このような人達が

こぞって見に来てくれるようなお祭りであれば、太鼓判を押して頂いたようなもの。

遠くから沢山の方々に見に来て頂きたいのは山々ですが、かなわないのであれば、

このように芸能通の皆さんに来て頂くことも一考かと。

 

帰途、夜の町中では、門かけをするしし踊り一行

 

佐比内鹿踊りさんのようでしたが、この後、親不孝通りへ入って行きました。

なんだか、昔の遠野まつりを思い出しました。

夜遅くまで、門かけの笛・太鼓の音が遠くに居ても聞こえたものです。

ところで今の親不孝通り、不孝するにも、その場所少なし。

その上、代行が一社しかないので、遅くまで飲めないのが現状です。

 

さて、遠野まつり二日目の22日(日)は中止。

普通であれば三日目の作業ですが、午前中には早くも跡片付けが始り、

 

4時から笠こわし

かなり久しぶりに缶ビールや缶酎ハイを頂き、6時過ぎには駅前へ。

ところがタクシーが無く、結局、歩いて帰宅することとなり、

また、ヒザの調子が悪くなっている笛吹です。笑

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2024 遠野まつり 夜の部 其の弐

2024-09-26 08:04:09 | 郷土芸能

神楽を観ていた時の、どの時点だったか定かでありませんが、私の傍に千葉都民の

準遠野人「yamaneko」さんがいました。

話かけようと辺りをみた時には姿は無く、まさに山猫。笑

その他には仙台から24地割さんもこの日、遠野入りしていたようですし、

埼玉のカメラマンさんも。

まともなお祭りにならないと承知の上での遠野入り、ありがとうございました!

その他にも、知っている方々がお見えだったかもしれませんが、この場をお借りして

御礼なり、お詫び申しあげます!(って、この場は私の運営するブログですが)笑

 

さて、続いて宮守町の塚沢早池峰神楽さんです。

 

珍しく、恵比寿舞

 

珍しくと云うのは、遠野山伏系や沿岸系神楽の恵比寿舞と異なり、

早池峰系は派手に魚を釣るシーンが無いので、あまりお目にかからないという意味です。

 

塚沢さんは、この日、開会パレードに猿田彦として参加することから、

 

9時過ぎには、笛、太鼓、手平鉦を揃えて、駅前通りに来ていました。

 

パレードに出演した後は、一度、地元に戻ってからの再出動

 

気持ちの切り替えが大変だったでしょう!

 

横からの撮影のままですが、舞もバッチリでした!

 

その次は、綾織町の石上神楽さん

あらためて振り返ると屋根の下の神楽は、雨天でも参加率が高かったようです。

もしかして、屋内で決行できる芸能と場所を事前情報として流していたら、

それなりにお客さんは来たかもしれません。

神楽など演目数で調整できる芸能をやりながら、途中、途中にしし踊りや田植踊りなどを

その状況次第で柔軟に出演させながら。

 

演目は二人の子供による三番叟

 

神楽に参加しているお父さんが演じる時に、時折、この子供たちの姿がありました。

 

福島からお父さんは通って神楽を練習し、演じているそうです。

 

そんな中での親子のステージ、感慨深いものがありました!

 

こちらは、午前中、とぴあで門掛けをしていた土淵町の似田貝神楽さん

 

八幡舞

 

遠野市内では、しし踊りより神楽のほうが先に廃れるだろうと思っていた私。

近年の様子を見ると、その予想が外れていることに驚きます。

より大勢の参加が必要となるしし踊りは、その中心となる集落全体の人口が減り、

また、中心の太夫が居なくなると途端に出演が難しくなります。

今の遠野では自分の参加団体が中断している場合、類似団体に参加する例があり、

このように続けていればさえ、いつか人数が揃った時に復活させることもありえるのでは?

なにも、これは、しし踊りや神楽のみならず、南部ばやしにも云えること。

と云うことで、市内の様々な芸能を日頃から、ユーチューブなどで観ている笛吹です。笑

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2024 遠野まつり 夜の部 其の壱

2024-09-25 08:00:24 | 郷土芸能

21日(土)は、一度だけの昼の部に出て、夕ご飯用の弁当を貰って解散。

びしょ濡れで風邪をひきそうだったので、寄り道せずに拙案内所に戻って着替え。

エアコンを暖房にして、弁当を食べ終わると、睡魔君降臨。

目が覚めると17時過ぎで、思い出したようにカメラの準備をして・・・。

 

庁舎前のカメラ共演会へ向かいました。

ここなら雨に濡れる心配はありません。

 

出ていたのは、附馬牛町の小倉神楽さんで、八幡舞

 

笛は誰かと思ったら・・・1月の神楽共演会以後は助っ人の鱒沢神楽笛吹さん。

この日のパンフレットには鱒沢神楽さんの名前があったので、

もしかして、私が来る前に出番は終わったのかもしれません?

 

ここに参加の女性陣はこの小倉神楽に出たり、張山しし踊りに出たりと大忙し。

 

続いて、小友町の外山神楽さんでした。

実際、私が来る前に何団体演じたのかわかりませんが。

 

事前情報では手平鉦の子が三番叟だと聞いていましたが、座中に不幸があったようなので、

おそらく急遽、演目と出演者の変更をしたものかと。鶏舞。

 

姉妹だと聞いています。

 

6月の小友町八坂神社の例祭以来かな?

 

ここ外山も市外の方々の応援を得て活動をしています。

もう、そう云う時代なんです!

 

続いて、上郷町の平倉神楽さん

 

屋根の下で撮影していましたが、ちょっと出ると軒先から相当の雨が・・・

子供たちは遊びの達人ですね!

 

演目は五穀舞

 


今年の遠野まつりで天気の影響で、予定がかなり変わったのが、ここかも。

 

出る出ないは事前に登録しているので良いのですが、

出ないところの穴埋めに予定を入れたり、出ないことになったりと大変だったようです。

 

まあ、出来る演目数も参加人数も、困ることはないと思いますが・・・笑

 

毎週の練習が成せるところです。

 

其の壱最後は、土淵町の野崎神楽さん

 

八幡舞です。

 

ここも人数が揃えば、面白い演目ができそうに思えます。

附馬牛町の和野神楽の系統と云われ、今は演じられない上柳神楽も

同じ系統だったようです。

昭和7年本田安次氏が観た神楽のひとつで、その時、12幕も演じています。

戦争の為に行われた神送りの神事に神楽が必要とされていた時代でもあります。

今でも、政治利用にお祭りが利用されていると感じることがありますが・・・。汗

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