本の紹介です。
厚労省の「郵便不正事件」を覚えておられますでしょうか?
障害者団体に適用される郵便割引制度を利用するために厚労省が発行する証明書を偽造して、不正に郵便料金を免れさせたとして、大阪地検特捜部が独自捜査を行い、実行犯の厚労省係長、指示をした局長(事件当時課長)を起訴したという事件です。
実行した係長は証明書の偽造を認めており、局長が偽造を指示したか否かが争われました。
裁判では、検察による強引な取調べがあったとされ、係長の供述調書をはじめ、多くの供述調書が証拠から排除され、局長は無罪となりました。
その裁判の過程で、大阪地検特捜部が、フロッピーディスクに保存されていた偽造証明書の文書データの最終更新日時を改ざんしていたいう事実も発覚し、大阪地検特捜部の複数の検察官が起訴され、有罪判決を受けました。
その局長が、本書の著書である村木厚子さん(現在は事務次官)です。
この本では、村木さんが事件を知ってから、逮捕勾留され、裁判で無罪判決を受け、さらに、この事件を契機に始まった刑事司法改革について書かれています。
村木さんは、偽造証明書には全く関わっていない、無実の人でした。
しかし、無実の村木さんでも、
「多くの幸運のおかげで、私は、虚偽の自白に追い込まれることなく否認を貫き、裁判を闘いきることができたのです。別の言い方をすれば、こうした多くの幸運が重ならないと、いったん逮捕され、起訴されれば無罪をとることは難しいのです。」
と述べられています。
この本の中では、
捜査機関がどのようにして虚偽自白に追い込んでいくのか、
捜査機関はどうしてそんなことまでするのか、
その時、被疑者・被告人となった人(村木さん)がどんな心情でいたのか、
ということが克明に、とてもわかりやすく書かれています。
そして、冤罪を生み出してしまう警察官・検察官の心理とそれを防ぐための仕組みとして、全面的録音録画(可視化)と全面的証拠開示の必要性、人質司法の問題、一度走り始めた検察官が引き返すことのできる制度の重要性を訴えられています。
当事者となった人でなければ書けない、とても迫力のある、説得力のある内容です。
村木さんは、現在、「郵便不正事件」を契機として設置された法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会の委員も務められています。
当初は、「郵便不正事件」のような冤罪を生み出さないための司法改革をめざしていたはずの特別部会が、いつの間にか、可視化などの改革は骨抜きにされてしまい、盗聴などの捜査権限を強化する方策がどんどんと盛り込まれていっています。
こうした状況にも村木さんは、「がっかりした」と述べられています。
この本を出した理由について、村木さんは次のように書かれています。
「法制審の議論は、法律の専門家でない私たちにとっては専門的で分かりにくいものです。しかし、誤認逮捕も虚偽の自白も決して他人事ではありません。私たち誰もの身に降りかかるかもしれないことなのです。大きな課題を抱えている刑事司法の改革に、多くの方に関心を持ってほしい。」
「郵便不正事件を振り返り、いったい何が起きたのか、取り調べや勾留、裁判がどういうものだったのか、皆さんに広く知ってもらおうとこの本を出すことを思い立ちました。」
村木さんの身に降りかかった出来事は、
「郵便不正事件」だったから起こったことではありません。
大阪地検特捜部だったから起こったことでもありません。
担当検事がおかしい検事だったから起こったことでもありません。
多くの刑事事件で日常的に行われている出来事です。
村木さんのように冤罪を押し付けられる人はいくらでもいます。
でも、村木さんのように多くの幸運に恵まれる人は極めてまれです。
ぜひ、多くの人にこの本を読んでいただき、日本の刑事司法の実情を知ってもらいたいと思います。
あれ!村木さんの本の後ろに、何か別の本が写り込んでしまった!!
うっかりしていました。
まあ、写真を撮り直すのも面倒なので、もうこのままにしておきましょう。